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第五話 風使いリナ

 自称、風使いの彼女のステータス表示を、目を皿のようにして見た。彼女の柔らかな長い黒髪と白い大きめのカチューシャが、透明なステータスウィンドウ越しに見える。


 レベル:1

 種族:人間

 職業:なし


 経験値:2exp


 そこには、確かに「2exp」の表示があった。


「お、おい、リナ。お前、モンスターを倒したのか? まさか、あのゴツいサソリ型のヤツじゃないだろうな」


「う、ううん。違うよ。最初にね、間違って外に出ちゃったんだ。そしたらね、たまたまちっちゃい黒い虫みたいなのと戦いになって。それで、私じゃない他の……えっと、パーティーっていうのかな、そういうの」


「何人かの共闘態勢のことか? それならパーティーで合ってる」


「そのパーティーがね、ちっちゃい虫を倒したの。そしたら、たまたま近くにいた私にもポイントが入ったみたい。えっと、経験値っていうのかな。それが増えていたの」


 どう聞いても初心者の口ぶりで、リナが言う。


 リュウガは聞いたゲームシステムについて、しばらく推論した。直接バトルに参加しなくても、経験値報酬が得られるシステムか……。んっ、待てっ! サソリ以外にくみしやすいモンスターが、ちゃんといるってことか。リナのウィンドウ越しに討伐情報を確認する。


 ――ノーマルモスキート(ただの飛行虫)。通常モンスター。経験値2exp。初心冒険者が倒せるとされる唯一の敵。しかし、油断すると感染症の媒介にもなる危険な敵。主な生息地、草原フィールド。


 表示画面にはモンスターの外観も掲載される。ただの真っ黒い虫のようで、これといった特徴はなかった。ただ、その容姿ではない部分がリュウガをおののかせた。


 2expだって? 間違いなく、次のレベルに必要な経験値については5000expと示されている。だとすれば2500匹もそいつを狩らなければ、レベル2には上がらない計算だ。――何ていうバランスだ。これじゃあ、地道な狩りは無謀だ。


「それでね……もしよかったら、リュウガ君も一緒に……」


 リナがそう言いかけたときに、リュウガの視界に数人の男女の姿が目に入ってきた。そして、話し込んでいる二人に割り込むように言葉が放たれた。


「リナー、モスキート狩りに行くよー。早くしないと、おいてっちゃうんだからー」


 目が細い人狐ぎつね族の女性が、そう言った。――人狐ぎつね族なんて選ぶヤツもいるんだな。リュウガはその程度の感想で、リナとの会話も打ち切ろうとした。リナを誘っている四、五人の男女のメンバーに溶け込む気はサラサラなかった。


「俺はいいや……。一人が性に合ってるようだからさ。ほら、行ってこいよ。また今度な」


 リュウガはそう言って、リナを元の川に返してやった。そして、自分に問いただしてみた。やっぱりパーティーを組むんだったら、仲良しこよしのメンバーでは難しい。サークルごっこは自分の性に合わない。モスキートなんていう、効率の悪いモンスターを夢中で狩る連中とつるんでしまうと、どうしても浮いてしまいそうだった。


「やっぱり俺は、孤高のプレイヤーなのか」と自嘲気味につぶやく。


 そして、気になっていた防具屋へ足を向けた。防具屋の中は、武器屋とはまた違った造りだった。足首まで埋まるじゅうたんと、荘厳なシャンデリア。まるで高級宝石店にでも迷い込んだ雰囲気だった。


 盾はすべて丁寧な革張りのケースにこん包されていて、恭しく陳列棚に置かれている。よろいの方は、奥まった仕切りで囲まれた場所に、ディスプレイされていたが、ぶらりと概観するだけで十分だった。一桁違う――。一番安そうなプレートアーマー(ヴィニールがこれ見よがしに着ていたヤツ)でも、10000ワールドの値札が付けられている。


 コウモリのような顔をした、細身の中年店員が、もみ手をしながら近寄ってきた。


「お客様、当店は古今東西の一流の品だけを取りそろえております。お気に召した商品がございましたら、お出ししますのでお気軽にお申し付けください」


 正しく高級店の口ぶりで、店員が言う。香水なのか仁丹なのか分からない複雑な匂いを漂わせて。


「えっと、よろいはちょっと高そうなので、盾を見せていただけますか? えっと予算は1000ワールド前後で」


 店員は話の流れから上客ではないと判断したのか、眉間に軽くしわを寄せながら言葉を続けた(NPCのはずだが、こういうところも無駄に凝っている)。


「ええ、それでしたら、こちらがおすすめです」作り物の笑顔を貼り付けて言う。


 店員が引っ張り出してきた銀色の盾は、随分と軽く薄かった。何の材質を使ってるのか分からないほどで、羊皮紙で説明書きのタグがついていた。


 ボウ・シールド――軽くて、そこそこの強度がある片手向けの盾。トラップの弓矢よけには最適の堅さ。モンスターの攻撃を受けるのには心もとないので、戦闘向きではない。


 これだ。あのヴィニールが持っていたシルバーの盾は。だが、戦闘向きじゃないとある。よく、こんな物を買ったな。もう少しためれば、もっといいのが買えただろうに。


 リュウガは、棚の上段に置かれたワンランク上の盾をみやった。バトルシールド――2000ワールドと書かれていた。


 いずれにしても、今の俺にはまだ関係のない品だろうな。そう自分に言い聞かせて、その成金趣味の防具屋を後にした。


 何だろう。何か妙に引っかかる。人の装備が……こんなに気になるなんてどうかしてる。


 それよりも、自分のことを何とかしなくては。俺もまずは、湿地帯でレアモンスターのゴールデンビーを素直に狙ってみるか。


 盾に関する胸騒ぎの種は、思いもよらぬ相手から答えがもたらせることになる。

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