悪役令嬢とか間に合っていますから
さらに便乗出血大サービス中
さて、王国立学園には様々な人間が通っている。上はそれこそ王族から、下は孤児院や貧民街出身の者まで様々だ。
その中で自称転生者の少女二人は男爵と子爵の令嬢であり、中の上か上の下というあたりに位置していた。
そんな二人が、ある人物に呼び出される。
「紅茶でよろしかったかしら? 他にも色々用意させておりますので、遠慮なくおっしゃってくださいな」
「じゃあ大ブタチャーシュー追加ヤサイマシマシで」
「そんなモンあるかっ!」
「生卵はよろしくて?」
「あるんだ!?」
初っ端から飛ばしている会話の相手。優雅な態度で高そうなティーカップを傾ける金髪の女性。
その存在感、そして何よりサイドで垂れ下がるドリルヘアーが悠然と物語っている。この女、お嬢様だと。
事実彼女は令嬢中の令嬢、この国の貴族、その頂点に近い公爵家の令嬢であった。
なんてテンプレな。男爵令嬢は戦慄にも似た感覚を覚える。数多の乙女ゲームをやり尽くした廃人……げふんゲーマーの経験から、この少女は自らの前に立ちふさがる強力なライバルキャラではないかと当たりをつけた。
所謂悪役令嬢。大概は主人公に心引かれる攻略対象に思いを寄せており、主人公の邪魔をしてくる存在だ。場合によっては命のやりとりすら行われる間柄である。
穏やかで優雅に見える態度だが、腹の底で何を考えているか分からない。男爵令嬢は心なしか身構えた。
あと子爵令嬢、マジで出された大ブタチャーシュー追加ヤサイマシマシ生卵付きをもしゃもしゃ食うのは止めろ。
「……それで、なんのご用でしょうか?」
思いっきり警戒している様子で問う男爵令嬢に、「そう緊張なさらないで」とことさら優しい調子で言う公爵令嬢。普通はこの状況でリラックスするのは無理だろうと、隣でどんぶりを傾ける人物のことは無視して思う男爵令嬢である。
そして公爵令嬢は言葉を紡いだ。
「お話というのはほかでもありませんわ、この国の第一王子殿下についてですの」
なるほど、男爵令嬢は得心した。
「……自分の婚約者に手を出すなと、そういうことでしょうか」
田舎から出てきて入学したばかり、そのうえでなぜか数日ほど入院するはめになった二人の少女は、いまだ学園内の人間関係に疎い。初日に(ある意味で)やらかし王子と接近するかも知れない自分たちに早速釘を刺しにきたか。
そう思っていたのだけれど。
「はあ!? 誰が誰の婚約者ですの!? 恐ろしいことを勝手に想像しないで下さいまし!」
かなり本気かつ全力で否定してくる公爵令嬢の勢いに、目を丸くする男爵令嬢。なんか様子が変どころではない、どういう事だと眉を顰めてみれば。
「……そうでしたわね、貴女がたは地方からいらしたのですから知らなくとも無理のない話ですわ」
はふう、と溜息を吐いて椅子に体重を預ける。酷く疲れた様子の彼女は、事情を話し始めた。
「中央の貴族は皆、王家の方々を恐れていますの。事の発端は数々の武勇を誇る現国王陛下が、先代のご落胤として王家に迎え入れられた所からですわ」
国王――当時は王子であったが、出自が出自だけあってかなかなか王家に馴染むことが出来なかったようだ。しばらくして何を思ったか、彼は夜な夜な悪徳貴族や悪徳商人の元に現れ成敗し始めた。
闇夜に行われる血の粛清。それは中央の貴族たちを震え上がらせ、結果的に国内の膿を根こそぎ吸い出したものの、貴族たちに絶大な恐怖と不信感を抱かせることとなった。
確かに国の風通しはよくなり財政も治安も健全化した。だがあまりにも暴力的なその行動は目に余るどころではない。しかしその武力ゆえに誰も口出しすることは出来ず、かてて加えて亡国の姫君を妻として迎えた王は、立場を強固なものとし君臨することとなった。下手なことをすれば物理的に首が飛ぶと、貴族たちは戦々恐々とするしかない。
……実際の所は、王室の生活に飽きた国王が、考え無しに退屈しのぎで悪党いたぶって遊んでいただけなのだが。あれ、実情の方が酷いや。
ともかく中央の(それでいて政に深く関わらない)貴族にとって王家は恐怖の対象でしかない。一応真っ当に国を運営してくれているが、未だに国王王妃ともにアレでナニだ。いつその気まぐれが自分たちに向くかわかったものじゃない。誰が好きこのんで関わり合いを持とうとするか。
「……まあ確かに、第一王子殿下は真っ当というかかなりお買い得に見えますわ。何度か夜会やサロンでお会いしましたけれどもごく普通でしたもの。………………ですけれど! ですけれども! 婚約者とか天地がひっくり返ってもありえません!」
どばんとテーブル叩いて力説する公爵令嬢。
「なんと言ってもあの国王夫妻が舅姑になるのですわよ!? きっと国王陛下なんか輿入れした途端にその野獣のような本性を露わにし――
ぐへへ息子の嫁ともなれば我がもの同然、お前は今日からワシのカキタレになるのだ~。
――とか何とか言ってもう口にも出せないようなおぞましいレベルの陵辱行為をするに決まってますわ間違いありませんわ!!」
決めつけ断言し、首を横に振りながら訴える。ドリルがびよんびよんと振り回され意外に迷惑だった。
唖然とする男爵令嬢。そして。
「NTRか。……相手にとって不足なし」
空になったラーメンどんぶりを前に、肘をついた両手を顔の前で組む指令ポーズで呟く子爵令嬢。なにほざいてるんだこの女。
そんな反応など意に返さず、ほぼ錯乱した状態で公爵令嬢は訴え続ける。
「そして王妃様もああ見えてその本質は苛烈にして残虐! きっと輿入れした途端にその羅刹のような本性を露わにし――
ほほほ、たくのぼくちゃんをたぶらかすとは、良い根性しているわね。死ぬけ?
――とか何とか言いながら口にするのもおぞましいレベルでいたぶりいびり尽くすに決まってますわ間違いありませんわ!!」
完全に妄想の域だが公爵令嬢はそう信じ切っているらしい。全力で主張しドリルがぶんぶん振り回される。危ないからそろそろ止めたほうが良い。
「嫁姑問題も絡める社会派きどりかっ! 味な真似を……」
そして子爵令嬢もそろそろ止めたほうが良い。
ともかく公爵令嬢の訴えは、そろそろクライマックスに入ろうとしていた。
「さらにっ! 普通に見える第一王子殿下だってあの二人の息子っ! きっと輿入れした途端鬼畜外道な本性を露わにし――
くははは嫁に取ったからにはもう俺の思うがまま、さあじっくりたっぷり味わい尽くしてくれるわ~
――とか何とか言いながら口にするのもおぞましいレベルの………………いやああああああ!! 大根とか無理ですわーーーー!!」
勝手に妄想して勝手に大泣きしてる。錯乱が頂点に達したのか、ドリルがぎゅいんぎゅいん回り出した。
回るんだ、アレ。現実逃避気味にぼんやり考える男爵令嬢。
「……人参あたりなら、なんとか……っ!」
戦慄し一筋の汗を流す子爵令嬢の思考は、一体どこに向かおうとしているのか。
しばらくして落ち着いたのかぜーはと息を荒くした公爵令嬢は、必死の表情で二人に訴える。
「ともかく! 表面上はさておいてあの王家の方々に近づいてはなりませんわ! 公私ともに貴女がたのためにならないどころか明らかに害ですもの! もっと自分を大切になさって!」
マジであった。真剣であった。そこには他意はなく、ただただ善意とおせっかいだけがあった。
「(…………え? この人もしかして、単に『いい人』なわけ?)」
男爵令嬢は唖然とするしかない。悪役令嬢登場かと思ってたら親身に忠告されてた、何を言って(略)と言う状況に戸惑う以外の何をしろというのだ。っていうかどうなってんのこの王国。
「貴女がたはまだ若いのです、その身空でわざわざ茨の道に踏み込む必要などありませんわ。考え直しなさいませ、後戻りできるのは今のうちですわよ」
ドリルぐりんぐりん回しながら説得を続ける公爵令嬢。
「艱難辛苦……っ! マゾ冥利に尽きる……っ! 」
もうなに言ってるんだか理解もしたくない子爵令嬢。
話を垂れ流しにされつつ思う。もしかして、あたし乙女ゲームとか言ってる場合じゃないとんでもないところに転生したんじゃなかろうか。男爵令嬢は今更になってそれを感じ取っていた。
後にその事実が否応もなく叩き付けられることになるのだが、それはまた別の話。
窓の外から見える空は青い。今日も良い天気だ、多分明日も良い天気だろう。そろそろナレーションも現実逃避したって罰は当たらないと思う。
王国は今日も平常運転である。
(※王家の実情は、想像の斜め上に酷い)
刀剣女子だと!? 俺の時代がきたけ!?(←日本刀好き)
でも相手が自分より刀に詳しかったらとてつもなく凹むと思う緋松です。
自分で書いておいてなんですが、こ れ は ひ ど い。悪役令嬢どこいった。
そして王子に対する風評被害が激しいですが、仕方ないと思うの。頑張って名誉挽回していただきたい。もっとも頑張れば頑張るほど誤解が広がっていくような気がひしひしとしますが。誰のせいだ。
まあ今回はこの辺で勘弁してやろうと思います。そろそろこの話、連載を考えたほうがいいのかなあとか思ったみたりみなかったり。
でわでわまたの機会をご贔屓に。