第二話 武器屋の確認
一瞬で、その場を恐怖が支配した。一階の中央広場にいる若い女性は泣き叫び、その倒れ伏す者を取り囲むように人垣ができていた。
やがて、一人の見るからに屈強そうな男が一歩進んだ。そして、その倒れた人物を助け起こそうとした瞬間。その人物はまるでシャボン玉が消え入るように、スウッと姿を消した。戦闘不能――消失、ということなのか。
それをきっかけに、口々にタブーとされる言葉を口にする。
「やべえよ、これ。デスゲームっぽくね? とりあえず、やられるといろいろとパアになる、デスペナルティはあるっぽいな。キャラクターが一瞬で消えちまったら、何にもならないだろ……」
多くの人間が、消えうせる挙動はプレイヤーの戦闘不能状態と判断したらしかった。
リュウガは、まだ実感はわかなかったが、十分に注意が必要なことを痛感した。そして、気を取り直して武器屋の店内に足を踏み入れた。
中は思ったよりも広々とした空間で、ぜい沢に武器が飾られてあった。リアルの世界と違って、スペースは必要としないはずだが、あえてこの広さにしてるとは驚きだ。壁には、長剣や短剣におの。そしてクロスライフルやラチェットガンなどの銃器も飾られていた。
店員は……ノン・プレイヤー・キャラクター(通称NPC)のはずだが、中身は人間にみえそうなほど精巧につくられていた。
「いらっしゃい、坊や。何を探してるんだい?」
坊や……か。確かに店員のお姉さんは俺より年上に見える。それにしても、こっちの容姿を判断してセリフを変えるなんて凝っている。究極をうたうからには、精巧で圧倒的なグラフィックや高難易度以外に差別化がなくちゃあな。
金髪にベレー帽。黒のアイパッチ装備で……どこぞの軍の教官風に見える。口にはなぜかキセルのようなものを口にしているが、余り気にしないでおこう。
「えっと、まだよく分かんないんだけど。お姉さんのおすすめは何?」
リアル世界とは違って、こうした軽口を交わせるところがVRMMOの魅力だ。何せ、自分の見た目もそこそこ洗練された見た目のアバターになってることだしな。デフォルトの、軽剣士風のコスチューム(ベルベットのシャツに、カーゴパンツ)はいただけないが。
「そうだな……。初期装備としておすすめは」
店のショーケースの上に、成熟した大人の胸をズンと突き出して言う。その堂々とした行動に、他の客である男性プレイヤーの視線がそそがれる。
「ラチェット式のハンドガンだな。こいつは歯車式で弾丸をぶっ飛ばす、なかなか愉快なおもちゃだよ」と、ショーケースの上に短銃を出して言う。
「いいか、この世界のモンスターは馬鹿げているほど強大だ。間違っても接近戦を挑んじゃいけない。一応売り物にしているが、壁にかかってるタイプのロングソードなんて地雷に等しいぞ。いかにダメージを受けないで攻撃するかに限るんだ」
「はあ、そういうものなんだ」
「だが、残念だが……こいつは3000ワールドだ。お前さんは、なかなかキュートだから負けてやってもいいが、それでも2000ワールドにしかならんぞ」
お世辞とはいえ、大人の魅力全開のお姉さんに、うれしい言葉をかけられて嫌な気はしなかった。ただ、初期所持金の1000ワールドではどうしても足りない。やはり、少しでもモンスター討伐をしなくてならないようだ。
三日月の剣がちょうど1000ワールドで置いてある。これは迷う。何と言っても今は丸腰だ。素手でモンスターと戦うわけにもいかないだろう。しかし、ここで間に合わせの武器に手を伸ばすのも戦略としては好ましくない。どうせ、すぐ次の武器が欲しくなるに決まっているからだ。そして俺は……
「お姉さん。やっぱり我慢することにするよ。そうだ、魔法はどこで手に入れるか知ってる?」
飽くまでも気さくな感じで話しかける。
「魔法? 魔法なんて売ってるものじゃないぞ、坊や。あれはな……しばらくこの世界で生き延びることができたら教えてやるよ。手取り足取りな」
「ははっ、分かった。ありがとう、それじゃあ。そうだ……俺の名前はリュウガ、またくるよ、お姉さん」
女店員の年下の少年をからかうような冗談を軽く受け流し、握手をした。ちょっと冒険すれば、魔法も習得できるだろう――その程度に考えた。しかし、その考えは後に間違いだと知ることになる。
きびすを返したリュウガの背中に、彼女の声が投げかけられた。
「リュウガ。私の名は、フィオナ。フィオナ・ニールセンだ。それと、一応断っておくけど、こう見えて私はプレイヤーキャラだからな。腕を上げて自分に自信が持てたら、口説きにくるがいい。嫌いじゃないぞ、傷を負った少年というのは」
リュウガは軽く振り向き、苦笑いしながら手を振った。言葉の意味はよく飲み込めなかった。傷を負った少年だって? まだ俺は戦っちゃいないんだぜ――。それに、プレイヤーキャラだって? どうやってこの短時間に……。ああそうか、オープンする前からそうした設定で参加していたのか。だとしたら随分と大仕掛けなんだな。
武器屋を後にして、リュウガは思った。目の前には、現実世界よりも美しい世界が広がっている。人間の目で認識できないほどのオーバースペックな光景。遠くに映る、滝の水しぶきの水滴までもが見えそうなほどだった。
リュウガはフウとため息をつき、考えを整理した。通常は、道具屋の類に赴き、回復薬などの確認をするのがセオリーだ。あるいは防具屋を確認する方法もある。
しかし、内側からこみ上げるはやる気持ちを抑えられなかった。基軸となるのは、この世界におけるモンスターとの戦闘だ。まずは外に飛び出し、他のプレイヤーのバトルを確認しようではないか。それで、特長を見極める――そう考えた。
例えば、戦闘をゴリ押しできるような世界であれば武器を重点的にするのが肝要だ。反対に、長期戦や消耗戦のようなバトルであれば、回復薬や防御装備が意味をもつ。もちろんその場合は、回復支援者がいるパーティーに参加するなどの工夫も必要になるだろう。
リュウガはマザーツリーの保護を抜け、草原が風にさざめくフィールドに突入した。その足は、自然と軽快なステップを踏んでいた。