悪いこともあれば良いこともある
まだまだたくさんありますがあげ連ねてもどうしようもありませんね。もう過去の話ですから。
私の苛めはまだ軽い方です。私には三つ、まだ救いようがありました。不幸中の幸いでした。
一つめは暴力です。
私は苛めで直接暴力をされたのは二、三回程度しかありません。おまけにひどい怪我にはなりませんでした。それでも首を毛糸で縛られたりとかはありましたので、一歩踏み外せば相等危なかったことに間違いはありませんでしたが。
火傷したとか、捻挫等々の怪我にはなりませんでした。打撲が多かったですね。
私のいじめの殆どは精神的な苦痛を与え、居場所を無くなるようにする手口でした。それでも三年、四年と続くとかなり疲弊します。
ですからかつあげとかはありませんでした。
二つ目は母です。
担任が使い物にならないことをいち早く察知したのは母でした。当時は学校のことをしきりにきいてはああしなさいこうしなさいと言い、正直なところ腹が立っていました。そんなに上手くいくはずないと。見てもいないのにあれやこれや言うなと。
しかし母は偉大でした。
少なくとも嫌がらせは一時弱くなりましたから。苛めは暫く経つとまた復活しましたが楽にはなりました。
学校行きたくないと言っていても無理矢理行かせたのも母でしたが、不登校にならなくて良かったと思います。不登校すればさらに学校行きたくないと悪循環になりますから。
今学校行きたくない人は無理にとは言いませんがいった方が良いですよ。悪循環に陥りやすくなりますから。
三つめは友人です。
私は対抗策として、とりあえず味方がいなければずっといじめられる状態が続くと思い、いじめる連中の息のかかっていない人を探しました。
いじめる人たちを知っていても彼らに興味がなくて、数人の友達と仲良くしているような独自のグループに所属する人を探しました。私の場合はそのような友人が数人いて、何とかのりきりました。
しかしこのような友人がいたとして、いつ裏切られるか分かりませんでしたから暫くは状況をみて、観察していました。
けれどもこの友人達は周りに流されず、周りが私を排除しようとするなか、いつも一緒にいてくれました。今でも感謝しています。
ですから私はまだ幸運でありました。




