6.初光
長めです
ミナとの文通が続き、魔力について語り合うのが当たり前になってきた。
だが今日は手紙は置いて、ユートはただ静かに、自分自身の魔力と向き合っていた。
朝の中庭。空気はひんやりとして心地よい。大きな古樹の影に腰を下ろすと、ユートはそっと目を閉じた。
(もっと上手く魔力を扱えるようになりたい)
そう思うのは、ミナと
——“魔力について話すのが、楽しいから”だった。
呼吸を整える。吸って——吐く。
胸の奥の光の粒が、ふわりと明滅する。追いかけようとすると逃げ、掴もうとすると散る。
「……また逃げた」
小さく唸ったとき。
「坊っちゃん、焦られてはなりませんよ」
いつの間にかそばに立っていたカストルが、微笑みながら温かいミルクを差し出した。
「魔力は呼吸と心に影響されます。まずは呼吸を整えてみては?」
ユートは素直に従い、深い、ゆっくりとした呼吸を繰り返した。
やがて——散っていた光の粒が、静かに円を描き始める。
(……いまなら)
追いかけない。掴もうとしない。
ただ、そっと触れるように意識を伸ばす。
(……触れた!)
胸の奥で炎が灯ったような熱。魔力が細い糸となり、胸から指先へすっと流れた。
ユートは思わず目を開ける。
「いま……」
「ええ。坊っちゃん、魔力の芯に触れましたね」
カストルが嬉しそうに頷く。
「その年齢では、非常に稀なことです」
ユートの胸が熱くなる。もっとできるはず——もっと深く。
「もう一回……!」
何度も挑戦する。
二回目は失敗。三回目も散った。四回目は少し暴れ、胸が痛んだ。
それでも諦めず——十回目の挑戦で、再び芯を掴んだ。
今度は三秒。明確に魔力が“一本の線”になる。
(……すごい。さっきより、はっきりしてる)
そして——その瞬間だった。
胸の奥の光が少しだけ、形を持った“何か”に見えた。
ユートは凍りつく。
(……え? いまの……)
光はただの粒ではなかった。
細い、巻きつくような線。柔らかく揺れる紋様。まるで小さな“羽根”の影のようにも見える。
ほんの一瞬。一瞬だけ。
けれど――確かに“形”を持っていた。
「カストル……今、なんか見えた」
ユートは息を呑んだまま言う。
「形、ですか?」
「うん……光が、ただの粒じゃなくて……なんか、こう……羽みたいに見えた」
カストルの表情が、一瞬だけ固まった。
「坊っちゃん……それは……」
言いかけて、カストルは言葉を濁す。
その反応でユートは悟る。
(これは……普通じゃないんだ)
「ふつうは……魔力のかたちなんて見えないの?」
ユートは率直に聞く。
カストルはゆっくりと首を振った。
「魔力は“形を持たない力”だと言われています。見えるとすれば、それは……才能という言葉では足りません。坊っちゃんの……資質そのものかと」
ユートは胸の奥がぞわりと震えるのを感じる。
けれど、不思議と怖くはなかった。
むしろ——
(もっと知りたい……もっと見たい)
その感情が強く芽生えた。
カストルは深く息をつき、温かい視線を向ける。
「坊っちゃん……魔力の形が見えるということは、その魔力と、非常に深い相性がある証拠です。どうか焦らず、少しずつ育ててくださいませ」
「……うん」
ユートは胸に手を当てる。
そこにはまだ繊細な熱。その熱の奥に、羽のような紋様が微かに揺れている気がした。
(ミナに……言ったら驚くだろうな)
でも今日は言わない。これは、自分が初めて見つけた“自分だけの秘密”だから。
風が吹き抜け、古樹の葉が揺れる。その下でユートは小さく息を吸い——また魔力へと意識を沈めていく。
まだ名前のない“形”を探すように。
ユートの魔力は確かに一歩前へ進んだ。
その日の夜、ユートはなかなか寝つけなかった。
胸の奥がずっと、じん……と熱いままなのだ。
昼間にようやく掴んだ“魔力の芯”の感覚。あれが心臓の隣にこびりついたみたいに離れない。
(変だ……こんな感覚、今まで一度もなかったのに)
ユートは布団の端を握り、ゆっくり息を吐いた。
部屋は静かで、月の光だけが薄く差し込んでいる。寝ようとしても眠れそうにない。落ち着かない熱が体の中をぐるぐる巡っている。
(……少し外に出てみよう。動いたら、少しは落ち着くかも)
小さく決意し、そっと布団を抜け出す。床に足をつけた瞬間、なにかふわっとした魔力の反応が足元に揺れた。
(え……? いま……)
だがすぐに消えてしまい、気のせいだと自分に言い聞かせる。
ユートは静かに廊下へ出て、できるだけ足音を殺しながら中庭へ向かった。
扉を開けた瞬間、夜の空気がひやりと頬をなでる。
(……気持ちいい)
昼間より力の抜けた冷たさだ。ほんの少しだけ、胸の熱が和らぐ。
中庭は月明かりで淡く照らされ、花々は眠っているように静かに揺れている。
ユートは庭の中央で足を止め、胸に手を置いた。
「……魔力、どうなってるんだろ」
昼よりずっと濃く、体の奥深いところで光がうずまいているのを感じる。
もう一度だけ、確かめたい。
深呼吸。吸って……吐く。
――その瞬間だった。
胸の奥で、光の羽根がふわりと広がった。
ユートは息を飲んだ。
(まただ……昼間見えた“形”……でもさっきよりずっと、はっきりしてる)
柔らかな曲線。薄い膜のように透き通った光。羽のようにひらひら揺れる紋様。
それが胸の中心でゆっくり揺れている。
何か言おうとしたとき、
ぱんっ!
胸で小さな衝撃が弾けた。
「……っ!」
ユートの身体がびくんと震える。
次の瞬間――魔力が、あふれ出した。
止めようとしても止められない。ダムが決壊したように、どんどん身体の外に流れ出していく。
「え……ま、待って……!」
両手で胸を押さえたが無意味だった。
足元に光が広がる。円を描くように波紋が広がり、庭の石畳の上で明るい淡光が揺れる。
その光が、ユートの呼吸に合わせて脈打つ。
(なんだよ……これ……!止まらない……!)
魔力は羽根の形をした光となり、胸からふわりと舞い上がった。
夜空へ向かって、片翼のような紋様が静かに広がっていく。
ユートはその場に立ち尽くす。
言葉を失うほど、その光景は美しかった。
恐怖よりも――ただ圧倒され、心の奥が震えていた。
(これ……本当に俺の魔力……?)
誰もいないはずの庭。なのに“世界そのものが息を止めて見守っている”ように感じた。
月明かりが光の羽根を照らし、淡い風がそれを押し広げる。
どれくらい続いただろう。
やがて光はゆっくりと薄くなっていき、羽根の紋様は空へ吸い込まれるように消えた。
魔力が外へ流れるのをやめた時、ユートは膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
汗が頬を伝い、薄いシャツが胸に張り付く。
だが、その苦しさの中で――ユートは気づいた。
(……世界の音が、聞こえる)
本当に、聞こえていた。
風に触れた葉の擦れる音。庭の土が動くかすかな気配。どこか遠い場所で小動物が跳ねる気配。
全部自分に向かって流れ込んでくるように明確だ。
耳が良くなったわけじゃない。
――感覚そのものが研ぎ澄まされたのだ。
(なんだよ……これ……?)
不思議と、怖くない。
それだけじゃない。
ユートは顔を上げ、夜空を見た瞬間、言葉を失った。
空気の中に漂う“魔力の流れ”が見えている。
白い糸のような流れ。青い粒子。薄紫色の霞。温度の違う風のように、色が滑らかに混じり合う。
(こんなの……見たことない……!)
手を伸ばすと、魔力の流れがふっと避けた。まるで水面に指を入れたときのように。
(俺の……魔力に反応してる?)
胸の奥を見ると、片翼はまだゆっくりと羽ばたいているように揺れていた。
そして――
ユートが軽く息を吸った瞬間。
周囲の魔力が“同じリズム”で揺れた。
「っ……!」
小さな奇跡のような現象。
ユートの魔力が、“周囲の魔力の流れを引き寄せ始めた”のだ。
まだ三歳。普通の子どもならあり得ない感知能力。あり得ない魔力量。あり得ない影響力。
ユートの初光は、“異常”だった。
もちろんユートには、それがどれほど特別か分からない。
ただ胸の奥が温かく、世界が今日から違って見えることだけは理解した。
(俺……なんだかすごいものを見てる気がする……)
ふと、庭の花に視線を向けた。
たまたまその花が、月光を浴びて輝いて見えた。
ユートは軽く息を吐いた。その瞬間、花の周囲にふわっと光が走る。
(いま……花が光った?俺の……息で?)
ほんの一瞬の小さな現象。けれどそれは、明らかに“魔力の干渉”だった。
(……すごい……)
怖さよりも、ただ驚きと高揚感があった。
そのとき――
「……ん?」
屋敷の遠くで、扉の軋む音が聞こえた。
見回りだ。
(まずい……!)
誰にも見られたくない。見られたらきっと、説明できない。
ユートは慌てて中庭を抜け、廊下へ戻り、息を殺して自室へ滑り込んだ。
布団に潜り込み、胸を押さえて深呼吸する。
胸の片翼は、ゆっくりと静まり始めていた。けれど完全には消えず、眠りにつく直前まで微かな光を放っていた。
(明日になったら……きっと、もっといろいろ分かる)
瞼を閉じると、光の羽根の残像がやさしく揺れ続ける。
――その夜。ユートは誰にも知られず、人生で初めて魔力を“世界に示した”。
初光とは、文に書いている通り初めて世界に自分の魔力を示すことです。普通は儀式によって行われます。
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