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第十四話 幸福な食卓

 フィオナの誘惑を悪ふざけとして対処できるほど、リュウガの恋愛スキルは高くない。だからこそ、真剣に彼女と向き合った。


「で、何を見ればいいんだ? フィオナ」


 ゆっくりとしたときが流れる。遠くの方から、リナがシャワーを浴びている水音が聞こえた。


「決まってるじゃないか。お前にしか見せられない場所だよ」


 ガラスのようにとがったおとがいに指を当てながら、年下であろうリュウガを見つめる。まるで写真の中の恋人を見つめるような、一方的なまな差しだった。


 そして彼女は、自分の右目を覆う黒色のアイパッチにそっと手をかけた。スルリと髪留めでもほどくような気安さで、その装眼具を外す。しかしその外し方はどこか官能的で、女性が服を脱ぐ仕草と通じていた。


 アイパッチの下には、していない方と変わらない美しい瞳が置かれていた。


 何千年も湖の底に沈んでいる水晶。あるいは下界から隔絶された、氷漬けの人形。彼女の自我を守るよろいがはぎ取られた姿は――絶望と同じぐらい神秘的だった。


「フィオナ、これって、どうなってるんだ……? 俺の目には、両方とも変わらないように見えるけど……」


 フィオナは、その質問には答えなかった。


「すまんな、ちょっとだけチクッとするかもしれない。我慢してくれ」


 リュウガの意識は不意にザッピングされたかのようになり、一瞬だけ飛んだ。彼女の閉ざされていた瞳から赤外線のような光が照射されたことは、どこにも記憶されなかった。


「あれ、フィオナ? 今……俺に何かした?」


「いや……、何でもない。気にするな」


 そう言ってリュウガに背を向けると、そそくさと髪を解かしながらアイパッチを直す仕草を始めた。……リュウガは、どうにも気まずかった。


 ――その頃のリナ。


 フンフフーン。シャワールームで水滴を玉のようにはじきながら、御機嫌な鼻歌を響かせる。とても危険と隣り合わせの世界にいるとは思えない。


「わぁ……。こんなところがあるなんて、さすが、VRMMOの世界ね」


 思わず開けた口に左手を当てた。目の前に広がるのは、湯気が立ち上る露天風呂。ちょうどこの世界では秋を迎えるところで、肌寒い季節にぴったりだ。ブルッと小さく震えながら、白い柔肌をお湯に浸した。


 フィオナほどの大人のプロポーションは有していないが、その全てに可能性を秘めている。


 ハナバチが止まるだけで敏感に揺れる、瑞々(みずみず)しい摘み立てのいちご。幼さをまだ残す、柔らかい綿菓子のようなシルエット。それでいて、スラリと伸びる足の付け根には初秋の小麦が穂をなびかせている。


 少女と女性が共存するアンバランスは、発展途上な彼女の魅力を引き立てていた。


「それにしても……リュウガ君たら、デレデレしちゃって。えいっ、そんなヤツはこうだっ」


 小さめのタオルを湯船に浸し、中に包み込んだ空気を潰して遊ぶ。そんなことをしても怒られないほどの広さだった。


 リナは、入る順番を遠慮していた割にはしっかりと長湯をし、全身を桜色に染めてから上がった。


「お先に頂きましたー。それで……フィオナさーん。上に羽織るものはないですかぁ」


 リナが、リビングからは見えない位置から言う。リュウガは反射的に、見ないように声の反対側に視線を移した。すると、そこに置かれたスタンドミラーに姿が丸見えになっていた。


 鏡越しに見えるその姿は、季節外れの水着と変わらなかった。思わず、悪漢ヴィニールのように鼻血を垂らしそうになる……が、こらえた。


 フィオナの部屋着ラインナップ、は申告通りの布きればかりだった。リナにどうしてもとお願いされると、格子柄のタオルを見つけ出して、パレオスカートのように巻いてやった。そして短めのエプロンを引っ張り出して、胸に押しつけた。


「小娘。夕食の方を頼んだぞ。キッチンは好きに使っていい。食材もふんだんにあるからな! リュウガ、風呂の方はちょっと待ってくれ。それとも……一緒に入るか?」


 リュウガが首を振るのを分かっていてする質問は、タチが悪い。途中の流れなどが一度に吹き飛んでしまう。フィオナはリナの腕前を楽しみに、大股で風呂に向かっていった。


 リュウガは刺激の強いエプロン姿を凝視しないようにして、リナに話しかける。


「あれ? お前って、料理は苦手じゃなかったっけ。何か、そんな記憶がうっすらあるような、ないような……」


 VRの世界の(それとも女性陣の)刺激が強すぎるのか、現実世界の記憶をうまく呼び起こせなかった。


「覚えてないの? リュウガ君。もう、お弁当作ってあげたことあるでしょ。たまに、だけど……。あれっ、私もちょっと、何を作ってあげたかまでは自信ないかも……」


 などと、彼女もとぼけたことを言う。


 フィオナが風呂から上がると、リュウガも入れ違うようにして入り、この世の天国を賛美した。


 そして湯上がりに出来上がった料理を前にして、リュウガの記憶違いだということを思い知ることになる。


 リオが腕によりをかけた品々、高級レストランのコース料理と見まごうばかりの豪勢なメニューが並んだ。フィオナの「ふんだんに食材を用意している」という言葉にもウソ偽りはなかった。


 ――前菜「グラッセ海老えびとリング豆のコンソメ=カクテル寄せ」


 上品な味わいの中に、新鮮な海老えびの甘みがじわりと溶け出す。うまみを逃がさないゼリー寄せが、リング豆の肥沃な大地の恵みを感じさせてくれる。上品なカクテルグラスが、食卓を華やかに飾る。


 ――サラダ「リナシェフの気まぐれサラダ。マザーツリー風」


 色鮮やかな生野菜に、マザーツリーを模したペイルカリフラワー。爽やかなベイジルドレッシングにイエロートマトをたっぷりと添えて。


 ――スープ「パティノリア地方、冷製ヴィシロワイヤル」


 ハッシュイモを丁寧に裏ごししたソースに、食感のアクセントとして、ピチュの実を少々。冷製スープが口いっぱいに秋の訪れを感じさせ、片田舎の田園風景のような安らぎを与えてくれる。香りも鼻孔をくすぐり、食欲を刺激する一品。


 ――メインディッシュ「ペルセウス牛のグリル・ド・シャンパーニュとワールドきのこのソテー」


 フィールドエリア特産のペルセウス牛、その一番柔らかい部位だけを、濃厚な特製シャンパーニュソースで味付け。脂の差し込んだ肉質はジューシーで、口の中で溶けてなくなるほど。ワールドきのこは、ブルーペッパーによる格調高い味わいで。


 ――デザート「ゴールデンビーのハニー焦がしジェラート」


 ゴールデンビーがかき集めた希少なハチミツを、ミルクの芳純なジェラートの上にかけ、ほんのりと焦がす。甘さとほろ苦さが絶妙にマッチする、リナ自慢のデザート。


 上記に加えて男の子が大好きな、サックサクの衣で揚げた唐揚げが、リュウガの胃袋を満たす。


「え、えっと。どうかな?」と不安げな表情で見守るリナ。


 リュウガとフィオナは、夢中で喉を鳴らしながら食卓に挑んでいる。


「これはっ! うんめー! 最高だよ、リナ。こんな美味うまいもの初めて食べたよ」


「ふむ、リナと言ったな。お前料理は、相当なものだな。どうだ? 私の嫁にこないか?」


 思い思いに、感想を述べる。リナも食事に加わった。その表情から見て、最高の出来映えだったようだ。


「ごちそうさまでした!」三人で声をそろえ、そして笑顔で締めくくった。


「もう、リュウガ君たら。ここ、ついてるよ」


 リナが、リュウガの口元をナプキンで拭いてやる。はたから見ると、恋人同士に見えるかもしれない。フィオナが妙なライバル心を燃やしたのか、彼女もナプキンでリュウガの口を拭こうとする。だが、その手に持つのはどう見ても銃器のグリップを手入れする――紙やすりにしか見えない。


「おっと、フィオナ。それは大丈夫だ」慌てず冷静に、人指し指を左右に振ってみせる。


 ――奇麗好きでガサツなのか? よく分かんない人だな。


「そ……そうか。それでは美味うまい飯も食ったことだし、お前らの今後についてアドバイスしてやろうか」


「へぇ、そいつは楽しみだ。この世界の攻略に関することだろ」


「わ、私も頑張ります。是非聞きたいです!」


「ちょっと変わった話になるが。この世界における、魔法の話だ」


 秋の夜長は、もう少し続きそうだった。

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