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蛮勇皇后烈女伝 ~後宮はバトルコロシアム~  作者: kiyoaki


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第7話 烈女、神獣・麒麟を率いて霊験あらたかに都へ入城す②

 翌日、烈は舜と共に北の関所を発った。

 招待所の南側の門から出ると、待機していた数百人の護衛や従者、側仕えの者たち、暁北地方の長官らが二人を恭しく出迎えた。

 衣装係や料理人、宮妓や芸人も連れてきている。

 雨天荒天でも快適に過ごせるように、豪華な食堂車や寝台車も持ってきてある。皇帝の行幸であるため、それなりの規模で国境までやってきたのだった。


 舜は皇帝専用の御車(ごしゃ)に乗った。世話係として楊源が同乗した。

 楊源は宦官で、内常侍(ないじょうじ)という役職についている。舜付きの近習として長年禄を食み、舜が即位してからは皇帝の爺やとして宮廷の内外に影響力を持っていた。

 舜は烈に用意してきた車に乗るよう勧めたが、天気がよかったので烈は断った。馬に乗って御車に並走した。

 走りながら、車上で退屈そうにしている舜に言った。

「あんたも一緒に駆ければいいのに。気持ちいいよ」

 舜は、馬上の烈をどこか眩しそうに見上げながら答えた。

「馬は苦手だ。子供のころに落馬して以来、乗るのはどうにも怖くてな。そなたは豪胆だな」

 何が……? と烈は呆れた。乗馬なんて豪胆の証でもなんでもない。

「馬の何が怖いのよ。乗りこなせるようになるまでは落ちまくってなんぼだよ」

「落ちまくる……。嫌だ、想像すらしたくない。それに馬に乗ると腰が痛くなるのだ。揺れない車の方がよい」

 と舜は歳に似合わずジジくさいことを言った。

「皇帝なのに」

 烈は軽い幻滅を禁じえなかった。

 馬が怖いだなんて意気地なしにもほどがある。父や恵彌嘛與、ゴロツキやチンピラといった荒くれ男に囲まれて育った烈からすると、近く夫になる男は軟弱すぎるように思えた。

 皇帝とは王の上位、王の中の王ではないのか。

 本来は勇猛果敢な武将、豪傑でなくては務まらないはず……と思えば、自分の方がよほど皇帝の資格を有しているような気がするが、暁は北とは違うようだ。武勇胆力に優れなくても、皇帝の子というだけで皇帝になれるようである。


 烈は白けながらも、横目で舜を眺めた。

 まだ会って二日目だが、浮つくような気持ちは皆無だった。彼の何を見てもときめきは感じない。

 結婚条件はクリアしているが、とかく地味だし、顔は淡白だし、王者の覇気というものが感じられない。

 よく言えば人畜無害、悪く言えば存在感が薄い。ラーメンに例えるなら、細麺で硬さはバリ柔、スープは塩味で具はワンタンと豆腐だった。

 男としてはまったくタイプじゃない……。

 烈は密かに落胆した。けれど、こんなものだろうなとも思った。彼女は現実的な思考の持ち主だった。結婚自体に憧れはあっても、配偶者に過剰な夢は見ていなかった。

 誰にも聞こえないような小さな声でぼやいた。

「見合いだし、政略結婚だしね」

 選ぶことのできない夫は、まさにギャンブル。賽の目出たこと勝負。ここは諦めが肝心か。


 タイプではないが、いいところもあると思った。

 烈も皇帝とは、都で初めて会うものと考えていたのである。

 国境までわざわざ迎えに来たからには、舜は舜なりに今回の婚姻を重要視しているに違いない。

 垂逸の王女としての烈のメンツは保たれた。

 烈は前を向いたまま言った。

「あんたは北の男とはだいぶ違うね。でも国境まで迎えにきたことは褒めてあげる」

「うむ。大いに賛美するがよい」

「弟を騙ったのはマジで意味不明だけど」

 舜はむうっと唸り、顔を赤くした。また先日の茶番を蒸し返されるとは思わなかった。

 とにかく自分の意図を説明することにした。

「わしは男でそなたは女。男と女はなんといっても出会いが肝心ではないか。偶然にして衝撃の邂逅を果たし、お互い何者か知らずに惹かれ合うのが王道中の王道である。わしは皇帝であることを言い出せず、女は身分違いの恋とも知らず、目の前の幸福を無邪気に信じてしまう。いつか来る別れの予感に密かに懊悩しつつも、二人の距離は縮まってゆく……。そういうシチュレーションに憧れがあるのだ」

 と早口でまくしたてた。

 聞いている途中から、烈は虚無顔になった。

 かなり……いや、全然まったく意味がわからない。

「あんた、頭大丈夫?」

 思わず直球で言ってしまった。

「失敬な。わしはいたって正気だ」

「出会いも何も、私とあんたは最初から身バレしている上に結婚エンドしかないでしょ。わけわかんない身分違いの恋愛妄想劇に付き合わせないでよ」

「確かに国同士の婚姻ではあるが。夢見るくらいはいいではないか……」

「しかも弟て。兄嫁と距離が縮まったら、あとはドロ沼不倫一直線でしょうが。あんたは寝取り男にも寝取られ男にもなるし、誰得のプレイなのよ」

「い、一線は越えない。あくまでも純愛設定である」

「設定の問題じゃない。設定も詰めが甘い」

 と烈は熱くつっこむしかない。

 舜の真向いに腰かけた楊源は、若い二人の他愛もない会話を聞きながら、終始うさん臭い微笑を浮かべていた。

「こすられすぎて新鮮味が皆無な身分差恋愛や義弟不倫ものなど笑止。時代は、倒錯赤ちゃんプレイおぎゃり芸一択である」と自身の特殊性癖へのこだわりを強めていた。


 皇帝とその花嫁の大行列は、蛇行する大河のようにゆるやかに続く。

 しばらく進むと、烈は思いきり馬を飛ばしたくなった。馬首を返すと後方へ一気に駆けていった。

 大行列の最後尾までいくと、粛々とついてくる己の資産、すなわち馬や羊、山羊の群れを眺めた。

 家畜は道端の草を食みながら、ゆっくりと移動している。老いていたり、幼かったりして集団から脱落しそうなものは牧夫が拾って馬車で運ぶ。

 アルパカを積んだ馬車も、護衛に守られながら進んでいた。

 暁の民はアルパカを見ると、一様に目を丸くした。

 大声で叫んで人を呼ぶ者、なぜか泣き出す者、手を合わせて拝む者、念仏を唱えながら馬車のあとをついてくる者が大勢いる。アルパカに手を伸ばして触ろうとする者もいた。

 もしや狙われているのかと烈は危機感をいだいた。

 御者たちに民衆をまいて、自分についてくるよう命じた。

 アルパカは昼も夜も自分のそばに置いておくことにした。


 数時間後、皇帝一行はのどかな村の近くで昼休憩を取ることにした。

 平原のあちこちで火が焚かれ、料理人たちが食事の準備を始める。

 御車を降りた舜は、焚き火のそばに設営された御座(ござ)へ移動した。簡易の食卓の前に腰をおろした。

 アルパカの馬車を引き連れた烈も戻った。

 世話係たちは、馬車からアルパカを降ろした。腹を空かせていたらしいアルパカは、喜々として付近の青草を食み始めた。


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