第四話 六万分の一のモンスター
名前もまだ知らないが、横に二人の美女をはべらせる男。そいつが倒したモンスターの情報が表示された。
――ゴールデンビー(黄金の蜂)。レアモンスター。出現確率、六万分の一でポップ。経験値5000exp。すばしっこいが紙装甲なので、攻撃を当てれば一撃で倒すことができる。主な生息地、草原フィールド。
これか……。しかし、出現確率六万分の一だと……。こんなの狙い撃ちできる代物じゃない。リュウガがそう判断するとともに、同じことをつぶやく者がいた。
「運がいいだけじゃないか。ちぇっ、状況は何も変わっちゃいないぜ」そう吐き捨てるように、群衆の中年男が言った。
悲観的なことを述べる者は、どの世界でも必ずいる。逆に、楽観的な思考で自慢げな表情を見せる男や、彼について行けば安泰とばかりにしなだれる、脳天気な女性もいる。実に雑多な考えがない交ぜになるのが、MMOのだいご味だろう。
「おう、そこの兄ちゃん。俺の武勇伝を聞きたいのか?」
波打つ長髪をなびかせて、レベル2の男がリュウガに言った。ゴールデンビーは、お金のドロップもいいらしく、取得通貨で購入したと見られる騎士風のコスチュームに着替えていた。
「ああ、よかったらその幸運話を聞かせてくれよ。名前は何て言うんだ? 俺はリュウガ。ただの駆け出しの人間族さ」
レアモンスターの出現条件は、恐らく神のみぞ知るというところだろうが、周りがいかにも聞きたそうにしているので、代行した。
「俺はヴィニール。見ての通り、蛮勇族だ。みんな! どこでレアモンスターが出たか知りたいのか?」
即座に取り囲む聴衆たちから「オーッ!」というかけ声が上がる。
蛮勇族は人間とも竜族とも違う……亜人のタイプだ。その種族は、ギリシア神話の神々のように筋骨隆々な肉体が特徴だ。その自意識過剰な見た目が、性格にまでにじみ出てしまうのは仕方がないだろう。連れの見事なプロモーションの女性も、蛮勇族に見えた。女性のデフォルトのコスチュームは、金属よろいと鎖タイツのタイプで何とも挑発的だ。
聴衆の興奮がひとしきり収まる頃、プレートメイルの位置を直しながらヴィニールが言った。
「草原から、北東に向かった先。底なし沼がある湿地帯の近くで、俺はゴールドビーに出会ったぞ!」
その叫びに呼応するように、大勢のプレイヤーがその方角に向かって駆け出した。まるで、沈没する舟から我先に逃げ出すように。しかし、リュウガはその物言いに違和感を覚えた。
もし、それが正当な情報――レアモンスターの出現場所だとしたら、こうも簡単に教えるだろうか? たしかにプレイヤー同士で足を引っ張り合うよりは、協力して進める方が利口だ。しかし、それにしては随分と大盤振る舞いが過ぎるな。
しかし、リュウガはそうしたひねた思いが強まる前に考えを改めた。彼の場合は蛮勇族の血がそうさせるのだろう、と。
さて、俺も後でそのおこぼれでも……。レアモンスターを狩るのは、レベル上げの王道だからな。だがその前に、防具屋でものぞきに行くとするか。
「ほう、リュウガ。お前はすぐには行かないのか?」鼻にかかった、少し高いトーンでヴィニールが言う。
「ああ、俺はもう少し情報を整理してからにするよ。慌てる者は何とやら、さ」
リュウガのその答えに、ヴィニールは納得していないようだった。そして、フウンとだけ言い残すと、美女二人を引き連れてどこかへ姿を消した。リュウガは彼の後ろ姿を眺めながら、その手に持っているシルバーの盾が妙に気になった。
あれって、防具屋で売っているヤツか? 防具屋は恐らく三階にある。よし、そこの品ぞろえも確認してみよう。そう思い立ち、らせん階段に足をかけた途端。
「あのぅ……。真城……リュウガ君?」
消え入りそうなささやき声で、リュウガを呼び止めるものがいた。聞き覚えがある声だが、それを思い出すよりも先に声の方をクルリと振り返った。
……誰?
たとえ現実世界の知り合いだとしても、この世界では固有のアバターをまとうために、その判別は難しい。顔のすべてのパーツに至るまで細かくカスタマイズでき、大抵は願望補正というか、実際の見た目よりもよく造るのだ。
しかし、彼女の場合は違った。これみよがしの美しさではなかった。だが、それでも内面からわき出るような美しさを目の前の少女は持っていた。思わず抱きすくめたくなるような、道ばたに咲く白い野花のように。決して花屋のショーケースに飾られるわけではないが、暖かみを持った美しさがそこにあった。
現実世界の彼女の持つ魅力が、そのまま再現されていたと言っていい。そしてその姿は、リュウガにある一人の知り合いを想起させた。
「えっと、もしかして、リナか? ガキの頃によく遊んだ……如月リナ?」
すると少女は、コクリとうなずいて見せた。
どのみちリュウガは、知り合いの女性はそう多い方ではない。当てずっぽうに名前を並べ立てたとしても、彼女にたどりついただろう。
「おーっ! 何だお前、ゲームとかやるヤツだったのか。びっくりしたよ、よく分かったな俺って」
思いがけない場所で、幼なじみと呼べる人物と再会し、不本意ながら心が躍った。性別を余り意識することがない小学校の頃、よく神社で虫取りなどをして遊んだのはいい思い出だ。いつからか、意識し出して自然と疎遠になっていったんだっけ。
見知らぬ土地で知り合いに会うと、無駄にテンションが上がってしまうものだ。しかし、その高揚感もつかの間、すぐに不穏な話題の流れになってしまった。
「それにしても、お前。よりによって、何でこのゲームを選んだんだ。これって、超上級者向けのヤツだぞ。得意……なのか?」
するとリナは、今にも泣き出しそうな顔でかぶりを振った。えっ? そうなのか?
「私、初心者なの。それで、右も左も分からないような状況で……。足手まといになってばかりで」
初心者……足手まとい。そのセリフは、少し前にどこかで聞いたような気がした。あれっ? もしかして、みんなにチャットで話しかけていなかったか、お前。リュウガは中央広場で見た、たどたどしく自己アピールしている少女を思い出した。
〈えっと……。あのぅ。こんにちはー。VRMMOというか、この手のゲーム自体が初めてでよく分かりません……。足手まといもしれませんが頑張ります。風使いリナって言います。気軽に誘ってください〉
「もしもし。風使いリナとか、何やら痛い名前で、自分のことを呼んでませんでしたか?」と、明らかにからかい気味に言う。
「えっ? 違うの……? 何かそういう感じでアピールするのが普通かと思って。うそぅ。恥ずかしぃ……」
口元に手を当て、真っ赤になってしまった。そしてリュウガが、彼女の情報ウィンドウを開くと、「風使いリナ、レベル1」と表示された。
ありゃりゃ、御丁寧に名前の時点でそう登録してあるのか。まあ、いいや。それ以上突っ込むのはよそう。リュウガはほほ笑んで見せた。
すると、彼女のステータスウィンドウに、気になる表示が見つかった。