安いスーツ
加賀は再生が終わったのを確認し、登録したばかりの近藤の電話番号へ電話をかける。
「あー……ん゛ん゛っ、あー、あー。大変ですっ、……違うな。大変ですっ!」
コール中に咳払いを数回行う。十回ほどコールが鳴った後、寝起きだろうか、普段より数段低い掠れた声で応答される。
『…………………………………………………はい、近藤』
「リーダーっ!!すみません朝早くから!た、大変ですっ!!はやくっ!」
『……落ち着け、どうした加賀』
加賀の尋常でない慌てぶりに眠気も醒めたのだろう。冷静に聞き返される。
「ト、トリヴィシャが動画を投稿しましたっ!」
『なんだと?!』
「と、とりあえずメッセージにURL貼っときます」
『……三途を緊急招集する。お前も来い。六時には全員で集まれるように』
「はっ、はい!!」
返事をした途端プツリと通話を切れた携帯をソファの上に投げ、早速出かける準備をする。
---そういえば安いスーツ、昨日着たやつしかねえわ。
ただの緊急招集にクラシコイタリアのスーツでばっちり決めていくのも不自然だろう。それに、働き始めて日も経っていないのに金の出処を探られても困る。
---良乃みたいに金持ちの養子とかいう設定俺もつけちゃおっかな〜〜〜。
なんて呑気なことを考えながら、加賀は三途の元へ向かう前に紅葉の所へ寄ってスーツを借りることにしたようだ。
黒いスキニーパンツにグレーのパーカーを合わせただけのラフな格好で支度を済ませ、ソファに投げた携帯を拾いパンツのポケットへと仕舞う。
それともうひとつ、黒いほうのスマートフォンも手に持ち、「烏骨鶏」と登録された電話番号に電話をする。
『おっはー、動画みた?』
「おうみたみた。早速招集かかったわ。今から出るとこ」
近藤とは違いワンコールで繋がった電話をしながら、加賀は鞄と車のキーを持って外へ出る。オートロックなので、扉を閉めればがちゃんと重い音がする。
『朝早くからご苦労っすね〜〜〜』
「おうもっと労ってくれ」
『却下』
「んだよ。あ、今から紅葉ん所寄るから」
『は?なんで?いいけど俺居ないよ?』
「は、逆になんで?仕事?」
『そうそう。もう出かける』
「客に来させればいいじゃん」
『他人を家にあげたくなーいしー』
車のロックを解除し、エンジンをかける。助手席に鞄を置いてスマートフォンの通話設定を「運転中通話モード」にして鞄に仕舞う。
「まあいいや、安いスーツあるよな?借りに行くから分かり易い所に出しといて」
『あるよー。客に報酬とは別にお礼として貰ったスーツがまさかの二セット五千円のやつでさ。さすがに俺もこんなん着ないし。別に構わないけど必要ならちゃんと買っとけよー』
「ぐらっちぇー。思ったより三途の皆さんのスーツが良い物じゃなかったの。完全にしくった」
『オーケーオーケー。入ったらすぐ分かるように置いとくから』
「どーもね」
『じゃ、精々いじめっ子が殺されることのないようお仕事頑張ってくださーい』
「俺じゃなくて三途のメンバーがな」
『やだな〜〜〜ちゃんとお手伝いしないと慎ちゃん怒られちゃうよ?』
「はいはい頑張る頑張る、じゃ」
「通話終了」と呟いて、音声認識でスマートフォンを操作しスリープ状態にする。
十分程車を走らせ、アパートの駐車場に車を駐める。車をロックし、鶏のキーホルダーが付いた鍵束の一つを取り出し、アパートのドアへ差し込んだ。
玄関の正面にある扉を開けると、目の前にハンガーにかかったスーツがあった。
---うわ安っぽ!テロテロじゃん!
とりあえず満足のいく安っぽい(というか安い)スーツが用意されていたことに加賀は満足する。早速着替え、此処に来るまでに着ていた服はこの家の洗濯籠に突っ込んでおく。
「……慎二が俺の家に来る時は必ず着てた服を置いてくから、そろそろ置いてった服でクローゼットひとつ埋まるって紅葉が言ってたよ」
洗面所にいる加賀の背後からいきなり声が聞こえて、パッと振り返る。
「っわー、ビビった。良乃かよ。居るなら居るって言えよ。てかなんでここに居るんだよ」
「午前休みだから暇なの。紅葉に慎二が来るから暇なら来たらって連絡きた」
「ほぉん。お前が休みなのも珍しいし暇だからって寝てないのも珍しい」
「なんだよ僕がいつも寝てるみたいに」
「や、その通りだろ」
加賀に良乃と呼ばれた男はムス、と頬を膨らました。常にダルそうな顔をしているため、頬を膨らましても倦怠感がありありと見える。
「寝なくても良いのに好んで寝る良乃は不思議だよな」
「娯楽として嗜むんだよ。それに、僕の周りは人が多いから、起きっぱなしだと怪しまれる」
「次期社長の坊ちゃんは大変ですねえ」
「顔が筋肉痛にならないだけマシな環境だよ。慎二、時間ある?」
加賀は左手の腕時計(これも、普段使っているような物ではなく安物の時計に変えてある)を確認する。
四時五十二分。近藤に言われた集合時間にはまだ余裕がある。
「一時間弱はあるかな」
「じゃー時間までちょっと味見してって」
「……俺これから仕事なんだけど」
「解毒剤も用意してあるからさー」