第十八話 VS スチーム精霊トゥルー
「はい、次の方どうぞー」緊張感をみなぎらせたリュウガ一行の出鼻をくじくように、その声が響いた。
年はフィオナと同じぐらいだろうか? リュウガより少し年上に見える。眼鏡をかけ、巫女のようなコスチュームに身を包んだ女性が話を続ける。
「精霊トゥルー様は、あちらです。くれぐれも失礼のないように。それでは」
事務的な淡々とした口調。まるで寂れた役場や病院の窓口のように。それだけ言うと、その受け付けの女性は姿を消した。これは分かりやすいNPCだと思った。そして、それ以上の説明はなしに、スチーム精霊との会見が開始された。
天窓から光が降り注ぐ教会のようなその部屋は、中で式典が行えるほど広かった。中央にある玉座には、六角柱の形をした紫水晶がそびえ立っている。まるで、あらかじめここに生えていた水晶を壊さないで城を建てたように、その玉座は存在感を放っていた。
そこに彼女はいた。
紫水晶をそのまま薄めたような髪色。眉の上で切りそろえられた髪型は、幼さの中にも一国を統治する女王の威厳が感じられた。リュウガは、この世界における卑弥呼を想像した。
「あなたは、スチームの力を得たいと思うのですか?」
唐突な質問だった。
「もちろんだ、ちょっとばかし、一戦交えなきゃならない野郎がいるもんでね」
「そうですね……その願いは」精霊トゥルーは、人間のように一呼吸おいた。そして言った。
「却下します」
……はあ。そうきたか。精霊の女王だか何だか知らないが、初対面の相手に全面否定されて穏やかでいられるほど、人間ができちゃいない。
「……そう言われて、はい、そうですかって引き下がるわけには、いかないもんでね」
リュウガと精霊のやり取りを、リナは祈るような目で見つめる。ミカンの方は、どうなる? とばかりに目を爛々と輝かせている。
「分かりました。引かないと言うわけですね。それでは、あなたに質問があります。スチームをどう思いますか? 率直に答えてください」
「スチームなんてエネルギー、俺にはよく分かんねえ。だから、それを知るためにも見せてくれないか? スチーム魔法ってヤツをさ」
「そうですか……。残念ですが、その願いは……」
話の行方を見守るように、ミカンのネコ耳がピョコンと立つ。
「……未来永劫、却下します」
がくーっとうなだれるミカン。しかし、リュウガの瞳に闘志は消えていない。
「参ったな……。そんなこと言わないでくれよ。ちょっとぐらいは可能性をくれよ。どうすればいんだよ」
「ごくわずかな量の可能性……。センチ、ミリ、マイクロ、ナノ、ピコ。そして更に小さい、フェムト、アト、ゼプト……。いいえ、あなたの願いは1ヨクトの迷いなく、却下されます!」
リュウガは強情なトゥルーに腹が立った。それで、思い切って質問した。
「何で、あんたはそんな頑なに反対するんだ? 本来はそのエネルギー魔法を皆に伝えるのが、あんたの使命じゃないのか?」
すると、トゥルーは先ほどまでつぶっていた瞳を見開いた。その顔女王の風格を兼ね備えた精霊であるとともに……美少女だった。
「エネルギーを、民衆は上手く使いこなせないのです。特に、スチームエネルギーについては。だからこそ、私がこうして自らその力を町全体に供給しているのです。その強大な力を、自分達で操ろうなどとは思い上がりに過ぎません。ですから……」
「待てよ、トゥルー。それこそ、思い上がりなんじゃないのか? 精霊といったってな、一度もチャンスを与えないのは、どうかと思うぜ!」
リュウガは人差し指を突き立て、ビシッと決めた。
リナは〈ちょっと……リュウガ君。精霊様に失礼なんじゃ……〉と言いかけたが、〈でも、いっか〉と思い直した。それでこそのリュウガなのだ。
ミカンは、バトルが始まるワクワク感を手早く察知し、完全に目を輝かせている。
「そうですか……分かりました。それでは、仕方がありませんね。どれほどエネルギー魔法が恐ろしいものかを、体験していただきましょう!」
――バトルフィールド展開。
と同時にミカンが、きたニャー!と 興奮の声を上げた。
スチーム精霊トゥルー。蒸気の力を操る精霊は、直ちに空中に浮遊した。
リュウガの視界がぼやける。いつの間にか、辺りは濃い霧に包まれている。実体を持たないのが蒸気の特徴ってわけか。さあ、こい!
音はなかった。もし、音が出ていたら竜巻のように聞こえたに違いない。それほどの速度で、トゥルーは上空からリュウガ目がけて突進した。
その両手には、チャクラムと呼ばれる円刃の武器を持っている。円環の内側に、しっかりと握るところがあり、飛ばして攻撃するというより、そのまま打撃に使うのだろう。
ブウグリャアアァア! かわす術もなく、リュウガは真正面から攻撃を受け後方に吹っ飛ぶ。あれほど広い部屋だったのにも関わらず、すぐに壁に体をもっていかれ、激突する。
「リュウガ君!」突然のことに、リナが悲鳴を上げる。まさに一瞬で、リュウガの体が視界から消えてしまったのだ。
蒸気に包まれ、視界らしきものはない。それに加えて――ものすごく熱い。
サウナ状態の温度に突入し、リナは迷うことなく皮の胸当てや服を脱ぎ捨てた。中からは武器屋のフィオナからもらった、申し訳程度に布きれがのぞく。きわどい水着の格好になったが、そんなことは構わない。熱と、汗の重さに縛られては戦いに参加することができない。リュウガを助けなければ――その思いが先行する。
ミカンも、抵抗なくさっさとスモッグ風の衣装を脱ぎ捨てていた。こちらは、一枚のキャミソールだけになったが、まるで気にしていない――完全に子供だ。
「効いたあ。何だありゃ、まさかドついてくるとは思わなかったぞ。てっきり、スチームを噴き出してくるものだとばっかり。……見えた!」
リュウガは目の前にたゆたっていた、トゥルーの姿目がけて拳を繰り出す。
「だーっ、ちきしょう! 手応えがねえ!」
蒸気を相手にしているからなのか、本体をとらえ切れてないからなのか分からないが、全く手応えを感じない。無駄と分かっていても、当たれば効きそうな、レベル99を生かした拳を宙に突き出す。
――だが。何もない空中に手を伸ばしていることと変わりなかった。急に気配を感じたかと思うと、向こうの攻撃ばかりがこちらに当たる。何て不条理なんだ。
口の中で鉄の味を感じながら、リュウガは思った。
「リナ! こいつは思ったよりもやばい! お前は巻き添いになる前にミカンを連れて逃げろ。今ならお前らだけは許してくれるかもしれない」
「残念ですが……その願いは、却下します。それなりの代償は払っていただきます」
真っ白いスチーム空間に、声だけが亡霊のように響き渡る。
「ああ、そうかよ、今懲らしめてやるから、姿を見せやがれ!」
すると……。突起物……鼻と口を持った水蒸気の塊が目の前に出現する。
「くらえっ!」とばかりに両の拳を交互に繰り出すが、全て空を切る。
向こうの攻撃を、右肘、左膝、そして全身を使ってガードするが防戦一方になる。中央にいても、すぐに壁に押しやられてしまった。
まずい……。攻撃を当てられないんじゃ勝ち目はないな……。そう覚悟したそのとき。
「リュウガ君! 私、その精霊の弱点が分かるかもっ!」
霧の中からリナが、全力で叫んだ。リュウガは思った――女神降臨、と。