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最終話 全ての謎が解けるとき

「ゲームクリア! おめでとうございます!」


 突如として、天空から謎の声が流れ出した。感情がこもっていないNPCの声だ。


 リュウガの視線は、ずっと一点に注がれていた。ハーデスが消失した場所のはるか後方――そこに、誰かがいる。


「ようやく会えたな。あんたが、この制作者さんか? どういうつもりでこの世界を構築したか、是非講釈をお聞かせ願いたいもんだねえ。そして、俺達二人を無事に元の世界へ返してくれると約束してほしい。クリアしたんだから、当然の特権だろ?」


 リュウガはそこまでしゃべり、男の顔を見た瞬間に絶句した。リナが、言葉をつなぐ。


「リュウガ……君。そこの人って、リュウガ君じゃないの?」


 ――確かに似ている。少し含みを持った口元や、利発的な瞳。何より身長や髪の色はそっくりだった。だが、リュウガよりは明らかに年上に見える。それも、五つ程度は上だ。


「な、何でこうも俺にそっくりなんだ。あんた、一体誰だ?」


「混乱させてすまない。真城リュウガ君。別の言葉で表現するなら、私の分身だ。私は、君にひどいことをしたと思うが、少なくとも君の敵ではない。それだけは分かってほしい」


「ミカンや、大勢のプレイヤーを恐怖のどん底に追い落として、何が敵じゃないだ! 精霊のトゥルーも、また一人ぼっちになっちまった。……まあ、いい。それより、あのことを聞きたい。これは結局デスゲームなのか? どうなんだ?」


 リュウガが詰め寄った。自分そっくりの男は、白衣のようなものをきていたが、それを引きちぎらんとする勢いだ。


「デスゲームでは、ない。リュウガ。しばらく見ないうちに、たくましさが増したな。その顔も嫌いじゃないぞ」


「フィオナ……。まさか、お前……」


 声とともに横から姿を見せたのは、フィオナだった。マザーツリーのある武器屋を離れてからそれほど経っていないのに、随分とときが過ぎたように感じた。


「私が開発者サイドの人間だということは、匂わせていたつもりだったが。直接言うことはできなかった。事情があるとはいえ、すまん、君を裏切るような格好になってしまって」


「それはいいよ、フィオナ。そんなことで俺は怒りはしない。だが、教えてくれ。この世界は一体何なんだ? どうしたいんだ、俺達のことを」


「君は、想定外の成長を果たした。本来であれば、エレキテルの国で静電気エネルギーをまとい、それから最後のエネルギー……ダークエネルギーの習得へと段階を経るつもりだった」


「ダークエネルギー?」


「そうだ、憎悪を司るエネルギーと私達は定義している。スチームで、感情の熱を帯び、エレキテルで感情への着火を準備する。そしてダークエネルギーによる憎悪とこの世界に対する怒りを溜め込み……一気に爆発させてもらう予定だった」


「それで、何が生まれるんだ?」


「そこから先は、責任者である私が答えよう」白衣の男が言う。「感情だよ。リュウガ……。憎しみという、人間特有の感情だ。少し長くなるが、続けてもいいかい?」


「――もちろんだ」


「私と、フィオナ……まあ、本名は違うが。彼女と私は人工知能を開発している、研究者だ。人工知能の最終目標は、人間と同等の知能を作り出すことにある。私たちは、そのアプローチに興味深い場所を見つけた。それが、VRMMOの世界だった」


「人工知能? それにVRMMOを……」


「そうだ。機械に人間と同様の理解力を与えるために、情報を理解させる技術が不可欠だった。私は、その解決策をVRMMOの世界に求めた。この世界のプレイヤーのコミュニケーションは、実に優れていた。格好のお手本だった。前後の文脈すら必要とせず、会話が成り立っていることに着目したんだ。右目をつぶるだけで、流れるような援護射撃が繰り出される、そんな感じといえば分かるだろう。それを私は、機械の言語処理技術に応用した。だが順調だったこの研究も、ある地点で座礁した。それは、人間の感情についてだ」


「――感情?」


「ああ、感情だ。中でも特に難しかったのが、二つの感情の再現。憎しみと――愛だ」


「まさか……それを、俺達で実験してたってことか? だからといって、俺達でそんなことを試しても、意味がないだろ。だって、俺達は機械じゃなくて……人間……」


 そこで、リュウガは言葉に詰まった。そして、リナを見た。彼女は、こらえきれずに涙を流していた。


「どうした? リナ……。お前も、何とか言ってやれ……。まさか……」


 リュウガの疑念に対し、白衣の男が目を伏せた。話を打ち切る素振りに見えた。しかし、フィオナが言った。


「マスター。いえ、真城……、博士。彼らには知る権利があります」それは決然とした口調だった。


 真城博士はゆっくりとうなずき、話し始めた。


「リュウガ。いや、私……そのものよ。如月リナとお前……いや、この世界の全ての存在は、NPCだったんだ」


 リュウガの目の前で、世界が回り始めた。まるで天井ごと世界が崩落していくみたいに。


「うそだろ……そんなバカな。俺とリナは幼なじみで……。ちゃんと人間の世界で生きていたはずだ。俺とリナが……NPC? ミカンや、他の奴らも全員もが……。違うっ!」


 リュウガはリナを見た。全てを理解したような眼差しで、リュウガを見返す。


「私の方が、ちょっと先に気づいたのかも。リュウガ君。ミカンちゃんが消えたときに、とても不思議な感覚に包まれて……。そのときかな。悲しさがどうしても分からなかったの。ジグソーパズルの最後のひとかけらを忘れたみたいに」


「そうなのか? でも、だからといって」


「ううん、今なら分かるの。その感情を生み出すために……私は存在したんだなって。ミカンちゃんを失った悲しみが後から押し寄せてきて、それからリュウガ君をとても愛おしいと思ったの。同じように失いたくはないって。とても強く。揺さぶられるような感情だった。私の感情に、これまではなかった。明らかに、自分の中で何かが変わった瞬間だった。それがきっかけで、涙が溢れた……」


「バカなっ! 何を言ってる、お前まで。だって、そうだろ? 俺はお前と幼なじみで……弁当を作ってもらったこともあって……。俺の夢は、お前と手をつないで登校することだって。その思いまで全部、作り物の記憶なのかよっ!」


 リュウガは自分でそう言いつつ、自分自身がその可能性を否定できなくなっていた。その記憶自体があやふやだったことが、強烈に思い出されてくる。


「リュウガ君。これだけは分かって。私は……この世界であなたと過ごせたことが、とても楽しかった。それに……あなたのことが好きだった。これからも、ずっとよ。たとえ、私たちが人間じゃなかったとしても」


「だとしたら……もう、お前と元の世界に戻ることはできない、ってことじゃないか。俺は嫌だ。お前と、元の世界で過ごしたいんだ」


 リュウガは膝を落とした。そして、博士のそばで立ちすくむフィオナを見た。心の底からリュウガを案じている顔だった。そこで全てを悟った。


 ――ああ、フィオナは俺をこの博士に重ねていたんだ。俺にそっくりだもんな。きっと、彼のことを好きなんだろう。それが俺の前だと自然に出せたんだな。


 ――そして。


「それじゃあ、俺達二人はどうなるんだ? 恐らくあんたら二人だけが、本物の人間なんだろ? 俺達残された二人と……他のNPCはどうなる?」


「それは、君達自身が決めればいい。人工知能の実験は、おかげで大成功を収めた。政府からの資金援助も弾むだろう。この世界を維持するサーバーも、その気になれば百年でも保持できる。それと、イベントやコンテンツは、まだ幾らでも残っているから。君達が退屈しないで冒険できるぐらいはね」真城博士は言った。


 ずっと気が重そうに話す博士だったが、ようやく晴れやかな顔を見せた。リュウガもその表情を見て、嬉しく思った。自分と似た顔が暗い顔をするのは、見ていて気持ちのいいものじゃない。


「俺達はこの世界におけるアダムとイブになるって訳か。どうだ? リナ?」


 リナは顔を赤らめ、うつむいていた。やがてコクリとうなずいた。


 リュウガは言う。


「真城、博士だっけ? それなら、少しお願いしてもいいか?」


「何だい? 何なりと言ってくれ。それなりの償いはさせて貰わなくてはならない」


「この世界のサーバーの寿命を……。そうだな、人間と同じ程度にしてほしい。永遠なんて御免さ。思い出は期限があるから美しく価値があるんだ。それでいいだろ? リナ」


 リナが優しくうなずいた。


「それと――」リュウガは、博士にひそひそ話をした。


「何っ? それは、その……相手の意志もあるから、な。私の一存では……」


 真城博士は、フィオナの方をチラと見た。フィオナもリナも何のことかよく分からずに、きょとんとしていた。


「よい、それだけ約束できれば十分だ。最高だったよ、このイカれた世界は。そして、これからも続く……ハーデストな世界はね」


 リュウガは言った。そしてリナの手を取り、マザーツリーのある丘へ歩いていく。


「フィオナ!」リュウガは思い出したようにそう言って、振り返った。


「何だ、リュウガ。武器でも欲しくなったか? 私の代わりに、NPCを用意しておくぞ。寂しくないようにと、精霊トゥルーをな」


 フィオナが冗談交じりで答える。


 リュウガはフィオナの元へ走り、そして抱擁した。


「ありがとうよ。あんたも辛い役回りだったろうけど、よく頑張ってくれたな。フィオナみたいな、気の強いお姉さんも嫌いじゃなかったぜ、俺」


「バ、バカ……。リナが鬼のような目で見てるじゃないか」


 リナは怒っているというよりも、遠くから温かく見守っているように見える。


 強く抱擁しながら、リュウガは言う。


「また、会えるといいな――どこかで」


「ああ、そうありたいな。お前は、私の……とても大切なひとだ。また、どこかで」


 リュウガとフィオナは、固い握手をして別れた。


「フィオナさーん、また会いましょうー。フィオナさんの家は、私達が住んじゃいますからねー」と、リナが手を振る。


「あー、了解した。あの布きれを着て、リュウガを喜ばせてやってくれー!」


 フィオナが返した言葉は、丘を越えて伸びていった。その後には、爽やかな一陣の風だけが舞っていた。



 ――それから、数十年の歳月が過ぎた。


 ここは、とある現実世界の一角。


 少年と少女が、玄関の前で賑やかに話している。


「おっはよー」


「おっす。母ちゃんがさ。弁当つくってくれないんだよ。何が、男子たるもの、たまには女子のお弁当をもらえるほどになれって。どんな甲斐性だよ、ほんと。ウチの母ちゃんは鬼教官顔負けだよ。親父の弁当は、ちゃんと作るくせにさ」


「えへへー。そうくると思って、今日は作ってきてあげたよー」


「マジかよ! さいっこー。お前の料理は、プロ顔負けだからな」


「デザートもあるよ。ミカンのゴロゴロゼリーだ、ぞ、っと」


 ――あれ? 何で私って、語尾がこんな話方になるんだ? まあ、いっか。少女は頭をひねった。


「よし、いくぞっ。いざ、学校へー! いっそげー」


「うわっ、真城君、ちょっと、早いよー」


 少年は少女の手を強く握った。笑い合って、二人は走り出した。


 空を見上げると、蒸気を固めて造ったような大きな入道雲が、二人の姿を見守るように浮かんでいた――。



【了】

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