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第十話 裏飛燕、十字落とし

 観戦ビューシステムとは全く違う――。そう感じずにはいられなかった。


 レーシングカーを外から眺めることと、搭乗するのとは異なるように、まるで想像とは違う景色が展開された。当然ながら、デバッグルームでの体験とは完全に別物だ。


 五感が研ぎ澄まされ、全てが誇大化デフォルメされる。眼球はその奥にうずきを感じ、ノミの体毛まで見えるほどになる。耳鳴りもひどく、貝殻を何重にも押し当てられたように感じた。その一方で、惑星が自転する音まで聞こえそうなほど鋭敏になる。


 鼻も、呼吸も……ありとあらゆる器官が、自分のものではなく「別の誰かのもの」にすり替わっていく。


 そして、ある一点でそれらの不快な感覚がなくなった。頭がえ渡り、力がみなぎる。時がとまった。


 ドゥギュゥン! ヴィニールが先に動いた。リュウガがバトル空間に体を馴染なじませるのを待つ義理はないとでもいうように。


 その手には、グラディエーター(血塗りの宝玉剣)が握られている。


 シュン! 剣先はリュウガの鼻をかすめて大きく弧を描いた。


「ふん、レベル1風情がこれをよけるとはな。それとも、ビビってスリップしただけか?」


 と、リュウガの後方から言う。踏み込みの勢いはすさまじく、互いに一瞬ですれ違っていた。


 ヴィニールは、体勢を立て直しつつ再び武器に手をかけた。彼のグラディエーターは宝玉の重しを刀身に加えることで、鈍器のような攻撃もできる。より残虐性を高めるために、ウォーハンマーのような重みに変えた。


「フンヌドラァア!」筋力には滅法自信がある蛮勇族が、戦闘民族たらしめる雄叫おたけびをあげた。


 ズズーン! 大人の上背はある刀身が、地面にズブリとめり込んだ。


 なるほど、ね。俺をなめている訳だ。ひらりと後方に身をかわしつつ、リュウガは独りごちた。


 そんなにすきがある攻撃は、通常は用いないはずだ。地面に突き刺さった瞬間に、完全に無防備になるからだ。よほどリュウガをなめているのだろうが、それも無理はない。彼は何といっても丸腰――徒手空拳なのだ。


 それで、あの野郎の攻撃力はっと。へぇ、240もあるのか。レベル5で。


 リュウガは、浅く呼吸をしながらヴィニールのステータスウィンドウを見た。確か、人間のレベル1は「攻撃力:105」だったか。そりゃ強いわ、全く。お手上げだよな……、相手がレベル1ならな。


 さてと、どうするか。実際問題、自分の攻撃力がどの程度のものか分からない。ただ、こいつの退屈な攻撃を、紙一重でかわし続けるのも芸がない。


 リュウガは二本の指を真っぐに伸ばし、子細に眺めた。これぐらいなら、まさか死ぬことはないだろう。


 地面から懸命にグラディエーターを引き抜こうとする男の元へ、スタスタと歩み寄る。


 フンッ! リュウガは二本の指を右から左に振り抜いた。空気の震える音が、指の動きより遅れて聞こえた。


「な、何だ……」何が起こったのか分からないというように、ヴィニールが漏らす。


 リュウガは軽くあごを引いて男の顔を下から確認し、そして言った。


「見えてないな、お前。これはどうだ?」


 またしても二本の指だけを、今度は左から右へ動かす。


 パシン! ツツツー。


「おっと、そうか。逆側にはたいても、その鼻血は止められないか。どれ? おー、奇麗に折れてるなそりゃ」


 鏡でも使わないとヴィニール本人には見えないが、彼の鼻は奇妙な方向に曲がっていた。余りの早さに、痛みは感じていないようだが、鼻の血管は正直だ。彼が噴き出した鼻血は、しっかりと胸元まで垂れてきている。


 そのヴィニールの顔にズームしたのか、観戦ビュー越しにプッと吹き出す声が聞こえてきた。――さてはフィオナだな。


「く、くそっ、貴様、何をしたっ。今、何かしたなっ」右手で自慢の顔を押さえながら言う。


「何かしただと? ……ふう、お前はこの世界で、自分がしたことを分かっているのか? それをわきまえた上で言っているのか?」


「下等種族のくせに、思い上がるなよ。俺を誰だと思ってる……」全身をわなわなと震わせて言う。


「レベル5の蛮勇民族だろ、お前は。そして愚かにも、この世界の金と女を独り占めしようとしている。だまし討ちや陵辱による、圧倒的な支配によってな。だったら、誰か……まあ、その役回りが俺に回ってきたわけだけど、たたきつぶさなくちゃならない。俺にも、曲がりなりに守らなくちゃいけない人がいるもんでね」


「貴様……! ならば、今すぐ死ねぃ!」


 ヴィニールはそう言うと、ようやく引き抜いたグラディエーターを、真一文字に振り抜いた。胴体を切り離すべく、明確な殺意を持っている。しかしリュウガの速度と、ヴィニールのそれはくらぶべくもない。


「それじゃ、元気なうちにちょっと試させてもらおうか! コンボ技がつながるかどうかをな!」


 リュウガは流れるような動きで、右足を地面すれすれに回した――足払い。せっかく右手、左手、右足、左足と、個別にパラメータが設定されているんだから、活用しなくてはもったいない。おあつらえ向きに、俺はまだ武器も持っていないことだしな。


 グルン! ヴィニールは足下をすくわれ、メトロノームの針が振り切られるように宙を舞った。そしてリュウガは、最高点に浮き上がったところに、返す刀の左手をたたきつけた。


 するとものの見事に、ヴィニールの体は地面に打ち付けられてバウンドする。そこに満身の力を溜めた、体当たり攻撃をぶちかます。いわゆるチャージ攻撃だ。


 ――裏飛燕、十字落とし。


 この一連の流れを、リュウガは別のゲームでそう命名していた。二羽のツバメが舞うように、円舞しながら攻撃する。そして、別ゲームにおけるこのオリジナルコンボは、点稼ぎ用の無限に続くものだった。


 二発、三発、四発、五発――。コンボの終焉しゅうえん。ヴィニールの体は、猫がじゃれつく玉のように無軌道に飛び、重力の興味が途中で失われたかのように放り出された。


 ちぇっ、ミスったか。それでも、コンボ攻撃がつながることは確認できたな。


 必殺コンボを決めたリュウガの前には、地に沈むヴィニールの姿があった。

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