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氷をけづる。

 ぎぃこ、ぎぃこと、賑やかな音を立てて、手押しの荷車が天界を縦断してた。荷台にはこんもりと荷が積まれ、むしろで覆われている。引いているのは彩王だ。幽王はそれに随伴してはいるものの、手を貸す様子は無い。

「幽王、可憐な、妾が、こんなに、苦労して、重い荷を、引いていると、いうのに、そなたは、手伝おうと、思わぬの、かっ」

「そもそもこの行脚自体、貴女のわがままが発端ではありませんか。ほら、目的を果たすためにがんばってください、彩王」

 必死の形相の彩王に対して、幽王はいつもと変わらない無表情である。

「うぬぬ……思い、たった、時は、名案じゃと、思ったのに、それも、これも、あの、ぺんぎんの、せいじゃ!」

「はいはい、がんばってください。もうじき目的の南方領域ですよ」

 ふぬー! と彩王は気合いを入れて道を進んだ。

「がんばるのは良いけれど、あまり私から離れないでくださいよ。融けても知りませんからね」

 幽王が彩王を呼び止める。何もしていないように見えた幽王は、実はまじないで荷の中身が融けないようにしていたのだ。

 荷の正体は、氷。


 事の発端は、遡ること半日前。


 その時、彩王はめずらしく錦華宮で蔵の掃除をしていた。

 そのとき、とんと記憶にないような、身に覚えがあるような、下界のアイテムコレクションを見つけた。もっとも彩王が集めた物なので、見つけたというよりも存在を思い出したといった方が適切なはずだが、とにかく彩王はそれを見つけた。

 コレクションはいくつかの長持に分けて保管されていた。そのうちの一つ、『夏』とだけ書かれた箱を、彩王は開けてみた。

「なんじゃ、これは」

 抱えるほどの大きさの、青っぽい箱が目についた。表面に描かれているのは、見慣れない種類のおそらく鳥。

「なんと言ったかのう……そう、確か、ぺん、ぐいん……?」

 彩王は英語が苦手だった。

「日本語では、ペンギン、ですよ」

「幽王! 驚かすでない!」

 背後の蔵の入り口から幽王が顔をのぞかせていた。

「所用で寄ったのですけれど、こちらに居ると聞いたもので。勝手に入ってきてしまいましたけど」

「かまわぬ。ところで、このぺんぎんはただの人形ではないようじゃな」

 箱の表紙に書かれた文字を熱心に読む彩王。

「そのようですね」

 たいして興味なさそうに、幽王は相づちを打った。

「ここに、氷、と書いておる」

「そうですか」

「氷といえば冬の眷属じゃ。しかし、夏、の箱に入っておった。何故じゃと思う?」

「何故なんでしょうねぇ」

 熱心に何かを訴える彩王に対して、幽王は心の底から興味ない、といったように返事をした。それでも彩王の心は折れなかった。

「かの清少納言も『あてなるもの』と言っておった。かき氷じゃ。かき氷をするのじゃ!」

 彩王は幽王に見せつけるようにずい、とペンギン型かき氷機の箱を掲げた。

 幽王は面倒そうな表情を隠しもせずに、それを退けた。

「何故、千年も前の下界の人間の言うことを引用するのか………それより、この天界に四季はありませんよ。下界の夏を待つのですか」

「待たずとも、南に行けば夏っぽいであろう!」

 彩王はあきらめない。

「氷はどうするんですか。氷室があるのは北方領域ですよ」

「持ってくればよい」

「誰が」

「運ばせ」

「ただでさえ忙しい貴女の采女たちの仕事を、貴女の気まぐれで増やす気ですか。鬼上司ですか。そういうの、今時はブラック企業っていうんでしょう」

 そうまで言われてしまえば、さすがの彩王も。

「わかった、なれば妾自ら運ぼうではないか!」

 という訳で、冒頭に戻る。


 ぎぃこ、ぎぃこと彩王の歩みに合わせて、荷車が賑やかな音を立てる。

 やがて黎明の空から、抜けるような青空に変わる。夏の帝の統べる南方領域へと入ったのだ。

「あっついのう! これだけ、あるの、だから、少し、氷を、取り出しても、かまわんじゃろう」

 頑張る彩王の額には、珠のような汗が吹き出してきた。

「そう言ったが最後、本来の目的を果たす前に氷が尽きてしまいますよ。ほら、もう一頑張りです」

 そう言う幽王の視線の先には緋色の宮殿、瑚雀邸があった。夏の帝、朱爆火帝の緋凰の居城である。その門から、赤い髪の青年が飛び出してきた。緋凰その人である。


「お待ちしておりました。連絡をいただいてから、わずかながら宴の準備もさせてもらいました」

 緋凰が笑う。

「いや、宴はよい。それよりも、氷を、だな」

 彩王はもはや肩で息をしていた。

「ええ、分かっています。宴もそれにふさわしい物を用意しましたよ」

 そう言って、緋凰は彩王から荷車の持ち手をそっと取り上げた。担ぎ手を交代するつもりらしい。

「そうか、それはなによりじゃ。ありがとうの、緋凰」

 彩王は肩を回したり腰を伸ばしたりした。

 いいえ、と緋凰は笑って瑚雀邸に向かって歩き出した。

 彩王と幽王も、それに続いて瑚雀邸の敷居をまたいだ。


「さあ、ご覧ください。お気に召すと良いのですが」

 緋凰は彩王と幽王を広間に通した。そこの机の上には、綺麗にカットされた色とりどりの果物が山のように用意されていた。

「なんと! 見事なものじゃ!」

 彩王は目を輝かせた。

「甘葛もごさいますよ。普通のかき氷だけではつまらないだろうと思いまして」

「うむ、北から氷を運んできた疲れも吹き飛ぶというもの。それでは、かき氷パーティを始めるとするかのう! たっくさん氷を持ってきたから、皆にも振る舞おうぞ!」

 言うが早いか、彩王は袂から鏨を取り出すと氷を切り出し、ペンギン型かき氷機でせっせとかき氷を作り始めた。

「トッピングは、何がよいかのう!」

 彩王は楽しそうにかき氷を作っては、緋凰や瑚雀邸の使用人達に配る。

「……貴女自身は食べないんですか」

 幽王がぽそっと呟いたが、彩王は気づいた様子がなかった。

 結局のところ、彩王はかき氷が食べたいのではなく、皆でお祭り騒ぎをしたいだけなのだった。




「っあー! 頭が! 頭がキーンとするぅ!」

 最後の一杯を食べた彩王は、頭痛に苦しんだ。

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