第3話 烈女、実家のオラオラなバックアップと恫喝でわからせる①
一ヶ月後、烈は暁国皇帝へ輿入れするため、北の本拠地を出立した。
駿馬にまたがり、大勢の舎弟を従えて平原をゆっくり南下した。
生ける持参金として数百頭の馬や数千頭の羊と山羊、それから馬車に積んだアルパカを三十頭ほど連れている。
アルパカは羊や山羊よりも体が弱く、飼育や繁殖も難しい。毛がとれる以外に家畜としては役に立たないのだが、とにかくかわいい。このかわいさが権力者に利用されることもあった。
例えば、北の民が荒ぶるあまり暴動や焼き討ちを起こそうとすると、大抵アルパカが引き出される。
そして、唐突な餌やり交流タイムが始まる。
アルパカとのモコモコでフワフワなふれあいに暴徒の心はすっかり癒されてしまい、記念にアルパカグッズを買い、何をしにきたのかも忘れておとなしく家に帰ってゆくのだった。
このようにアルパカは愛玩と人心操術のために飼われているのだが、南では珍獣として高く売れるため烈の大事な資産でもあった。
道中では気前よく祝儀をばらまき、那侘弟鼓呼氏の財力を見せつけた。野営するたびに羊を何十頭もさばいて、近隣住民に肉や酒を振る舞った。
ただで飲み食いできるとあって民は大喜びで馳せ参じ、夜ごとに盛大な祝宴が張られた。みなで歌って踊り狂うさまは、さながらパリピのレッツパーティーであった。
豪華な婚礼行列を狙って、途中で思惟痴金族と可怩禍真族が襲撃してきたが、烈はなんなくこれを退けた。
思惟痴金も可怩禍真も阿羅裸汗にボコられて恭順を誓ったはずなのだが、蛮族の習性でそんなことは三日ほどで忘れてしまう。羊と山羊の幾ばくかはかっぱらわれてしまったが、アルパカは無事だったので気にしなかった。
小さなことにこだわっていては、王太女の器を疑われてしまう。
自分の結婚にもケチがつく。敵にも祝儀を大盤振る舞いしてやったと思えば腹は立たなかった。
暁国との国境までは、国軍上級大将で若頭の恵彌嘛與が護衛兼見送り役としてついてきた。
恵彌嘛與は阿羅裸汗の右腕である。
任侠一家あるあるで、阿羅裸汗とは義兄弟の契りを結んでいた。
名前からして恵彌夂刕族の親戚か関係者と思われたが、本人は頑なにエビチリ疑惑を否定していた。
「あっしは宿敵のエビチリとは縁もゆかりもねえ。ただの風来坊の根無しエビでさぁ」が口癖だった。
一行は、明日には暁との国境に到着するところまで来た。
からりと晴れ渡った空の下、烈は先頭で恵彌嘛與と馬を並べていた。
鼻歌を歌う烈に、恵彌嘛與がのんびりと言った。
「にしてもお嬢が嫁に行くとはねえ。あっしは、てっきり阿羅裸の大哥ィのあとを継いで草原の覇者になるもんと思ってたんだがな。世継ぎを外に出すなんて、姐さんも思いきったことをするもんだ」
烈は上機嫌に答えた。
「暁を乗っ取れば垂逸の属国になるから。私が女帝になれば同じことだと思ってるみたい」
「それでもなあ……南のひ弱でチンケな皇帝が旦那になるんだろ。腰抜け野郎にお嬢を満足させられるわけがねえ。いいんだよ。気にいらねえことがあったら、皇帝をブッ殺して骨壺にして帰ってきな」
「ちょっとやめてよ、叔父貴。私はもうヤンキーは引退したんだから。これからはカタギになって真っ当に生きるんだから」
言いながら、烈は頬を赤らめた。
もう元ヤンの過去は封印し、暁国ではコブラなんて見たことも瞬殺したこともないような淑女の顔をして暮らすつもりでいた。
皇帝と結婚し、社交界ならぬ宮廷デビューを果たし、後宮に君臨してゴージャスライフを送る、これが当面の目標である。
「そうかよ、つまんねえな」
恵彌嘛與は残念そうに言い、懐をごそごそと探った。
烈に一通の書状と筒のようなものを渡した。
「お嬢が南のやつらに舐めプされたらいけねえからよ。念のため持っていきな」
烈は書状と筒をしげしげと眺めた。
「何これ」
「暁の皇帝宛ての親書と発煙筒だ。関所に入ったら、まずは軽いジャブだ。親書を叩きつけてメンチを切りな。それでも舐めた態度をとりやがったら、発煙筒に火をつけんだよ。狼煙が見えたら一気に攻め込むからよ」
「えっ、叔父貴。まさか……?」
「だってよぉ、ただの見送りじゃ身体がなまっちまう。せっかく南くんだりまで来たんだ。土産くらい持って帰らねえと嫁にしばかれる。いっちょ暴れさせてくれよ」
恵彌嘛與は拗ねたように言い、烈の肩をポンと叩いた。
「うん、保険ね」
簡潔に礼を述べると、烈は馬を止めた。
振り返って目を凝らすと、長い婚礼行列のはるか後方に濛々(もうもう)と土煙が立っていた。煙の向こうに不気味な影が揺れている。
風に乗って、アララララ~アララライライライ~と咆哮のような哄笑のような声がかすかに聞こえてくる。
不穏な蜃気楼に、烈は見覚えがあった。あれはおそらく恵彌嘛與が呼び寄せた、国軍の精鋭たる騎馬軍団に違いない。
隣りの食えない男は、口元に貼りつけたような薄笑いを浮かべている。見送りは口実だった。最初から軍団をもって国境に布陣し、暁を恐喝するつもりでいるらしい。
「そういうことかあ……」
と烈はひとりごちた。
別に腹は立たなかった。自分たちはそうして北の大地でしたたかに生きてきたのだ。隙あらば獲物に噛みつくし、舐められたらトゲの生えた舌で十倍返しするまでだ。
ヤンキーは引退したと言いながら、烈は抑えきれない蛮勇の血が騒ぐのを感じた。
「いいね。悪くない」
声に出すと、胸のあたりが強い酒を飲んだように熱くなった。
特に根拠はないが、ゆるぎない自信とあふれんばかりの高揚感があった。烈はそういう女だった。
翌日、烈は暁との国境である北の関門に辿り着いた。関所である。
一応にも門の周辺は高い城壁が築かれているが、少し離れると両国の間には、やる気のない木の柵が屹立するのみだった。これなら馬ごと飛び越えられるなと烈は思った。
関門が見えてきたところで、烈は恵彌嘛與や舎弟たちと別れた。
ここからは、持参金である家畜の世話係や牧夫、牧羊犬、荷物を運ぶ荷担人や警備の者のみを連れてゆく。




