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第七話 魔性の武器屋、フィオナの導き

 リナの行方が気になったが、まずはマザーツリーに戻らなくては。入れ違いで彼女が戻っている可能性もあるだろうし、誰かに足取りを聞くのもいいだろう。


 しかし、民衆の休息エリアと呼べるその場所に戻ったとき、リュウガは絶句した。そこは既に地獄絵図と化していた。あのキツネ目が、さっき目の当たりにした惨劇を全員に吹聴ふいちょうしたことにすぐに思い至った。


 男性プレイヤーを中心に、プレイヤー狩りが開始されていた。狙われているのは、戦闘システムをよく分かってなさそうな女性や子供のアバターたち。


 馬乗りになって髪を捕まれている者。金品からコスチュームまで強奪され、呆然ぼうぜんとしてうずくまっている者。それは、目を覆いたくなるような光景だった。


〈おいっ、その金をよこせ。あ、あいつがくる前に、装備を調えなきゃいけないんだ!〉


 店売りのルーンソードを突きつけて脅す者。あるいは、より高く売れそうな肉体に対して交渉を持ちかける者。


〈蛮勇族のヤツに、貢ぎ物をすれば仲間にしてくれるかもしれねえ。あいつは、女好きと聞いた。な? 悪い話じゃないだろ。お、俺の言うことを聞け!〉


 パニック状態になると、人間はこうももろいものなのか。ましてやここはVRMMOの世界。ちょっとした心のたがが外れれば暴徒と化すのは必然だ。……次に考えられるのは、店を襲うことか!


 リュウガは二階フロアに駆け上がった。武器屋のお姉さん――フィオナのことが気掛かりだった。彼女の店は、暴徒に襲われていないだろうか?


 自動扉は壊され、その機能を失っていたが、店の中にはスンナリと入ることができた。そこには、十人ほどの男性プレイヤーが立っていて……全員が両手を上げていた。


「よう、坊や。お前さんも強奪しにきた口かい? それとも、か弱いお姉さんを心配して見に来てくれたのかな?」


 薄い唇の端で、金管製のキセルを動かしながらフィオナが言う。カウンターの上に片足を上げて、二丁のライフルを立ち構えている。


「こいつは、スチームライフルっていう、圧縮した蒸気を照射する最高級品だ。うちの店で、三十万ワールドで出してるヤツだ。一瞬で溶解する様は見物だぞ。どうだ、誰か試されたいヤツはいるか?」


 暴漢の男どもは、両手を垂直に上げたまま、皆一様にその両手を横に振った。


 ははっ、とんでもないお姉さんだな。確かに最高レベルの武器を持っていれば、心配はないか。リュウガはフィオナの勇敢な姿を見て、口元が緩んだ。――だが、この強力な武器がヴィニールの手に渡ったとしたら……。


「フィオナ、後で間違いなく、ここに蛮勇族の男が乗り込んでくる。もしかして、強奪するんじゃなく、正当な支払いをして武器を調達するかもしれない。客がとんでもない悪党の場合でも、やっぱり売るのかい?」


 暴漢どもの腰がすっかり抜けたのをみて、フィオナは片方のライフルをショーケースに置いた。そしてあいた手で、短めのりりしい髪を少しかき上げながら言った。


「坊やは、実に面白いな。その質問にはどう答えてほしいんだ? 私に売らないって言ってほしいのか? ん? どうなんだ?」


 質問に質問で返されると、答えに窮する。彼女はこちらの表情をうかがうような上目遣いを見せた。きっと彼女は、戦闘以外についても百戦錬磨なのだろう。


 リュウガは穏やかな面持ちで言う。


「武器を売るのは、フィオナの仕事だろ? 俺がとやかく言うことじゃない。ただ……」


「ただ、何だ?」


「奇麗なお姉さんと、この店が無事ならそれでいいさ。随分と楽しそうな店だからな。また足を運びたいんだ」


「無事ならいい……そんなことか。いいだろう、請け負った。安心して坊やも何か買いに来るがいいさ。それと……」


 フィオナは右目をつぶって見せ、他の暴漢たちには聞こえないように耳打ちした。


「木漏れ日が重なる場所へ行ってみるがいい。坊やをきっと導いてくれる」


 ……今何て言った? 謎めいた人だな本当に。リュウガは、自分もお手上げだとばかりに両手を上げ、オーバーなリアクションを返して見せた。


 二階にある店の外から眼下を見下ろした。一層、暴動は激しくなってきている。飛び交う怒号や悲鳴を避けるように、リュウガの足は自然とマザーツリーの裏側へと向かっていた。


 こんな場所があるのか。焦る気持ちをなだめるように、自分に向けてつぶやいた。店が並ぶ表側――すなわち、暴動が発生しているエリア――とは異なる場所。いわば、忘れられた不可侵領域。プレイヤー向きの場所ではないからか、床などのテクスチャにも手抜きが見られた。


 天空からは鮮やかな日差しが降り注ぎ、木漏れ日が光のカーテンのように差し込んでいた。これか? フィオナが言っていた木漏れ日って……。でも、何の意味がある?


 やがて、奇妙な感覚に襲われた。中二階には、ほほをくすぐるような強い風が流れている。それなのに、マザーツリーの葉の間から差し込む光の具合は、変わることがなかった。都市部分を巻き込むように生えている枝の一つに手を伸ばした。


 葉の手触りや枝の動きをゆっくりと確かめる。リュウガはその驚きを隠せなかった。


 これは、本物の木じゃない! 人工物で、全く動かないように硬質化されている……作り物の木だ!


 VRMMOの世界において、作り物の木だという指摘は少しおかしいが、リュウガはそのことをひどく気にした。通常は風にさざめくような自然の植物として、設計するはずだ。それをなぜ、わざわざこの形にしておきながら、まるで動かない人工物……ドライツリーみたいなものに仕立て上げたんだ?


 そしてリュウガは、何かに導かれるようにその一点に吸い寄せられていった。一階の地面に、光が集まっている場所がある。目を凝らすとそのテクスチャが微妙にずれているように見えた。


 もしかして、木漏れ日の差す場所を正確にするために、動かないようにした? いや、まさかな……。


 リュウガは、光の場所を見逃さないように注意深くにらみながら、らせん階段を下りていった。果たしてその場所に着いた。ここだ……。


 どうしてなのかは分からない。体のどこかに、どうすべきか初めから分かっている――刻み込まれているような感覚があった。生まれたばかりの目の見えない哺乳類に、誰からも教わることなく母乳を探す機能が備わっているように。


 フワリ。リュウガは導かれるように、その場所に向けて軽くジャンプをした。まるで子供が、マンホールのような場所を見つけてはよくやるように。


 シュン! 実際に音は出なかったのかもしれない。ただしリュウガは頭の中でそう感じた。さっきまでいた場所とは違う。ここはどこだ?


 そこは、リュウガの運命を大きく変えることになる場所だった。

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