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推しの可愛さを浴びたオタクは惨敗だった。

注意:この作品はNL、BL表現があります。


初めまして、星屑です。稚拙な文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

ちまちまと書いていけたらと思います。



スピーカーから出る莫大な音量の音楽。

そんな莫大な音量の音楽よりも大きく透き通り届く歌声。

ステージにたっている彼らを引き立たせるための輝かしい演出。


それらが組み合わさった時、地面が揺れて心の底から震える何かを感じ取るのがいわばファン。


ただただ全力でこの大きな景色に負けないよう歌い踊り、全身で魅せるのがアーティスト。



僕はファンだ。「如月三雲(きさらぎみくも)」という名のアーティスト(アイドル)の。


今日はそのアイドルの武道館ライブ。

彼にとって過去最大規模のライブで、挑戦だった。


ライブも終盤、今はアンコールに差し掛かっていた。

ファンからの"アンコール"の声で再登場した彼は、ソロアイドルとして活動を始めた時の初衣装を身にまとっていた。


登場と、最初期の衣装と。

彼の持ち合わせたものと、ファンの思い出がより一層会場の熱を沸かせた。


「みんなありがと〜う!!!」

「アンコール一曲目。それでは聞いてください───」


そうして歌い始めたのはデビュー曲。

ソロアイドル・如月三雲として、始まりの歌だった。


そうしてまた一段と大きくな歓声と、少しばかり聞こえる周りのファンのすすり泣く声。

これには僕も涙を堪えきれず、視界がぼやけ始める。


1秒たりとも目を離したくなくて、輝いてる彼を目に焼き付けていたくて、必死に涙を我慢する。


「次が本当にラストの曲!みんな今日は俺の忘れられない一日を作ってくれてありがとう!」


涙がまだ収まりきらない中、ラストの曲のイントロが流れ始める。


「最後まで楽しもう!!! 『Starlight』」


如月三雲がこの世界に出てきた、一番最初の曲。

ソロアイドルとして活動するより前に所属していたグループのデビュー曲。

まさかもう一度、しかもこんな大切な日に聴けるなんて。


堪えていたはずの涙がとうとう我慢できず溢れ出す。

今の会場の熱気はこの公演1の盛り上がり。スピーカーから流れてくる音楽だけじゃなく、ファンの歓声でも地面が震える。


サビで銀テープが発射され、手を上に伸ばし掴み取る。


その時、ステージにいる三雲くんと目が合う。

軽やかなウィンク。ファンサ。あまりにも眩しくて、でも目を逸らすことなんて出来なくて。

こんな大切な日にも見つけてくれてありがとうと、心の底からの感謝を込めてペンライトを振り返す。


あっという間に時間は過ぎ、アウトロ。


「本日はご来場いただき、ありがとうございました!!」


少しばかりの感謝の言葉を口にしてステージ上を後にした。

ステージに居なくなったとしても、ファンの熱気は収まらない。余韻が続く。


そうして会場の照明が点灯し、退場のアナウンスに沿って退場する。

ここを出ると、喪失感に襲われ、現実世界に引き戻される。外に輝く夜空を見上げ、本当に終わってしまったことを実感した。


ぬいやアクスタを引っ張り出し、夜の武道館と一緒に写真を撮る。少しでも会場の雰囲気を長く味わっていたくて、昼にも撮ったような写真を何枚か撮る。


もう少し全体を写したくて一歩下がろうとした時───


「わっ!?」

「きゃっ」


後ろに誰か居たらしくぶつかって尻もちを着いてしまう。

目を開けるとそこには、小柄な女性がいた。


「え、あっ、大丈夫ですか!?」


ウェーブ巻きされたボブのミルクティーベージュの髪の毛。長いまつ毛に透けるような白い肌。どこまでも映しそうな琥珀色の瞳。

その全てに取り込まれてしまいそうになる。


「大丈夫です!すみません、周りみてなくて…」


「いやいや僕の方こそみてなくて!すみません」


そこで女性の左腕に"STAFF"と書かれた腕章が着いていることに気がついた。


「スタッフさん…?」


「あ、実はそうなんです。…ってもう行かないと!すみませんでした!」


行ってしまった。

この後の片付けもあって大変な中スタッフさんを引き止めてしまい申し訳なく思った。


…それにしても


「可愛かった」


小さくなっていく背中を見つめ、小さく呟いた。


その後何枚か写真を撮り、電車の中で抜けきらないライブの余韻と、ほんの少しだけあのスタッフさんのことを考えながら帰った。



******************************



「いらっしゃいませ〜」


武道館ライブ翌日。まるで昨日は何事も無かったかのように戻る日常。

今は大学を終えてバイト中。オタクにはやっぱりそれなりのお金が必要だから、こうして昨日のせいでなった筋肉痛を引きずりながら必死に働く。


そうして5時間のバイトを終え、限界に近い足を動かしながら帰路へ着く。


昨日の方がよっぽど動いて、足もしんどかったはずなのに今日の方が足は重い。こんな現象を勝手にライブマジック、と呼んでいる。


いつもと変わらない帰り道。

隣に細い裏路地があった。街灯も一つもなく、一寸先は闇で、自ら通って帰ろうとは思えない道。


え、と声が漏れる。


その裏路地から腕が伸びてきて、僕の腕を掴んで引っ張った。思ってたよりも力が強くて抵抗出来ず、連れ込まれてしまう。


「な、なんですかっ!?」


暗闇に目が慣れ、僕を連れ込んだ相手の顔を覗く。

相手は帽子を被っていて顔が見にくかったが───


「しーっ」


その顔も、声も、身長も。僕が見間違える訳がなくて。


「なん、で…」

「三雲くん……?」


そうして彼は口を開く。


「うんうん、君のだーいすきな三雲くんだよ」


脳の処理が追いつかない。

昨日ステージで歌い踊っていた彼が、今、僕の目の前にいて微笑んでいる。

果たしてこれは現実か、否、僕の妄想であってほしいのだが。


「ぇ、あの、あの」


緊張で言葉が上手く出てこない。予想外の遭遇。

聞きたいことはいっぱいある。まず本当に目の前に存在しているのかどうか。もし本当なら、どうしてここにいるのか。


「ね、連絡先。交換しよ」


「は?」


思わず言葉が出てしまい、慌てて口を塞ぐ。

僕を混乱さている原因である当の本人はと言うとスマホをバッグから取り出している最中だった。


開いた口が塞がらない僕を見た三雲くんは少し眉を顰める。


「あれ、スマホは?出してくれなきゃ交換できないじゃん」


「…え、あの、本物…?」


「君が僕のこと見間違えるのぉ?カツサンドくん」


カツサンド───それは僕のネットで使っているハンドルネーム。握手会などの接触イベもこの名前で参戦してきた。

ちなみに名前の由来は、アカウントを作った時に食べていたのがカツサンドだったから。


「う、嘘…なんで」


「なんでって。君に会うためにじゃん」


"君に会うため"

僕に会うために、三雲くんが、来た?


そんな嬉しいこと───いや、冷静に考えて


「…ダメ、なのでは?」


「ん?」


「いや、ファンがアイドルと会っているこの状況、マズイのでは?」


「あぁ、うん。」


「え、いやいや、なんでそんなに冷静なんですか?」


「え?逆にそっちこそ。なんでそんなに冷静なの?いっつも俺に会ったら泣きそうな顔してるのに…」


貴方がおかしな行動するからですよ、という言葉は何とか飲み込んだ。

自分よりおかしい人間がいると自分が冷静になる、あの現象が今僕の中で起きている。


「…三雲くんは、他のファンともこうやって会って、連絡先交換してるんですか」


失望、呆れ、悲しみ。全てを含んだ質問だった。

自分の推しはこんなことをしないって信じてた、信じている。だからこそこれは夢であって欲しかった。


自然と目線が落ちていく。昨日はあんなにも見ていたかった姿を、今は真っ直ぐ見れない。


「繋がってないよ。誰とも。」


その声に顔をあげる。

いつもの揶揄うような口調ではない、真面目な言い方。


「君だけ、特別。」


伊達に6年、デビュー当時から推しているだけあるのだ。今の言葉が本気なことぐらい、わかる。


きっと冗談じゃない。

「連絡先を交換しよう」と言ったことも、「君に会うため」と言ったことも、「君だけ特別」と言ったことも。本気で。


「…それでも僕は、ファンです」

「もし仮に、本当に連絡先を交換したとして。僕と繋がったことでもし今後の貴方の活動に影響が出たらどうするんですか。」


今は怖い時代だ。

色んな人間が、些細なことでも、話題になりそうな"ネタ"を探し回っている。


三雲くんの暴露 スキャンダル 熱愛 炎上 僕はどれが出ても耐えれる自信はない。

そしてそれの相手が僕で、原因が僕なのだとしたら、余計に。


「まだまだ、ここからでしょう。昨日夢の武道館を終えたところじゃないですか。ここでやらかしたらどうするんですか、ここで今やり取りしてること自体リスキーで、良くないことなのに」


手に力が入っていく。痛い。

目頭が熱くなる。どうして自分の推しに説教のようなことをしているのか。


「…僕は。三雲くんのアイドル人生に、僕のせいで傷が着くのだとしたら、耐えられません。」


正直に言って、推しの連絡先なんて、喉から手が出る程欲しい。今すぐにでも、「交換しましょう」と言って楽になってしまいたい。


それでも僕は、このまま、如月三雲には。真っ直ぐアイドルを続けて欲しい。


今まで何も彼の不祥事は聞いたことがない。

きっと本気でアイドルとして全力で、謙虚に活動してきた結果だ。

それをこんな所で、一時の気の迷いなんかで、無駄にして欲しくないと思う。


「だから、ごめんなさい。連絡先は交換できません」


「そっか、うん。君の気持ちはよくわかった」


恐る恐る顔を上げ、彼の顔を見つめる。


「でも最後に一つだけ。」


───あぁ、きっとダメだ。諦めてない。


「君の名前を聞かせて」


ステージの上と変わらない、覚悟を決めた顔で。


「…海叶、一之江海叶(いちのえみと)


逃げられるわけがない。取り込まれてしまっているのに、そんなに真っ直ぐ見られて、抵抗なんてできるわけがない。


「海叶ね。俺は日比野蒼(ひびのそう)


1歩、また1歩

少しずつ近づいてくる。


暗くてよく見えていなかった顔が、近くにきて鮮明に浮き出る。


「俺と友達になってよ、海叶」


「…っ僕の話聞いてたんですか?繋がるのは…」


「うん。だから、"推し"と"ファン"じゃなくて、"友達"として。」


「…だめ?」


周りが暗くて見えにくいのに、アイドル笑顔を披露し発光しているように見える。眩しい。

そして"あざと可愛い"を売りにしているアイドルの完璧な上目遣い。


(オタク)の弱点を見事なまでに見抜かれている。


「ダメ、じゃ、ないです…」


ダメなことだとは分かっている。が、もう理性よりも本能が勝ってしまった。

もう既にスマホには連絡アプリの友達追加用QRコードの画面が表示されている。



結局、推しの可愛さを浴びたオタクは惨敗だった。



【登場人物設定】


アイドル

芸名 :如月三雲(きさらぎみくも)

本名:日比野蒼(ひびのそう)

一人称は俺。23歳男性、身長168cm。「可愛いだけで終わらせない」をキャッチコピーにアイドル活動中。若い女性を中心に人気急上昇中のソロアイドル。17歳でアイドルデビュー、活動6年目。


オタク

HN:カツサンド

本名:一之江海叶(いちのえみと)

一人称は僕。21歳男性、身長172cm。三雲ファンの中では珍しい男性ファンのため現場で割と目立つ。デビュー前のオーディション動画から三雲のことをみている最古参。



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