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第六話 湿地帯に秘められた陰謀

 草原を北東に抜けた先にある湿地帯には、霧が立ちこめていた。ここまでの道のりは、先人たちが踏みならした道ができていて、モンスターには遭遇しなかった。


 湿地帯の奥にあるとされる底なし沼に到着する前に、一人の女性がぶつかるようにして飛び込んできた。その女性は、息を切らして言った。


「こっち……こっちに来ちゃ駄目。みんな死んじゃうわ! ツリーにいるみんなにも、早く伝えなきゃ、こっちに来ちゃいけないって!」


 半狂乱とも言える形相で、胸ぐらをつかまれた。よく見ると、それはリナを誘っていたキツネ目の女だった。


「あんた……リナの知り合いじゃないか。何があったんだ? この先に何があるんだ」


 リュウガはそう言い、彼女の背後に目を凝らした。やがてうっすらと霧が晴れていった。


 そこには、重なり合うように倒れ伏すしかばねの山が見えた。どうみても、プレイヤーたちだ。さっき、ツリーの下から勢いよく駆け出していった連中に違いない。みな地面に倒れ伏し、全身には無数の弓矢が突き刺さっていた。リュウガはその無残な光景に圧倒され、しばらく言葉を失った。やがて、正気を取り戻して言った。


「もしかして、トラップが仕掛けられてるんじゃないのか、この先に! おい、あんた、リナはどこに行った。まさか……」


 リュウガは彼女の両肩を揺するようにして言った。まるでそれが彼女のせいとでもいう風に。彼女は矢を受けてはいなかったが、放心状態だった。それでも、弱々しい声で答えた。


「あ、あの子は途中ではぐれちゃって……。どこにいるか分からない。私は、他のグループより遅れてここに到着したの。だから、奥まで入り込む前に気がつくことができた……」


 リュウガが、そこより先に進めず立ち往生していると、奥に動く影が見えた。まるで、死肉をあさるグールのように、息絶えていくプレイヤーをかき分けて地面をまさぐっている。


 その人影が誰なのか、リュウガには目星がついていた。


「おい! そこのお前っ! ヴィニールだろ!」


 そのリュウガの問いかけに、血まみれの両手を見せながら、男が鼻で笑った。


「何だ、結局来たのか、鋭そうな兄ちゃん。でも、ボウ・シールドを持ってきちゃいないようだな。それじゃあ、戦利品は取れないぜ。俺が独り占めするだけだ」


 ヒュンヒュン! カキーン!


 ヴィニールは地面に片手を向けながら、もう一方の手に持った盾で、飛んでくる弓矢をたたき落としていた。


 その器用な盾さばきをみて、リュウガはすべてを悟った。


「お前、知ってて……。弓矢のトラップがあることを知ってて、誰にも教えなかったな。そして、戦闘不能者が所持金をドロップする仕様すら熟知していた」


 プレイヤーが消失するのと同時に、所持金が地面に転げ落ちる。ほとんどの者が、無念の表情と初期所持金の1000ワールドをこの世に残して去っていく。その惨状を前に、喜々として蛮勇族の男が言う。


「バカだなぁ、お前は。当たり前じゃないか。ダメージが通らないモンスターがうじゃうじゃいるこの世界で、どうやってキャラクターを成長させるか。そんなの考えれば答えはひとつしかないだろ? より弱いものを狩って、装備を調えるのが正解に決まってる。それが王道であり、攻略法だ。まさか、プレイヤーを狩って成長する手段について、全く考えなかったのか?」


 挑発する物言いに対し、リュウガは言った。


「ああ、俺はこれっぽっちも考えなかったね」


 PvPと呼ばれる対人戦の可能性について、当然リュウガは考慮していた。また、彼のように大量にだまし討ちにする効率的な手段があることについても。


 だが、それを躊躇ちゅうちょなく実行するのは、非人道的であり畜生にも劣る行為だ。MMOを愛する一プレイヤーとして断じて許すわけにはいかない。


「へえ、そうなんだ、リュウガ。で? どうする気なんだい? レベルも装備も俺には勝てないだろう。ツリーに戻って告げ口するのも大いに結構。俺はこいつらの金で装備を完璧に仕上げるつもりだからな。雑魚が何人束になっても負けないぜ」


 血が滴る両手で額の汗をぬぐいながら、ヴィニールは言った。その狂気にとりつかれた表情は、さながら地獄の鬼のようだった。


 リュウガは、返す言葉が見つからなかった。ヤツに出し抜かれたのは事実なのだ。まともにやり合っても勝ち目はない。この世界においては、彼の言うとおり、プレイヤーを狩ることが最善の方法かもしれないのだ。


 キツネ目の女が耳元で言った。


「どうしたの? あんな悪党、やっつけちゃってよ。他のプレイヤーの所持金をあさるなんて、卑怯ひきょうでしょ」


 ――何も分かっていないのか。さすがにモスキート狩りをしながら、ぶらりとここに立ち寄った初心者プレイヤーだけある。勝てる見込みがないことすら、分からないのか。


 ……だが、その悔しい気持ちは分かる。それでもリュウガは唇をかみしめながら、首を振った。


「ここは一旦下がろう。それに、あいつをぶん殴りたくても近くに行けば弓矢トラップが飛んでくる寸法になっているはずだ。レアモンスターのうわさに踊らされた、間抜けな冒険者を射抜く……この世界の仕組みだろう。盾を持ってきていない俺じゃ、どうすることもできない」


「ほんっと、使えないわね、あなた」女はそう吐き捨てると、マザーツリーの方へ足早に駆けていった。


 ちきしょう。言い返すこともできない。だが今は冷静にならなくては。そして、リナのことも探さなくてはならない。まさか、あの死屍しし累々の中に埋もれてるわけじゃないよな。その考えがよぎり、リュウガは身震いした。そしてゆっくりと背を向けた。


「逃げるのか、リュウガ! それが賢明だ。この世界の金と女は全て俺様が頂いてやるからな! 有り難く思え!」


 高笑いとともに、蛮勇族の真骨頂と言える、征服に向けた宣誓がなされた。リュウガがうなだれて歩く後方からは、雄たけびのような声が投げかけられた。それは、彼が人の心を悪魔に売り渡した瞬間なのかもしれない。


 ――ハーデスト・オンライン。その名に違わず、えげつない争いを仕掛けてくるじゃないか。リュウガの瞳の奥に鋭い光が宿った。

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