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第二十話 運命のレベル上げ

 トゥルーが、ゆっくりと言葉を選んで語り始めた。


「実は……スチームの魔法は、女性専用なのです。ですので、その子に授けるかたちになりますが、それでよろしいですか?」


「えー、そうなのかよ」とリュウガは言ったが、それでもいっかとすぐに考え直した。


 リナが戦力になればそれに越したことはないし、彼女の護身用魔法に使えるのであれば、それもいいだろう。リュウガがうなずき、リナはええっ、と反応した。


 それでも、断る理由はない。


「分かりました、お願いします。精霊トゥルー様」リナが片膝をついて深々とお辞儀をする。


 トゥルーが大きく息を吸い込み、それをリナの頭から吹きかけた。まるで洗礼のような厳粛な儀式だった。


 リナの体が淡い光に包まれたかと思うと、小気味のよい音がし、彼女のステータスウィンドウに「スチーム魔法の使い手」という称号が追加された。風使いリナに別の二つ名が追加された瞬間だった。


 精霊の部屋を出るとすぐに、並んでいる皆に取り囲まれた。余りにも時間がかかっているので、これは何かあったぞと皆が思ったのだろう。その予想は良い意味で当たったのだ。


 リュウガは、好奇心に満ちあふれたみんなに対し、言葉を放った。


「みんなのおかげで、スチーム魔法を手に入れたぞ! そして、俺はみんなのレベル上げの初動を手伝うようにする!」


 地鳴りのような、爆発のような歓声が上がった。何かとてつもない敵を倒したような、あるいは難関を突破したような喜びが辺りを包む。みな、手を取り合って喜びを享受した。


 ――だが、それが全ての過ちだった。


 城下町の宿屋で一泊し、翌日から町の外の砂漠フィールドに飛び出した。それには、町の全員が参加していた。文字通り、一人残らず全員が参加していた。


 リュウガが口角泡を飛ばして言う。


「レベル上げについてだけど、カラクリは簡単。みんな、俺の近くについてきてくれ。ただし、モンスターとの距離は離れるようにしてくれ。」


 リュウガの種明かしは、パワーレベリングだった。仕様上、直接的にダメージを与えなくても攻撃に参加する距離のプレイヤーには、経験値が発生する。それを利用して、自力で倒せるレベルまで押し上げようというのだ。レベルが高いものがレベルの低いものを連れて、強制的に上げるプレイをパワーレベリングと呼んだ。


 余り褒められた行為ではないが、この恐ろしく難易度が高いハーデスト・オンラインにおいては、正攻法ともいえる手段だった。少なくとも、プレイヤー同士で争うよりはよほどいい。


 早速、鬼型のモンスター。グレートサイクロプスが群れをなして登場した。十メートルはあると思われる、見事な体。二本の角は、見るものを恐怖で震え上がらせる。手には、無骨なこん棒を握りしめ、非力なプレイヤーを粉々に砕こうとギョロリとした目で見下ろしている。


「えいっ! やあっ!」ミカンがポーズを作って叫ぶ。


 リュウガの攻撃。五体のグレートサイクロプス目がけて、瞬時に移動し、両手で軽く殴りつける。ダメージ表示が追いつかないほどの速度で、モンスターが消滅する。まさに電光石火であり、瞬殺と呼ぶにふさわしい攻撃だった。


 ――レベル99の威力。


〈うぉおおっ! 凄えっ! 一気に三つもレベルが上がったぞ〉


〈まただっ! えっ、今度は空を飛んでいる不死鳥みたいなのをやっつけたの? またレベルがあがったわよ!〉


「まだまだいくぞっ!」


 リュウガのかけ声に、全員が気勢を上げる。さながらハーメルンの笛吹きのように、リュウガ率いるスチーム城のプレイヤーはフィールドを闊歩した。


 ミカンの上機嫌な顔が見られて最高だな。


「ミカンちゃん。どう? 楽しい?」リナが聞いた。


「もう、さいこう、だ、ぞっ、と」


 ミカンは三回押しの攻撃対象をリナに切り替え、その顔にペシペシ当てた、


 リナは笑った。この世界で見た表情のうち、一番楽しそうだった。心の底から、うれしさがにじみ出ていた。それは、そこにいた全員がそうだった。


 RPGの醍醐味――それは、レベル上げという成長の実感にあるのだから。


 それは突然出没した。何の前触れもなかった。リュウガが順調に敵を倒し、かれこれ周りのプレイヤーがレベル10を超える辺りだった。


 砂漠フィールドは遮蔽物などはなく、見通しがいい。そいつは恐らく異空間から直接現れたに違いない。


 禍々しい六本の腕と四本の脚。雄羊のような二本の角と悪魔の羽。それは、正にハーデスだった。


 無言で、何かが消失していく。次々と。永遠に続く出血のように、止まらなかった。


 プレイヤーの半数以上が息絶え、誰かが悲鳴を上げたときにリュウガはその巨大な敵をようやく確認した。


「ヴィニールかっ! てめえっ」


 リュウガの問いかけに、エコーがかかった声で悪魔が答える。


「まさか、俺がのんびりと貴様の成長を待つと思っていたのか? 貴様の増悪を増やす最高の機会が目の前に転がっているのに、か? クハハッ! 今ここで、憎しみを最高潮にさせて、持ったまま死ねぃ!」


 リュウガが怒り狂った獣の如く飛びかかろうすると、リナが止めた。


「リュウガ君、待って。あの頭上の表示……。絶対……おかしい。先にみんなを逃がさなきゃ……」


 そこには、悪魔のレベルを示す数字が示されていた。9が三つ並び、レベル999という数字がそこに浮遊していた。


「みんな! レベル上げは中止だ。いったん城に逃げるんだ! ここは俺が何とかする」


 リュウガの言葉に、残った半数のプレイヤーが反応した。だが、遅かった。全てにおいて、手遅れだった。


 まるで雑草をむしるように、ハーデスはプレイヤーを狩っていく。一人、また一人と。リュウガに恐怖と憎悪を植え付けるかのような、緩慢な動きだった。やられるプレイヤーは、次々と宙に舞い上げられていく。雑草を背中の籠に、放り上げて入れるような気軽さで。


 フワリ。そして――、ミカンの姿が宙に舞った。

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