表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

第十五話 この世界の魔法と、旅立ち

「さて、この世界における魔法だがな」フィオナがそう前置きした。


「いわゆる四大元素――空気(風)、火、土、水の魔法は存在しない」


 リュウガは「へぇそうなんだ」という顔を見せ、リナは暗闇の猫のように目を見開き、よく分かっていないが大きくうなずいた。


「代わりに、数十種類のエネルギー魔法が定義されている」


「エネルギー魔法です、か……」


「そうだ。その中でも強力な三つのエネルギー魔法がある。どうせお前さんは最強の魔法にしか興味ないんだろう?」


 リュウガの心の内を見透かすようにいう。フィオナの高い鼻がますます、高く見える。


「その三つは、スチーム、エレキテル。まあ……最後のひとつは明かさないでおこう。嫌でも知ることになるだろうしな……」フィオナが含みを持たせて言った。


「蒸気と静電気ねぇ……。そいつは随分と意表を突かれたな」


 リュウガがそう言うと、リナもウンウンとうなずく。


「リュウガ、侮ってはいけないぞ、スチームの威力を。ウチの店で扱っているスチームライフルはその原理を応用した代物だがな。あいつを本気でぶっ放すと、現実世界でいう戦車程度の装甲は、一発であめ細工にできるほどだぞ」


「そんなに? 凄え、それじゃぁ前に武器屋に押し入った暴漢たちはてんで相手にならなかったんだな」


「で、習得方法なんだが……」そう言いかけて、フィオナはリュウガの鼻先に指を突き立てた。「そう言えばリュウガ。魔法が売り物ではないと、少し前にお前に教えなかったか?」


「ああ、もちろん覚えてるよ。俺が生き延びたら、手取り足取り教えてくれるとも言ってたな」


 会話の流れに、リナのほほが少しずつ膨らみ出す。


「そうか、覚えていたか。で、そうしたいのは山々なんだが、エネルギー魔法はそのエネルギーをつかさどる精霊から直々に教えを請わなくてはならない。何というか、武術の指導が近い場合もあるし、違う場合もある。要は精霊との契約を結ぶんだ」


「ああ、修行みたいなのがあるってこと?それなら、俺も結構いける口かもしれない。体術は結構得意な方なんでね」


 リュウガはヴィニールをほふった体裁きを真似まねて、手足を動かしてみせる。


「それだけならいいが、いろいろと面倒でな。だからこの世界では、魔法よりも私の売る武器の方が人気がある」パーンとライフルを撃つ構えを見せた。


「そっか。だけど、あのハーデスを倒してこの世界の成り立ちを暴くためには、エネルギー魔法が必要になるんだろ」


 何事にも詳しいフィオナに、この世界がデスゲームかどうか聞こうか迷ったが、それはやめておいた。どうもフェアでないと思ったのもそうだが、どうせはぐらかされると思ったからだ。――この人は謎が多過ぎる。


「スチーム魔法は、マザーツリーの北東。湿地帯を抜けたその先で手に入る。そこには、新たなフィールドが開けている。スチーム帝国という名の、なかなかしゃれた町だ。明日旅立つんだろ、よし、もう寝ろ!」


 急に軍隊教官風の口調になった。フィオナの家は、至れり尽くせりで快適なゲストルームも完備していた。


――そして、夜が明けた。


 VRMMOの世界では、現実世界とは全くときの流れが異なる。ここで過ごした一日は、向こうでの一日とは必ずしも一致しない。ハーデスト・オンラインの場合は設定が公表されていないが、一般には「ここでの一日が、現実世界での一時間に相当」というのがよくある水準だ。


 ただし一方で「ここでの一日が、現実世界での一日以上」に換算されるVRMMO

も存在する。雑多なVRMMO業界の仕様はまちまちだといわざるを得ない。システム供給の速度に、業界のガイドライン策定が追いついていない状況だ。


 旅立ちの朝は、様々な思いが去来するものだ。朝靄あさもやが残る肌寒い外に出て、リュウガたちはフィオナにお礼をいう。


「ありがとう、助かったよ。とってもいい家だな、見かけによらずめちゃめちゃ奇麗だしな。本当は、フィオナみたいな強い前衛が欲しかったんだけどな。やっぱり難しいか」


うれしいことを言うじゃないか。だが、私にも役目がある。武器屋という立派な役目がな。陰ながら応援しているぞ、いつでも戻ってこい」


「フィオナさん、ありがとうございました。お風呂もとっても素敵でした」


「リナ、お前の料理は、鬼にように美味うまかったな。いや、鬼のようにという表現は……その内分かる。すごいということだ。それと、リュウガはお前にあげる訳じゃないからな。飽くまでも、一時的に預けるだけだから、そのつもりでおけ」


 リナに対しても、小娘待遇から名前で呼ぶようになっていた。


「わ、私……リュウガ君とそういう関係じゃありませんから。ご心配なくっ」


 リュウガはそのやり取りを、笑って眺めながら思った。


 ――いつの間にフィオナは俺にこんな好意を寄せるようになったんだ? まあ、悪い気はしないけど。というか、最初にあったときからやけに積極的だったしな。もしかして、俺を誰かと重ね合わせてるのか……。このゲームにおける英雄かなんかと。


 その答えが、魔性の女フィオナの口から流れることはなかった。


「そうだ、リュウガ。お前、武器はいいのか? データ上はヴィニールを倒したことになってて、お前さんにはがっぽりあいつが持ってたワールドが入ってるはずだが」


「ああ、必要ない。それと、多すぎるワールドはフィオナに渡すから、その金で適当な装備をここのみんなに分けてあげてくれ」


「承知した」鬼教官が卒業証書を手渡すときのような、感慨深い笑みを浮かべた。それでもフィオナは念を押した。「本当に、武器はいらないのか?」


「あの野郎は直接この手で、ぶん殴ってやりたくてさ。でも、あの武器は取っておいてくれないか? 初めて出会ったときに勧めてくれた、ラチェット式のハンドガンだったか?」


 リュウガが、指を銃の形にしてフィオナを射抜いた。「初めて出会ったとき」というフレーズは予想していなかったと見えて、さすがの彼女にも戸惑いが見えた。


「そ、そうか。分かった、承知した。それは……無事に帰ってくるという意味なんだな。そうなんだな?」


「あれ? 質問して、答えをもらえると思ったら大間違いなんじゃなかったっけ?」


「お、お前。結構……い、意地悪だな、リュウガ」


 二人のやり取りに、リナが更に口を膨らました。膨らみきる前に、リュウガはフィオナに右手で敬礼の合図をしてみせ、そして別れた。


 二人が旅立った後、フィオナは夕べの食器を流し台に運んだ。そして奇麗好きな彼女らしく、手早く片付けを始めた。水を流し始めた途端、キッチンから少し離れた場所に隠していた丸いハンドヘルド端末が鳴った。


 彼女はひとつ大きなため息をつき、顔を切り替えてから通信に出た。


「ええ、私です。はい、マスター。全て順調かと思います」


「――そうか、ありがとう」


「ですが、マスター。ハーデスがプレイヤーから生まれた点については、少々想定外だったのではないですか? 彼だけが、あの部屋を利用するものだとばかり……」


「――いや、そうした事態も考慮している。順調ならそれでいい。引き続き頼んだよ」


「そうですか。そのシナリオすら、視野に含んでいましたか。分かりました。彼らはスチーム帝国に向かうように案内しました。正規の最短ルートです。それでは、また」


 そこで通信は切れた。流し台の水はそれからしばらくの間、流れたままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ