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第八話 そこで手にしたもの

 リュウガがその場所――意外と狭い小部屋――に迷い込んだときから、壁に大きく数字が表示された。そして、その数字は少しずつ減算されていく。万国共通の認識、カウントダウンを意味していることはすぐに分かった。時間にして五分相当の数値がそこに刻まれていた。


 目の前に提示された数々のオブジェ。小瓶に入った薬や、雑多に並べられた見たことのない形の武器や防具。どれも飾り気がなく、簡素な状態で配置されていた。まるでクリスマスを過ぎたおもちゃ売り場のようだった。


 この部屋では、体の自由が奪われていることに気がついた。水槽にでも閉じ込められたように、体全体が重い。それでも何とか右手だけは動く。だが、この状態でどうしろというんだ?


 息苦しかった。頭の中では、そんなはずはないと言い聞かせても、苦しく感じる。リュウガは慌てた。だが、目の前に突きつけられた状況を正しく理解しようと努めた。


 ゲーマーとしての血が教えてくれる。これはきっと、何かのチャンスなのだと。


 リュウガは視点を右に動かした。すると、この国の通貨であるワールド金貨がうずたかく積まれていた。ため息が出る量に、しばらく見入ってしまった。壁の数値に視線を戻すと、既に一分が過ぎていた。


 更に体を半周するようにねじると、四角いアイコンのようなものが宙に浮かんでいた。それらのアイコンは、まるで主人を失った屋敷の亡霊のように漂っていた。


 武器や防具、ワールド金貨には興味を引かれなかったが、そのアイコンは強烈にリュウガの意識を呼び寄せた。吸い寄せられるようにそのアイコンに触れると、そこから光が放たれ、空間に文字を表示した。


「エクストラモード・オン。モンスターの討伐テストを開始しますか? YES NO」


 目まぐるしく、リュウガの瞳と頭脳が回転する。これは、まさか……。


 恐る恐る「YES」を選択する。


 簡易的なバトルフィールドが、歪曲わいきょくされた空間に展開される。そして、モンスターの出現とともに右下に「討伐」と書かれたボタンが表示された。


 自分を落ち着かせるように一呼吸置き、唯一動く右手でそのボタンを押下した。


 ピキュン、ピキュン。取って付けたような効果音とともに、目の前に出現したモンスター、ノーマルモスキートがあっけなく姿を消す。そしてその代わりに視覚ウィンドウがオーバーラップされ、「2exp」の数値が書き加えられた。


「これは……間違いない。ここはデバッグモードの部屋……デバッグルームだ。俺は、ここにテクスチャの壁抜けを使って、迷い込んできた」


 ――デバッグモード。ゲームの開発者向けに用意された特殊なモード。システム検査を、通常のフィールドで行うよりも極めて効率的に行うことができる。実際の演算処理を行うことで、予期せぬ不具合を回避するのに役立つ。ベータテスト期間を経るなどして、通常このモードは閉じられる。


 壁抜けは、テクスチャのつなぎ目のバグを突いた一種の裏技に近かった。


 リュウガはある種の興奮に包まれたが、この不正行為を連続して行うことはためらった。バグを利用したチートは、他プレイヤーへの背徳に等しい。一度その恐るべき力を手に入れてしまうと、ゲームバランスは大きく崩壊することは目に見えている。神の……いや、この世界における、神をも超える力を手にするのだから。


 しかし……どの道、今のままではヴィニールのヤツに好きなようにやられてしまう。それと既にプレイヤーは混乱状態で、とても正常にゲームを進行できる状態にはない。とうに破綻しているのだ。自分を言い含めるように、リュウガは言葉を紡いだ。


「俺に、力を」


 デバッグモードにおけるモンスターの出現は、秩序を持たないランダム仕様だった。


 プロト・スコルピオ(500exp)に始まり、ノーマルモスキート(2exp)、ゴールデンビー(5000exp)、ゴールデンビー(5000exp)と続く。


 経験値の数字が、恐るべき速度で積み上がっていく。1000exp台の未知のモンスターが続々と登場する。名前や特徴なども空間ウィンドウに示されるのだが、それを逐一確認する余裕などなかった。


 無我夢中で、敵を討伐――いや、討伐情報のみを淡々と書き換えていく。冷静さを欠く興奮状態にあったといっていい。やばい、何だこのトランス状態は。


 1000、1000、2000、5500、8000、12000……。


 リュウガは極めつけに、レアモンスターの上位種といえる、レディア=ヘル=サラマンダーを引き当てた。豪快な断末魔とともに、経験値の数値にプラス「百万exp」が書き加えられた。


 レベルアップを知らせるファンファーレの音がやむことは、最後までなかった。セキュリティ制限でもあるのか、壁に掲出された五分に達すると、アイコンの押下を一切受けつけなくなった。


 高速の連打作業を終えた。体全体がスポンジケーキになり、紅茶に浸されているような気分になった。ジワリと染みこみ、何かが満たされていくような充足感がそこにあった。最後は、呼吸することすら忘れていた。俺はどうなってしまったのか。


 もっと、もっと……、永遠にこの作業を繰り返していたかった。まだ足りない、まだ足りない……。


 ――そして、リュウガは意識を失った。

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