市民プールで、アッセンブル!
――暑い。なんで夏はこんなに暑いんだ。
――くそっ、そのせいで地面の中まで暑いじゃねぇかッ。
――こうなったら影が差したりで涼しそうな別の地面に…………ッ!?
――ぎゃあああああああッッッッ!!!!!? 熱い熱い熱いあっついなんじゃこりゃあああああああッッッッ!!!!!?
――かっかかかか……から、だがっ……や、やゖ…………。
※
「――なーんて、思ってるのかな? ていうか踏み入れたら乾物になるのに、よくコンクリートやアスファルトの上に行こうって思うよね、ミミズって」
「……あはは、そうだよね」
「ちょ、いきなり何を言ってるのかな真美ちゃんッ? んもぅ。ごめんね馨くん、ウチの娘が」
「いえ、別に気にしてないんで大丈夫です。というか、俺も何気に気になるんで。道路の上の干からびたミミズ」
七月下旬。
年々夏の気温が、それこそバカみたいに上がっているがゆえに「とにかく泳ぎに行こうッ!」なんて思考回路に陥ったのだろうか。
そんな伊皆真美ちゃん……地面の上に乾物化したミミズがあったのか、ミミズの話をいきなりしてきた、今年から小学五年生になった女の子に、俺はなんとプールに誘われた。夏休みに入って早々に。
現在高校二年生である俺が、だ。
ハタからだと俺は、真美ちゃんの近所の面倒見の良い兄ちゃんに見えるだろう。
俺達の付き添いとして今回は同行している、真美ちゃんのお母さんであり、俺が通う道南台高校の先生でもある伊皆先生がいるのも、それを助長しているだろう。
俺としては願ったり叶ったりだ。
もしも伊皆先生がこの場にいなかったとしたら……想像したくないからこの話はもうやめよう。
「馨さん馨さん! 早く行こう!」
真美ちゃんは暑いのに、俺の腕に抱きつき前に引っ張る。
どうやら彼女の脳が本格的にバグり始めたのかもしれない。
いや、真美ちゃんの俺への想いも関係しているのかもしれないけど――。
「伊皆先生、少し急いでいいですか?」
「そうね。というか私もそろそろ入りたいかも」
真美ちゃんの体温が気になるし、俺もそろそろ暑さの限界が近いので、伊皆先生に許可をとる。ていうか、日差しが当たっている箇所が刺されたかのように痛い。これもまた、地球温暖化のせいなのか。
すると伊皆先生は、なんと返事をするなり速足で歩き出した。
こちらも思った以上に……下手をすると俺以上に限界かもしれない。
なので俺と真美ちゃんも、伊皆先生と同じくらい速足になってプールを目指す。
この地域にある市民プールへと。
※
市民プールに無事到着して。
それで更衣室の前で真美ちゃん達と分かれ、水着に着替え、更衣室を出たけど、室内プールのどこにも真美ちゃんと伊皆先生の姿はなかった。
どうやら俺は、思ったより早く着替えてしまったらしい。
仕方がないので、一人で泳ぐ……のはさすがに寂しいし、真美ちゃんがずるいと怒るかもしれないから、更衣室を出てすぐの所で待つ。
更衣室の反対側に、屋外プールへと続く通路があるのが見えた。
だが見た感じ……ちらほらと、この酷暑の試練を乗り越えてやってきた利用者がいる室内プールとは違って、屋外プールには人が一人もいない。さすがにこの気温のせいで屋外プールは地獄なのだろう。
「いや、その前になんでこんなに異様に利用者が少ないんだ?」
この酷暑だ。
それなりに利用者がいるハズだ。
なのに少ないだなんて、いったい何が…………ッ!?
次の瞬間。
俺は気づいてしまった。
ちらほらいる屋内プールの利用者――軽く数えて、二十人近くはいる彼らの内の十人以上が、残り五人から距離をおいている事実に。
そして、その五人の内の一人……プールサイドに腰かけ休んでいる人物が、俺が校内の噂で知っている人物であるかもしれない事実に。
「ま、まさか……今年入学してきたというコワモテな一年生かッ」
確か名前は、キタサトタカフミだったか。
コワモテな顔をしてて、校内どころかこの地域の不良を、小さい頃からハメて、なおかつ逆襲してきた連中を返り討ちにしたという伝説を持っていて、数ヶ月前も校内で問題を起こした……そんな、やばいヤツらしい。
ちなみに俺は、校内で事件があったのはもちろん知ってるが、キタサトタカフミ本人には……ちゃんと会った事はない。それっぽいヤツを校内で見かけても、すぐに顔を逸らしている。
そんなヤツに目をつけられたくないからね。
ついでにいうとキタサトタカフミの伝説については、クラスメイトからの又聞きである。
人違いだったら申し訳ないけど。
でもこの地域でコワモテな人なんてそのキタサトタカフミ以外思い当たらない。
「だ、大丈夫だろうか」
そんなやばいヤツがこのプールにいるなんて。
そりゃ利用者のほとんどは彼から離れようとするよな。
ていうか数人、彼とは反対のプールサイドにいるじゃん。
いやまさか、彼が来る前はもっと利用者がいたけれど、彼が来てからほとんどの利用者がプールを出ていったとか…………噂が本当ならありえるな。
「あっ! 愛華ちゃん、舞華ちゃん、明日香ちゃん! お~い!」
すると、ようやく着替えを終えたのだろう。
いつの間にか俺の横に、なんとフリル付きでシースルーで、しかも背中が大きめにひらいたワンピース水着姿の真美ちゃんが立っていた。
市民プール的にこれはどうなんだ、って感じのデザインだ。
いや、全体的に見れば、露出はそこそこしているけど、でもだからってこの場で禁止されてるビキニなどの露出度が高めの水着と違い、そこまでまずいレヴェルの露出度ってワケじゃないかもしれない。
でも、なんか見てるだけで罪悪感を覚えるので、とりあえず「この水着どう?」と訊かれた場合は、真美ちゃんの気持ちを考えて「可愛い」と返す事にして、それ以外ではあまり見ないようにしよう。
っていうか、
「知り合い?」
そこが一番気になるので、俺は訊いた。
すると真美ちゃんは「あ、ごめんなさい馨さん。言ってなかった」と一度謝罪をすると「実は今日、プールに最初に誘ってくれたの……学校の友達なんです」と、申し訳なさそうに告げた。
「ああ、そうなんだ」
「それでね、その友達が『ボーイフレンドがいたら連れてくること!』って言ったから、それで今回、馨さんを誘ったんです」
「…………な、なるほど」
真美ちゃんと初めて会ったのは、去年の四月だったか。
この地域にある商店街で、腹痛を覚えて動けなくなっていた彼女を、お医者さんに診せに行って以来の縁だ。
そして…………どうやら彼女はその時、俺を好きになったらしい。
といっても、その事実を告げてくれたのは今年のバレンタインデーの事であり、それ以前は普通に友人として接していた。
そしてバレンタインデーでの告白を経たものの……俺と真美ちゃんの男女としての関係、というか付き合い具合は、まったくといっていいほど変わっていない。
それ以前に、そもそも高校生が小学生に手を出すワケにはいかないし、そんな噂を立てられる可能性があるし、それに俺は……中学生の時に味わった、女子による嘘告白のトラウマ……さらにはそれからくる女性不信をあまり克服できていない。
真美ちゃんの好意は嬉しいけれど。
まだ彼女を、一人の女性として見られないのだ。
まあ社会的には、それでいいのかもしれないけど。
でもだからって彼女の行為を無下にするワケにはいかないし、それに真美ちゃんが、ありがたい事に高校生以上の年齢になっても俺を好きでいてくれるのなら……いい加減、その想いに応えなきゃいけないと思うので、こうして、トラウマと女性不信を克服するためにも、一緒に遊びに行ったりしているのだ。
無論、彼女の両親こと伊皆夫妻の内、どちらか一人同伴のもと、という条件で。
「あ、真美ちゃんやっと来たー!」
「お~い、早く来なよ~!」
「こっちはウチの隆文くんのおかげで貸し切り状態だよー!」
「おい、余計な一言だぞそれ」
真美ちゃんの友達――真美ちゃんが言うには愛華ちゃん舞華ちゃん明日香ちゃんというらしい子達が真美ちゃんを呼ぶ。そして、どうやらあのツッコミを入れた、コワモテなヤツは、本当に例のキタサトタカフミらしい。
という事は……そんな彼の近くで、真美ちゃんの友達を見守ってる人――なんかアフリカ系のような印象を受ける、なんか道南台高校で見た気がするヤツは……彼の友人かな?
「ごめんなさい、馨さん。アタシ、ちょっとみんなと話したい事があるんだ」
なんて考えてると、またしても真美ちゃんは申し訳なさそうな顔でそう言った。
いちいちそんな事、気にしなくていいのに……なんて思うけど、でも真美ちゃんは真美ちゃんで、俺と友達との間で本気で板挟みというかなんというか、とにかくそんな状態かもしれないので、俺はできる限り柔和な感じを意識して言葉を返す。
「あ、そうなんだ。じゃあ、行っておいで」
「ほ、本当にごめんなさい。あとでみんなで遊ぼうね!」
真美ちゃんは、まだ名残惜しそうな顔をしていたものの。
それでも……そんなに葛藤があったのか、まじめな顔をして友達のいるプールへ入った。
「馨くんも入ったら?」
すると、今度はフレアワンピース姿の伊皆先生が話しかけてきた。
伊皆先生はなんというか、まだまだ若々しい。
真美ちゃんという娘はいるけれど、でも正確にいえば真美ちゃんは、伊皆先生の旦那さんの連れ子だから、そこまで年齢を重ねているワケではない。
そしてだからこそ、旦那さんの連れ子とはいえ子持ちだとは知らない連中から、ナンパされてしまうんじゃないか、って思うくらい魅力を感じられる水着だった。
「私も、旦那の知り合いを見つけたから、ちょっと話してくるわ」
「あ、そうなんですね。分かりました」
伊皆先生はそう言って俺より先にプールに入った。
いったいどんな人かは分からないけど、とりあえず彼女を見送ると……俺はどうするべきか迷う。
また合流するまで……真美ちゃんが言ってた『あとで』まで。いったい何をして暇を潰そうか。
「あの」
なんて考えていた時だった。
なんだか低く太い声がした。
全身が硬直した。
反射的に危機を覚えたから。
と同時に声の主が誰なのか……本能で察した。
「先輩、ですよね。同じ高校の」
そして、それは。
その言葉で確定となった。
おそるおそる、声がした方を向く。
するとそこには、さっきも見たアフリカ系っぽいヤツと一緒にプールから完全に上がり、こちらに向かってくるキタサトタカフミがいた。
「よかったら、話しませんか? あの子達の話が終わるまで」
※
「うわぁ、真美ちゃんの水着、なかなか攻めてるねぇ~」
「いやいやぁ、バックシャンなフレアワンピース水着を着ている明日香ちゃんほどじゃないよ~」
馨さんから離れて、アタシは今回プールに誘ってくれた友達の所に向かう。
するとなんと、その友達の一人である明日香ちゃん……前に話を聞いたところ、どうやらアタシと同じく年上な男性をオトしにかかってるらしい女の子が、可愛い水着を着ていたのが分かったから……水に浮かびつつ、思わずため息をついた。
「どっちも似たような水着じゃないかな」
「どっちも背中がセクシーな感じにひらいてるもんね」
だけど一方で、同じくこの集まりに参加した、色気があまり感じられない競泳用ワンピース水着を着ている二人……クラスこそ違うけれど、友達である双子の姉妹こと愛華ちゃんと舞華ちゃんが、冷静にツッコミを入れてきた。
確かにそれは一理ある。
だけど可愛いポイントが微妙に違うからねッ?
「そういえば、真美ちゃんはあれからどうなったの? 二月に告白したって言っていたけど」
なんて思っていると、舞華ちゃんが訊いてきた。
話の脈絡とか無視して、ものすんごくいきなりな事を。
「えっ!? あー、うん。告白は、したんだけどねぇ」
そういえば、三人には馨さんのトラウマについて話していなかったっけ。
改めてこう訊いてくるのも仕方ないかもなぁ、なんてふと思いながら、アタシは馨さんの気持ちを考え、少しぼかした感じで、その事を改めて三人に伝えた。
「――だからね、ハートを撃ち抜くためには、馨さんの場合はまず、そのハートをもみほぐさなきゃいけないの。でも、私を邪険に扱ったりしてこないから……このままなら確実に撃ち抜けるかもね」
「へぇ、そうなんだ~」
「明日香ちゃんとは違って少しは望みはあるね、これは」
「ちょっと、私にだって勝算はあるよ!?」
愛華ちゃんと舞華ちゃんのコメントに、明日香ちゃんが反応した。
「今日は私が一樹先生のヒロインで、水着回なんだから! ここで少しは一樹先生のポイントをかせげれば、まだ逆転はあるよ!」
「…………って事は、今は一位じゃない?」
「ッ!? んもぅ、そういうのは言わないの!」
しまった。
思わず言ってしまった。
でも幸いな事に明日香ちゃんはそこまで怒ってない……セーフッ。
ちなみに明日香ちゃんは今日のプールデート……いやプール合コンに近いかな。とにかくそんな今日の集まりに、ウチの馨さんのように、保護者の一人として参加している一樹先生…………明日香ちゃんの家庭教師をしてる、アフリカ系の方とのハーフである高校生のお兄さんが好きらしい。
でもどうやらその一樹さんを好きになった人が、明日香ちゃん以外にも二人……いや、あれからもう二人増えたんだったかな。
とにかく、恋のレースが面倒な局面に突入しかけたので、こうして一人一日ずつ一樹さんをオトしにかかる日を決めて、それで、来年の大みそかまでに、誰と付き合うかを一樹さんに決めてもらおう、なんて話にまとまったみたい。
でもさすがに、小学生と高校生の二人だけでプールデートするのは……犯罪臭がそれなりにするから、明日香ちゃんはアタシと愛華ちゃんと舞華ちゃんを、ボーイフレンド付きで招集したのだ。
「ていうか愛華ちゃん舞華ちゃんはどうなの!? ボーイフレンドとの関係に変化はあるの!?」
「「いや、私達はボーイでフレンドだから隆文くんを誘ったんだけど」」
話を変えようとした明日香ちゃん。
だけど返ってきたのは、アタシも唖然とするまさかの事実だった。
「…………まぁ私達、今も隆文くんが好きなんだけどね」
「でもね、私達は二人ほど心臓が毛深くないからね」
「さすがに、隆文くんに犯罪臭をさせるような事はさせらんないよ」
「一応、二人で『高校生になるまでに隆文くんに彼女ができなかったら、それぞれがオトしにかかる』って約束はしてたけど」
「その隆文くんには今、彼女がいるんだよね。たとえ、コワモテだろうが……相手の中身もちゃんと見てくれるような、素敵な彼女が」
「ちなみにその彼女は、今日は補習だってさ」
「だから今日、その隆文くんを連れてこれたってワケ」
「「…………そ、そうなんだ」」
アタシと明日香ちゃんは、そう返す事しかできなかった。
まさか二人が、相手の幸せのためにあえて身を引いてたなんて……アタシ達とは異なる選択をしていたなんて、思わなくて……衝撃を受けたから。
※
それから、時は経って。
市民プールで、みんなでいっぱい遊んで……その帰り道で。
「今日はとても楽しかったですね、真美ちゃん、伊皆先生」
俺は、今日の事を思い出しながら告げた。
まさかあれから、友人が二人増えるとは思わなかった。
しかもおいしい飲食店の情報や、今年の四月にこの地域で起きた、ヨーロッパの小国『トートレイド公国』関連の事件の裏側で何があったのか……それまで知る事ができた。
というか俺は、とんでもないヤツらと友人になったんじゃないだろうか。
まあなんにせよ、充実した日になった。
そしてそれは、真美ちゃんと伊皆先生も同じだったようで、二人は共に笑顔……いや真美ちゃんは、なんか作り笑顔の気がするけど、あれから俺達は、伊皆先生を始めとする保護者のみなさんも加わって、そこまでバテない程度に遊べたし。
「ええ、楽しかったわね。おかげで久しぶりに先生、少し本気になっちゃった☆」
伊皆先生がすっきりした顔で言う。
ていうか、あれで少し……学生組どころか、保護者のみなさん全員を競泳で相手にして圧勝しておきながら、少しなのか。伊皆先生の底が知れない。
「…………馨さん」
「ん? なんだい真美ちゃん」
笑顔から一転。
急にまじめな顔になった真美ちゃんに名前を呼ばれる。
いったいどうしたんだろう。
気になったけど、俺はあえて訊かない。
真剣な彼女に、ただただ真剣な顔で向き合った。
今から真剣な話をするかもしれない……そんな予感がしたから。
「アタシ、これからもずっと……馨さんが好きだから」
「ッ! あ、ああ……ありがとう。とても嬉しいよ」
まさかの、二度目の告白だった。
不意打ちだったため、とてもビックリして、うまく返事ができたか分からない。ていうか少し、心臓の鼓動が速くなった気がする。
ていうか、顔が熱い。
せっかくプールで冷えたのに。
これもまた、地球温暖化のせいなのだろうか。
「あ、あらあら」
伊皆先生も顔を赤くしていた。
旦那さんの連れ子ではあるけど、それでも自分の娘である事に変わりない子が、自分の生徒に白昼堂々告白するのは……親としてはちょっと恥ずかしいんだろう。
一方で、真美ちゃんは。
俺にまた告白……いや告白というより、宣言みたいな感じもするそれをすると、すぐにまた前を向いて歩き出した。
いったいなぜ、真美ちゃんはまた告白してくれたのか。
まさか友達と会話をした中で、なんらかの心境の変化があったのだろうか。
会話に参加していない俺には、まったく分からない。
いや、たとえ会話に参加してたとしても……その内容をちゃんと理解できるとは限らないけど。
だけど、それでも。
真美ちゃんがこれから先、どんな選択をするにせよ。
これからも彼女とは、良い関係でいようと……俺は改めて、心から誓った。
真美ちゃんには……ずっと笑顔でいてほしいから。
俺の事を想って、いろいろと動いたりしてくれた真美ちゃんには。




