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恋せずにいられない --こゝろによせて  作者: あくた咲希
吸血鬼の恋愛事情
7/10

 制服のまま歩いていると、ガラの悪そうな連中が近寄ってきた。髪は茶色やら金色やら、学ランを着崩している。体格からして中学生らしい。

 俺、今ちょっと痩せちまってるから弱々しく見えるんだろう。カツアゲってところか……。

 立ち止まり、やつらの戦力をみた。どうにかならない人数ではない。

 ため息をついていると、リーダーらしき赤い髪のボーズがあごをしゃくり、手下に俺を取り囲ませた。全員、俺より背が低い。舐められたもんだ。

「こんなとこで何してんのー。学校サボっちゃだめでしょー」

 おまえらこそサボりだろう……もしかすると期末試験中かもしれないが、どちらにせよ、こいつらは不良だ。少しばかり締め上げたところで、かわいそうだと非難する声もなかろう。

 俺はカバンを左手に持ち替え、右の手首を何度か振った。とりあえず赤髪に一発くれてやる。

「オレらとさぁ、どっか遊びにいかねぇー?」

 赤髪がしゃべっている間に、背後の手下が俺の尻ポケットに手を伸ばそうとしていた。

 振り向きざま、赤髪用にと思っていた右ストレートをくりだす。ピシと音がして、茶髪が数本、空を舞う。本当に殴ってもよかったのだが、こっちも痛いので外してやった。そいつはしっかりビビったようで、隣りの中坊に寄りかかった。ほかのやつらも目を白黒させている。

 すると、赤髪が不良お約束の捨てゼリフを残し、手下を率いて逃げ去っていった。

 その背中を見ながら、気持ちが沈んだ。みい子から逃げるんだな、俺は。なんてカッコ悪いんだろう……。

 不良どもの敵前逃亡は君子危うきに近寄らずといってもいいが、俺のは単なる逃げだ。たしかに、互いが傷つくのを避けるためではある。俺だって、何度も何度も傷つくのは嫌だ。いくら時が癒してくれるといっても辛いものは辛い。

(みい子はかわいいし、いくらでも男なんて見つかるよな)

 無理やり自分にそう言い聞かせ、みい子にもう二度と会わない決意をした。携帯を持ってなくてよかった。家に呼んだこともない。こっちから連絡を断ちさえすれば、学校に押しかけられないかぎり、みい子が俺をつかまえることは不可能だ。

 歯を噛みしめた口の中で、かすかに血の匂いがした。

 抜け殻になった気分とはまさにこんな感じをいうのだろう。胸もぽっかり穴があいたようだし、腹もすっからかんで、体重すらなくなってしまったみたいに思える。

 歩いて、止まってをくり返し、結局は歩道脇のベンチを見つけて、倒れ込むようにして座った。

 薄い青空を仰ぎ額に手をあて、目を瞑る。

 みい子の血を思い出す。唾液を呑み込むと、喉がカラカラに乾く。

 限界、だ。俺は吸血鬼で、血を吸わなければ生きていけない。人間ならば十七歳以下のものであること。この条件を破れば、身体能力の低下。衰えた体で永遠の時を過ごすことは、さながら拷問で。このまま飢えて死ぬのも、どんなに苦しいか知れなくて。

 ここは、適当な血を求めるしか――

「あーっ!」

 考えがまとまりかけていたところに、素っ頓狂な声が俺を襲った。

 眉をしかめつつ目をあけると、目の前にセーラー服の少女が立っている。視線を上げてみると、先月まで付き合っていた奈々だった。化粧こそしていないが、小作りな顔は彼女に違いない。

 一瞬、何がなんだかわからなくなった。奈々は高校中退のフリーターだったはず。

 なのに、真っ白なセーラーカラーのまぶしい夏服。

 奈々のうしろを、同じ制服のコたちが通り過ぎてゆく。最後の問題がわかんなかったとか、追試だどうしようとか。

 このへんの高校は二期制を導入していて前期テストは夏休み明けだ。と、いうことは今、テストをやっている学校といえば?

「奈々、おまえ、中学生だったのか」

 おさげ髪の少女は俺のとなりに腰をおろし、

「中学生はバイト雇ってくれないんだもん」

 などと、あっけらかんと暴露した。

 履歴書を詐称していたが本当は中学三年生、先月に誕生日を迎えて十五歳。最低条件クリア。その上ヨリを戻したいと訴えてきた。なんてタイミング!

 交際を快諾し、多少のうしろめたさを振り払い、さっそく路地裏に奈々を連れ込んで首筋に歯を当てた。

 安全な血は俺の空腹をゆるゆると満たし、自堕落な快感をもたらした。

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