第4話 烈女、実家のオラオラなバックアップと恫喝でわからせる②
烈は馬に乗ったまま悠々と門を通り抜け、暁の領内へと入った。
門の内側は、砦となっており集落は石壁に囲まれていた。
人影はまばらである。兵士たちの姿も見えたが、一様に「国境警備とかマジだりぃわ」みたいな顔をし、グダグダしている。
輿入れしてきた垂逸の王女を歓迎するムードは皆無だった。
烈は門兵に案内されて、招待所らしき大きな建物に入った。
入ってすぐの、だだっ広い部屋に通された。室内の装飾は豪華だが家具らしきものはない。
部屋の中央には、若い男が立っていた。
身長は烈と同じくらいだが、烈は女としては長身なのでそこそこの体格だった。
容貌は少年の面影を残しており、目鼻だちは小作りでどこかぼんやりとしている。整ってはいるが、印象に残りにくい顔立ちだった。
唯一の特徴であるかのように、左の目尻に泣きぼくろがある。烈は男の顔を無遠慮に観察した。中の上くらいだなと思った。
男の傍には、黒の官服を着た老人が控えていた。
老人が男に素早く耳打ちした。男が口を開いた。
「そなたが垂逸から嫁いできた那侘弟鼓呼氏の王女か」
「そうよ。あんたは?」
男は少し面食らったような顔をした。
初対面でいきなりあんた呼ばわりされるとは思わなかったらしい。
「わしは暁の皇帝の弟の高陵王である。皇帝の命でそなたを迎えに来た。これは楊源。わしの近習で爺やだ」
爺やと親しみを込めて呼ばれた翁、楊源はうんうんと居丈高に頷いた。
烈は憮然とし、室内を見回した。
「あっそう。それで皇帝はどこなの? 私は皇帝と結婚するために暁へ来たんだから。早く会わせてよ」
高陵王はあからさまにムッとした。
「皇帝ならば都におる。ここには来ておらぬ」
「だったら長居は無用ね。あんたに用はないから。早く出立しなきゃ」
烈は冷たく言い放ち、靴の踵を踏み鳴らすようにして、部屋を出ていこうとした。
「ま、待て」
と高陵王は慌てて呼び止めた。
「ここはもう暁なのだぞ。そなたも暁へ嫁いできたなら、この国のしきたりに従うべきであろう。都へはわしが案内するゆえ、勝手な行動をとるな。大体、無礼であろうが。わしは皇弟で王であるぞ」
烈は胸がムカムカした。振り返ると、猛るままに吠えた。
「無礼? 無礼というならあんたらの方がよっぽど無礼だから。北からはるばる花嫁行列が来たっていうのに出迎え一つないし、茶の一杯も出さないし。シケてるにもほどがある」
「シ、シケてる……?」
「北ではね、客は丁重に迎えるもんなのよ。客が来たら、歌と踊りで歓迎して、自分たちは飢え死にしてでも酒をわんさか出すの。羊の丸焼きかコブラのかば焼きでもてなすのが礼儀なんだから」
「コ、コブラ……? かば焼き……?」
「あーあ、暁は金持ちって聞いたから期待してたのに。迎えからしてこのショボさじゃ、都のリッチ生活も期待できないな。やっぱりマヨの叔父貴が言う通り、皇帝はさっさとしばいて北に帰ろうかな」
「……」
高陵王は絶句している。
彼としては特に失礼な応対をしたつもりはなかったが、北の常識は暁のそれとは違うらしい。
そもそもコブラのかば焼きとはなんぞや? コブラなんて食べたら猛毒で死ぬではないか。客に出せば当然客は死ぬ。もてなしとは罠で、最初からだまし討ちの追い剥ぎ目的なのか?
やはり蛮族……と恐れおののいたところで、楊源が「おおおっ」としわがれた声を出した。打ちひしがれたように両手で顔を覆った。
「皇帝陛下もおいたわしや……! このように品性下劣で礼儀をわきまえない蛮族の姫を、妃にお迎えにならなければならぬとは。皇弟殿下にさえこのような不遜な態度なら、主上には一体どのような蛮行を働くことでありましょうか。いいえ、言い訳はいたしますまい。それもこれも、この愚かな爺めが垂逸の野蛮な圧力に屈したがゆえ……。こうなれば爺は死んでお詫びするより致し方なく。どうか、どうか、自裁のお許しを……」
と言いながら、その場に両ひざをついてひれ伏した。
どうやら、政略結婚の暁側の交渉役はこの楊源であったらしい。
高陵王は大きく息を吐いた。
「爺よ、立て。お前が死んだところで事態は変わらぬ。垂逸とは婚姻の盟約が成ってしまった。蛮族であろうとも都へ連れ帰って後宮に納めなくてはならぬ」
ああン? と烈は声を荒げた。
「蛮族蛮族ってうるさいよ。蛮族だけど、見下されて言われるのは腹立つ」
と腰に両手を当ててメンチを切った。
高陵王はヒッと悲鳴をあげて一、二歩後ずさった。
「そんなつもりはない。で、では言い直そう。お蛮族におかれては、本日はお日柄もよく……」
「お蛮族って何よ。丁寧に言ったってだめだから」
「ならば……ば、蛮族先生?」
「それもだめ」
「蛮族……会長?」
「どこの会の誰なのよ」
と烈がつっこんでいると、楊源はゆるゆると勿体ぶりながら立ちあがった。
「自裁をお許しいただけないのなら、爺めは醜態を晒しても生きさらばえるほかありませぬ。地を這い、泥水をすすり、わが卑小の命に代えても暁の帝室にお尽くしするほかありませぬ。燃え尽きて真っ白な灰になりましても爺は、爺はァ……!」
と媚びへつらいに余念がないが、高陵王は鬱陶しそうに眉を軽く顰めただけだった。
「爺、やかましいぞ。自裁ムーブはもうよい」
「……御意」
「今はこれをいかにすべきか考えねばならぬ。無作法だが北の王の娘であるからには、それなりの位階を与えねばなるまい」
高陵王の求めに、楊源は本来の職務を思い出した。
むむむと唸ったあと、声を顰めて耳元に囁いた。
「そうですな。猛人あたりでよいのでは?」
「もう少し上でないとまずいのではないか」
「この鳥頭ではどのみち位階が何であるかもわかりませぬ。黙っておればよいのです」
烈は小声で話す二人をきつくねめつけた。
「ちょっと聞こえたよ。猛人て何よ?」
烈の地獄耳に、高陵王はビクッと肩を震わせた。
しぶしぶといった面持ちで説明した。
「猛人とは……後宮での妃の位だ」
「それが私に与えられるってわけね。もちろん一番上の位なんだよね」
「いや……」
と彼はそこで気まずそうに目を逸らした。
「いや?」
「その、なんというか」
「一番、なんだよねェ?」
「一番ではなく十一番目の……側室だ」
二人の間に沈黙が降りた。ひと呼吸置いて烈は叫んだ。
「はあ……?」
そのまま怒髪天を突く勢いで、高陵王に詰め寄った。
「なんで! 私が! 側室なのよ。しかもよりにもよって十一号とか」
「ご、号ではない。序列が十一位というだけだ」
「ふざけないで。この私が十一番目の妾なんて、上に十人も兄貴分がいるなんてありえない」
「兄貴分?」
「舎弟はいても舎兄はいたことないんだから」
烈にとって、自分が誰かの子分になるなど、到底受け入れられない。
故郷では王太女として、そして比類なき実力から常に組織のトップに君臨していたのである。
ガン詰めされつつも高陵王は必死に説明した。
「妾ではない。側室と妾は違う。側室もれっきとした妻だ。妾は愛人だ」
「そんなもの同じだよ。騙されないからね。あんたね、私を誰だと思ってるの? 垂逸の王太女で明朗快傑野猿常勝将軍だよ。こんな下っ端な扱いは絶対に許さないから」
「は? 王太女?」
猛然とまくしたてる烈に、高陵王は驚愕した。
「そなたは王太女なのか? なぜ世継ぎが暁に、他国に嫁いでくるのだ。阿羅裸汗の娘ではないのか」
「私はおやっさんの長女だよ」
即答した烈に、高陵王は困惑の表情を浮かべた。
楊源の方を見て言った。
「爺よ、暁に嫁いでくるのは確か那侘弟鼓呼氏の剣王女であったな」
「左様でございます。剣王女と伺っております」
と楊源は鷹揚に頷いた。
烈は噛みつくように言った。
「事情が変わったの。私は烈。剣は妹」
「そ、その妹はどうしたのだ」
高陵王は勢いよく尋ねた。彼は剣王女が来るものと信じて待っていたのだから当然である。
烈は父の適当すぎる説明を思い出した。
「剣は、確か死を呼ぶアオサギを探しに出て……コンロ爆散で蒸発した」
「……? 剣王女は身罷ったのか?」
「あれ、違った? まあ細かいことはいいから。たぶん妹は生きてるけど、結婚はバックレた。だから私が代わりに来た」
「話が違うではないか。爆散した妹の代わりに王太女が……? 意味がわからん」
「わかんなくていいよ。とにかく私は猛人十一号になんてならないし、認めないから。つうかマジでなんなの? こちらが下手に出りゃあ、ホイホイ調子に乗ってさあ。舐めてんじゃないよ。私は飴ちゃんじゃないんだよ」
「どこが下手なのだ……」
「え? あ? お? なんか言ったァ? 聞こえないなァ、もっと大きな声で言ってくれないとわかんないんだよなァ?」




