第2話 烈女、いい歳なのでヤンキーを引退して定職につかんと欲す②
父がウキウキと恵彌夂刕との抗争に繰り出してしまったため、烈は一人になってしまった。
仕方がないので、今度は母のいる天幕へ向かった。
元々、暁国皇帝との政略結婚を推し進めているのは母である。結婚するならするで、もっと相手のことを知りたいと思った。
母の陶支葉は侍女たちと、男たちが略奪してきた金品の選別や整理をしていた。
母の前まで行くと烈は神妙に言った。
「おっかさん、おやっさんから聞いたよ。私、剣の代わりに暁国の皇帝と結婚する」
支葉は意外そうに目を見張った。
「へえ、そうかい。あんたのことだから嫌がるかと思っていた。怒って暴れて家に火をつけることくらいは覚悟していたよ」
娘の激しい抵抗を予期して、支葉は策を練った。
自分が言うと反発されると思い、娘の結婚にはまるで興味がない夫をせっついて話をさせたのだった。烈がこんなにも素直に結婚を承諾するとは思わなかった。
「うん、反抗期だったらそうしただろうけど、私ももういい歳だしさ。いつまでも馬鹿やってらんないし、そろそろ落ち着いて定職につこうと思っていたんだよね」
「定職……。あんたは王太女で将軍なんだけどね」
烈は阿羅裸汗の長女で、垂逸国の後継である。
このままいけば父のあとを継いで、北の蛮族の王になるはずだった。
王太女が無職では世間体が悪いので、一応にも国軍に在籍し将軍の地位を持っていた。日々、匪賊や野盗の討伐に明け暮れ、民の生活と安全を守っていることになっている。
自分たちよりも目立つ悪党どもは潰しているので、あながち間違いでもない。
父から受け継いだ蛮勇をふるう烈は、その圧倒的な強さと俊敏な動きから明朗快傑野猿常勝将軍の号を与えられていた。
しかし、烈からすると、将軍はともかくとして蛮族の王位はいささか肩の荷が重かった。
彼女には彼女なりの、理想のライフプランというものがあった。
烈は言った。
「おやっさんのあとを継いでもいいけどさ~別にバリキャリ志向ってわけでもないんだよね。領土拡大や世界征服に興味はないし、恵彌夂刕族との抗争も面倒だし。私はこんなド田舎の蛮族の王になるより、都会へ出てオシャンティなシティライフを楽しみたい。都会は夜中でもギンギラギンの不夜城なんでしょ。こっちは日が暮れると店が閉まっちゃうからつまらない。おっかさんだって暁の貴族の出なのに、よくこんな辺鄙なところで生活できるよね」
「あたしはこっちの水の方が合っているのさ。きな臭くても自由だし、のびのび好き勝手できるからね」
支葉は、暁国の弱小貴族である陶家の出身である。
弱小でも貴族の令嬢として、そこそこの暮らしをしていたのだが、ナタデココを求めて押し入ってきた阿羅裸汗に拉致されて北の地へやってきたのだった。
そのまま阿羅裸汗の情婦として蛮族の生活に馴染んでしまい、今や立派な極道の女である。
裏社会の女帝として妓楼や売春宿を三十軒ほど経営し、釣られて来た男たちに因縁をつけてぼったくっていた。
金が払えない場合は身ぐるみ剥いだ上、イケメンは闇オークションで売り飛ばし、そうでもないのは軍に放り込んで抗争の最前線に投入している。
表向きは王妃となっているが、周囲からは任侠冷血姐御と呼ばれて恐れられていた。
烈は信じられないという顔をしながら続けた。
「私は南の流行りの服や靴が気になるし、毎日グルメ&スイーツ三昧したい。皇帝なら金持ちだろうし、おっさんでもないみたいだから、この機会に永久就職しよかなと思って。都へ行って宮殿に住んで、旦那の金で遊んで暮らしたい」
支葉は娘の単純さに呆れつつも、内心ほくそ笑んだ。
「どこをどう聞いてもアホ丸出しだけど、あんたが乗り気ならそれでいいよ。とっとと輿入れの準備を進めようかね」
「で、私の旦那になるのはどういう人なの?」
「確か皇帝の釣書が来ているよ」
「皇帝の釣書なんてあるんだ」
「政略結婚は究極の見合いだよ。見合いは条件闘争だからね」
支葉は暁国から送られてきた釣書を渡した。烈はドキドキしながらそれを開いて読んだ。
職業欄には「成山王にして驃騎大将軍、現職は皇帝」とある。
皇帝なので年収は申し分なかった。
城や別荘、直轄地、鉱山や温泉、牧場などの不動産も多数所有している。
身長・体重も書いてあり、これを見る限り肥満体ではなさそうだった。
趣味は「釣り、温泉巡り、読書」である。
好きなタイプ欄は「おそらく巨乳」とだけ書かれていた。
けっこういいかも……と烈は思った。
「思ってたより優良物件だね」
「物件? 皇帝は不動産じゃないよ。ナマモノだよ」
「釣りに温泉……ジジくさいけどこれはいいや。趣味が酒池肉林や奴隷狩りでもドン引きだしね。巨乳が好きそうなのもポイント高いよ」
「南じゃ巨乳は需要あるからね。あんたは案外気に入られるかもね」
と、烈の胸元を見ながら支葉は言った。
烈の全身は鍛えられた鋼の筋肉で覆われ引き締まっているが、胸の辺りは大きく盛り上がっている。ここだけはメロンが丸ごと入ったような見事な豊乳であった。
「とにかくあんたは暁へ行ったら、皇帝をこの乳でがっちりホールドして、バンバンいてこまして子供をボコボコ産むんだよ。他のナオンはしばいて、後宮での地位を固めて宮廷を制圧して、国ごと乗っ取るんだよ」
「え~やっぱり乗っ取らなくちゃだめなの? めんどくさ……」
「娘を後宮に入れるってのに、悪の外戚を目指さない手があるかい。権力を握って専横と暴虐の限りを尽くせないなら、皇帝に嫁がせる意味なんてないよ」
「おっかさんは、悪の外戚って言いたいだけでしょ」
「響きがカッコいいじゃないか、悪の外戚」
「私はもうヤンキーを引退するのに」
烈は不満そうに唇を尖らせたが、支葉は引かなかった。
「だめだよ。あんたも任侠の娘なんだから、少しは垂逸組の役に立ちな」
「国じゃなくて組なんだ……」
「とはいっても、皇帝をシャブ漬け廃人にはしなくていいよ。あたしは悪党だけど、ヤクと人肉饅頭にだけは手を出さないと心に決めてんだ」
なんじゃそりゃ……と烈は思ったが、母の悪逆無道の夢は膨らむばかりである。
とにかく自分は皇帝と結婚して、巨乳で悩殺して子供を産んで、後宮を支配して嫁ぎ先を乗っ取らなくてはいけないらしい。けっこう忙しい。




