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第三話 草原フィールドで見たもの

 リュウガは点在する小高い丘に立ち、草原全体を見渡せるようにした。すると、血気盛んな数十人のプレイヤーたちがバトル空間を展開しているのが見えた。


 ――ハーデスト・オンラインの売りに、観戦ビューシステムがある。


 プレイヤーは、モンスターに対して多人数で同時に攻撃を仕掛けることができる。そのバトル状態に突入している空間は、周囲とは明らかにテクスチャが異なるように表示される。エネルギー体がノロシのように上空に立ち上るのだ。観戦ビューシステムを用いれば、そのバトル空間に視点をロックオンすることができ、詳細に観察することができる。


 プレイヤーのステータスはもちろん、攻撃の一挙手一投足にズームインして確認することができる。距離にして、五百メートルはあるだろうか。肉眼では細部まで確認できそうもないエリアでひとつのバトルが発生している。リュウガは、そこに視点を切り替えた。


 ――その機能は、思ったよりも便利な代物だった。


 五人の男性プレイヤーが、一体のモンスターを前に立ち構えている。それぞれが示し合わせたかのように、手には店売りのルーンソードを持っている。リュウガはそれを見て、軽くうなずいた。


 ステータスウィンドウを表示して確認すると全員がレベル1だった。種族は人間が三人と、竜人族が二人だ。


 竜人族は人間と竜族のハーフで、攻撃力の高さとウロコの皮膚による防御力の高さが特長だった。リュウガも最初の選択で少し引かれたが、あえて避けるようにした。一点特化タイプ(竜人の場合は攻撃特化)の種族は、往々にして成功を収めやすいのだが、それはパーティーにおいての話だ。ソロプレイを視野に入れると、手詰まりになることもある。何と言っても、これは「ハーデスト・オンライン」なのだ。あえてセオリーの逆をつくくらいでなければ生き残れない、とリュウガの頭が警鐘を鳴らしていた。


 そして汎用的なオールマイティ種族を選んだリュウガだったが、実際にはどちらを選んでも大差がないことを思い知ることになる。


 ――モンスターの確認。頭上には「プロト・スコルピオ(原始のサソリ)」と書かれている。


 で、でけえ。何だありゃ。リュウガは、ビュー越しに思わずそうつぶやいた。


 振り上げられた尻尾の高さを含めると、優に二十メートルはある。いかにも成人男子風のプレイヤーたちは決して背が低い方ではないが、スコルピオを前にするとかすんで見える。大人と子供という次元ではない。巨大な古代建造物を前にたたずむ、哀れな冒険者といった風貌だ。


 プロト・スコルピオは、石灰岩を全身に張り巡らせたようなくすんだ乳白色で、無数の突起物を生やしている。甲殻そのものが、よろいになっているようだ。


 五人のプレイヤーは一定の距離を保っていたが、やがてリーダーと見られる中央の男が動いた。


 ぎこちなくルーンソードを振りかぶり、スコルピオに切りつける。他の四人は緊張の面持ちを浮かべていたが、その口火を切る攻撃に賞賛の表情を浮かべた。


「おっ! いった!」リュウガのみならず、観戦ビューで確認していた他のプレイヤーからも、似たような声が漏れたことだろう。


 それは一瞬だった。


 カキーン! 湾曲した短めの刀身が、何か堅固なものにぶつかった音がした。スコルピオの凶悪そうなハサミに、間違いなく当たった音だった。


 すかさず表示される、「ダメージ0」の数値。そして、自らが固まってしまうリーダー風の男。その音をきっかけに、残りの四人の男も勇気を振り絞って襲いかかる。


 反対のハサミ、胴体、尻尾の付け根、そして、頭部についている複眼に向けて。


 そして、攻撃と同時に「ダメージ0」が四つ表示された。


「こ……これは」恐らく他の観戦者も、リュウガと同様の言葉を漏らしたに違いない。


 俗に言う「攻撃が通らない状態」。永遠に繰り返しても、ゼロはゼロのままだ。何かを根本的に取り違えていることを示唆している。しかしそのモンスターは、無謀な冒険者五人に対し、再挑戦――いや、考える機会すら与えてはくれなかった。


 グルゥオオオーーーンッ! 高速で円を描くように回転しながら、両方の巨大バサミと、恐らく猛毒を有している尻尾を振り回す。


 その俊敏な攻撃を、戦闘経験が浅い彼らが交わせるはずもなく、もろに食らった。美しい演舞のように空中にはじき飛ばされる五人のプレイヤー。そして、草原にたたきつけられることを待たずして、空中で雲散霧消した。


 ――かなりのオーバー・キル。


 リュウガは、冷静にそう分析した。序盤からあんな中ボスクラスのモンスターが出現するとは。あのダメージ具合から見て、戦うべき相手ではない。だがどうする? ここはまだ開始地点から離れていないところだぞ。それなのに、全く歯が立たないんじゃお手上げだろう。よそのエリアはもっと強大な敵がいるだろうし、何よりもそのエリアにたどり着くにはあの類いを相手にしなければならないのだ。


 リュウガは、まずはツリーまで一度引き返して、情報を収集することに決めた。根本的な進め方に誤りがあるとしか思えなかったからだ。


 ツリーエリアに戻ると、状況は一変していた。MMO特有のお祭り騒ぎの雰囲気は影も形もなくなっている。まるで、上空を死に神が鎌を持って旋回しているようだった。


「1289……」一人の少女が地面に座り込んで、膝を抱えたままつぶやいた。


「えっと……。それは、何の数字だい?」リュウガはエルフ族を選択したと見られる、耳が少しとがった少女に尋ねた。


 その少女は答えなかった。ただただ、小刻みに体を震わせるだけだった。


 やがて、マザーツリーの北側に投影されている巨大スクリーンが、その答えを教えてくれた。電光掲示板のテロップのように、スクロールしながら文字情報を示す。


「プレイ続行不能になった人数……1289人。彼らは、リアルの世界でも死を迎えていることでしょう」


 その情報を見て、リュウガには二つの感情が巻き起こった。そんなにやられた人数がいるのかよ……、というのが一つ目。参加人数は明らかになっていないが、恐らく一万人前後だろう。まだ小一時間もたっていないのに、一割が消え去ったことになる。


 二つ目は、何て下劣で扇情的な情報を流すのか、ということ。そこで膝を抱えるプレイヤーがいることからも分かるとおり、このプレッシャーのかけ方は悪質だ。MMOを楽しむことなどできやしない。リュウガは憤りを感じた。


 改めて、ツリーの下に集まっている群衆に目をやる。頭上に表示されるステータス表示は皆「レベル1」を示している。すなわち、皆が恐れをなして立ち尽くしているのだ。想像を絶する強敵が待ち受けていることと、デスゲームであることのうわさは、想像以上の速度で波及していた。


 リュウガは、柄にもなく焦りを感じていた。全く攻略の糸口が見えてこない。すると、前方から長身の男が、両側に美女をはべらせながら大股で歩いてきた。風を切るように歩くその姿は、少なからずろうばいした一般プレイヤーの視線をくぎ付けにした。


 濃い緑色の長髪で、いけ好かないほどニヤついた顔をしている。彼の頭上を見ると、赤い文字で「レベル2」と書かれていた。


 ほどなくして、その数字の意味に多くのプレイヤーが気づき、人だかりができた。口々に、どうやったんだ? 何のモンスターを倒したんだ? などとまくし立てている。その顔には、少し前の期待を持った輝きが戻ってきていた。


 ――現金なもんだ。リュウガは思った。それでも、自分の表情もほころんでいることに気がついた。レベルを上げられるのであれば、デスゲームだろうが何だろうが突破口はある。丁寧に進めていけば、おのずとゴールが見えてくるからだ。ゼロダメージを突きつけられるのとは、随分訳が違う。


 さて、どんなモンスターを倒したんだ、こいつは?


 誰かが接触したり討伐したりしたモンスターの情報は、情報ウィンドウで共有される。そのプレイヤーが公開を隠せば別だが、今回の場合は、自慢したいらしくその情報は惜しげもなく全員共有として公開されていた。


 リュウガの視覚エリアに、鼻持ちならないヤツの、討伐情報が表示された。

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