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第十六話 スチーム帝国――城下町の歌姫

 スチーム帝国。その城下町は、おもちゃを詰めた箱をひっくり返し、そのままにしたような姿をしていた。町の全ての原動力は蒸気で賄われ、その力を効率よく伝えるために、至る所に巨大な歯車が見受けられた。


 その歯車の形状や大きさ、素材が余りにもまばらなため、子供じみて見えるのだ。ブリキ製のバケツ蓋のようなものや、針金ハンガーを三角形や星形に曲げたもの。車輪や風見鶏付きの風車まで、動力メカニズムに組み込まれている。


 煉瓦れんが造りのアパートメントの三階に目をやった。すると、国旗が下がったワイヤーを、糸巻きのようなもので引っ張り、向かいの住人に卵の入った籠を受け渡している姿が見えた。謎のネオン看板もひしめき合い、雑多な街の景観を呈示していた。


 いい加減な造りでありながら、町全体が大きなゼンマイ仕掛けで連動している。そんな感じだった。


 シューッ! あちこちで立ち上る蒸気の音に、リナはきょろきょろして歓声を上げた。


「わあ、凄いね、リュウガ君。こんなところもあるんだ、面白ーい」


 ……のんきなもんだ。と、その物珍しそうにしている横顔に目をやった瞬間。


 いかにも憲兵団のようなコスチュームに身を包んだ三人組が、リュウガとリナを素早く取り囲んだ。そして、


「お前たち、何者だ! もしかして他の町からきたプレイヤーか?」


 憲兵団の一人が、甲冑かっちゅうの中から声を響かせる。


「随分と偉そうだな。ここじゃあ、他の町から来たプレイヤーに、こんなお出迎えをするのかい?」リュウガは平然と答える。


「モ、モンスターはどうしたんだ。あいつらには一切攻撃が通らないだろう!」別の甲冑が声を震わせる。


「ああ、そういうことか。マザーツリーから、この町までは結構あったけど……。普通に倒してきたぜ。まあ、ここにたどり着くまでに、どのぐらいのモンスターを討伐したのかまでは数えてないけどな」


 恐らく彼らは、リュウガがどうやって強大なモンスターを倒したのかを聞きたいのだろう。ちなみに、どれだけ倒してもリュウガのレベルはひとつも上がらなかったが(レベル100以降は、更に気の遠くなるような経験値を必要とする)。


 そこで、リュウガはおかしなことに気づいた。待てよっ! それならあんたらこそ、この町までどうやって来た? しかも、俺たちより早く。すっかりこの町に溶け込んでるプレイヤーに見えるが……違うのか? まあ、このゲームは無駄にNPCの精度が高くて区別できないほどなので、一概にプレイヤーキャラとは言い切れないが……。


 リュウガがその正体を警戒しながらリナを背中に隠すと、三人の中で一番背の高い甲冑が、その兜――十文字のグレートヘルム――を脱いで言った。


「無礼を働いてすまなかった、少年。我々はこのゲームで、この場所からスタートしたプレイヤーだが、君たちは違うのか? もし、違うフィールドからきた仲間なら、是非その話を聞かせてほしい――。私の名は、ヘルムート」


「俺はリュウガ。で、こいつはリナ。俺たちは、マザーツリーってのがあるエリアからきたんだ」


 後ろに控える甲冑二人が、落ち着きなく互いを見交わす。


「すまないが、町のみんなに話を聞かせてくれないだろうか? 我々全員は君たちと違って、どういうわけかここに足止めされているんだ。こんなMMOは、今までに見たことがない。モンスターに全く歯が立たず、レベルがひとつも上がらないゲームなんて」


 ああ、ここもやっぱりそうなんだ、という感情。それと、こっちではプレイヤー狩りに発展しなかったのか、という思いが交錯した。


「町の人たちに紹介してくれるってんなら、断る理由はないな。ただし自己紹介とかはなしだぜ。あっ、連れのこの子が歌でも披露するかな。マイクを用意しといてくれよ」


 などと、リュウガが冗談を飛ばす。リナが即興で歌うということもそうだし、そもそも音や声は、その気になればマイクなど必要とせず、空間チャットや観戦ビューシステムを利用して届けることができるのだ。


「ふぇぇえ。……リュウガ君。そういうの無茶ぶりっていうんだからね。歌なんて、とても……。私なんて」


 ん? その割に何か表情が変わらなかったか? それに、何やら喉に手を当てて発声している。もしかして、リナ。お前そういうのイケル口か?


 ――ヘルムートはリュウガたちを中央広場へ案内した。


 大きな噴水がある中央広場は、プレイヤーであふれていた。その噴水は蒸気の力で直接噴き上げられているようで、温泉のように熱い。


 広場に集まっている人たちは、マザーツリーとはまた雰囲気が異なった。種族的にも、やけに獣人族に偏っているようで興味深い。獣人族はアバターの耳を付け替えられるのが特長で、コミュニティの中にも流行りゅうこうがあるようだ。


 一番多いのは、ヒョウ柄の三角耳。次いで、ピンクで長いウサギ耳。ウサギ耳にはリボンを合わせている子が多いようだ。変わったところで、シマウマ模様のちょこんと突き出た耳が見える。


 そしてポップする場所によって、こうも性格に影響があるのかと思うほど、みんな前向きで活気にあふれていた。この点でも、暴動が起きたマザーツリーとは違う。


 人間のコミュニケーションは、実に多層的で複雑にできている。クモの巣のように織り上げられる情報ネットワークの糸は、昆虫の生態系のように、地域によって異なる表情を見せるのだ。


 リュウガとリナが、獣人プレイヤーの集団に見とれていると、ヘルムートが口を開いた。


「おい、みんな聞いてくれ! この人たちは他のフィールドエリアから来た冒険者だそうだ! エリアが開拓できるということは、希望が持てるということだ。この閉塞感を打ち破って、みんなで冒険の旅に出ようではないか!」


 ウオーッ! ニャオーッ! ヒューヒュー。


 たちまち歓声に取り囲まれる――この歓声も、実に特色的だな。噴水の真ん前に即席で用意された、壇上に駆け上がる。ちょっと緊張するな。


「えーと……」


 とリュウガが話し始めると、あっちでピョコン。こっちでピョコンと、獣耳が動き始めた。


「このゲームの目的は、ハーデスっていう冥獄の王を倒すことにある。それはみんなも知っていると思う」


 ワーという歓声。同意を示しているのだろう。


「ハーデスを倒すためには、もっと強い力が必要で、俺たちはこの国にきた。スチームの力を手に入れるためだ。それと……」リュウガは少し間を持たせて言った。


「レベルを上げるために、ダメージが通らないモンスターを相手にするの止めて、プレイヤー狩りをしようなんて考えは……起こさないでほしい。俺がいた場所では、その混乱に陥って多くのプレイヤーが心に深い傷を負ってしまったんだ。まだ、この世界がデスゲームと決まった訳じゃない。だからこそ、自分たちの手で殺し合いに発展することは避けなくてはならない。それこそ、本当のデスゲームの幕開けになってしまうからだ」


 獣耳たちはリュウガの話に耳を傾けながらも、我慢できなくなって雑談を始める。


〈何、そのデスゲームって? 聞いたことある? あっ、へー。この世界でやられると、リアルでも死んじゃうって? へー、そうなんだ……。って、駄目じゃん、それ!〉


〈ちょっと、あの彼、好みかも。だって強そうじゃん。彼なら、スチームの精霊からエネルギー魔法を教わることができるんじゃね? でも、何あの横にいる子? 彼女かな〉


「みんな! 静かにしてよく聞いてくれ!」ざわつき出したタイミングで、ヘルムートが促す。


「で、ここからが本題になる。俺はここでスチーム魔法を教わるつもりだ。みんなの力を借りるかもしれないから、そのときはよろしく頼む。で、その代わりと言っちゃあ、何だが……俺は、みんなにレベル上げの方法を教えることができる!」


 ウワオーッ! ガオーッ! パオーッ! と、聴衆の興奮も最高潮に達する。


 ウンウンとヘルムートがうなずき、スピーチを締めくくろうとする。


「こちらは、リュウガ君のお連れのリナ嬢だ。今日はみんなに、素敵な歌を披露してくれるらしい! どうか、ボリュームを調節して聞きれてほしい!」


 あれ、冗談が通じていない。ヤバいぞ、リナ。どうする? とリナの方を見ると、彼女は右手を胸に当てて深呼吸をしている。目をつぶって見せている表情は、いつもの少しおどおどした彼女とは違う。


「それじゃ、リュウガ君。いってくるね」


 リナはそう言うと、噴水の裏手から物見やぐらのように高い建物に向かって走っていった。そこは噴水や中央広場を見下ろせる、はるかに高い場所にあるステージだった。ステージの壁には、ここ一帯で流通している飲料水の広告が掲載されていた。


 ――彼女は深々とお辞儀をし、歌い始めた。彼女は、歌によってその場にいる全員のときを止めてみせた。それは、ゆったりとしたアカペラによるラブソングだった。



 あの風のように 君を包むから

 いつまでも この願いが 続くように


 たとえはぐれても また巡り会える

 二人をつなぐ あの風を 信じて


 風に寄り添って そして抱きしめて

 きっと会える あの世界に 戻っても――。



 透き通る、天使の歌声――。アカペラでありながらこの圧倒的な声量。まるで、迷える民に神が使わされた福音のような、そんな厳かな恋愛歌が届けられた。


「さすが、風使いリナってところか。でも何でこんなに上手うまいんだ、あいつ」


 その歌声に聞き入り、涙を流しているものもいた。それほどまでに、この世界がすさんでいたのか――。いや、いつの時代もよい音楽は人の心をつかんで離さない。ただそれだけのことだ。


 冥獄王、ハーデスがプレイヤーから生まれるなら、女神がプレイヤーから生まれてもいいだろう。リュウガはそんなことを思った。

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