3.魔力操作と小さな異変
翌朝。
ユートが目を覚ました瞬間、カーテン越しに差し込む光が淡く揺れて、その眩しさで世界がゆっくりと形を取り戻していった。
赤ちゃんの体はまだ小さく、思い通りに動かすにはほど遠い。それでも、昨日より腕の動きが少しだけスムーズになっている気がする。
(……うん、確かに違う。昨日の小さな努力が、ちゃんと俺の中に残ってる)
指を動かす。
ぎゅっと拳を握る。
それだけでも、関節から微細な熱が広がるような感覚がある。
赤ちゃんの体で感じる世界は、前世とは完全に別物だった。
布の質感、空気の温度、ベッドの柔らかさ……どれもが鮮明すぎる。
その心地良い感覚に浸っていると、扉がそっと開く。
「おはようございます、坊ちゃん」
乳母ベアトリスが、いつもの優しい声で近づいてくる。
彼女に抱き上げられ、胸元の温かさを感じながらユートは小さく手を伸ばした。
今日はその手が、昨日よりも“狙い通りに”胸元の布に触れる。
「……あら? 本当に成長が早いですね。昨日はここまで動かなかったのに」
ベアトリスが目を丸くする。
赤ちゃんとして不自然と思われるほどではないが、確かに早い成長だ。
(よし、これで経験値もまたちょっと増えるな)
嬉しそうに笑うベアトリスに抱かれ、ユートは体を軽くよじってみる。
その感覚の一つひとつが成長につながるなら、どんな小さな行動も無駄ではない。
朝の授乳を終えると、ユートは窓際のベッドにそっと寝かされた。
その瞬間――胸の奥に、妙なむず痒さが走る。
(……これは……?)
心臓の鼓動とは違う。
体温とも違う。
内側からじんわり広がる流動感。
熱いような、冷たいような、不思議な“流れ”が全身に満ちていく。
そのときだった。
――ポンッ。
視界の横で、小さな水色の光が弾けた。
(! ……魔力……? これが?)
光はひらひらと揺れ、ユートの指先に触れると、まるで意志を持ったかのように消えた。
赤ちゃんの体だからこそ敏感に感じ取れたのかもしれない。
前世の身体では絶対に分からなかった、生まれながらのエネルギー。
(これ……俺の魔力そのものだな)
自覚した瞬間、さらに胸の奥の“流れ”がはっきりしてくる。
魔力の存在を認知したことで、体がそれを“感知”しようとしているのだ。
(感知……できるんだ。なら、いずれ操作も……)
期待が胸に膨らむ。
ユートはすぐにステータスウィンドウを呼び出した。
ーーーーーーーーステータス確認ーーーーーーーー
<基本情報>
名前 :ユート・アルティナール
年齢 :0歳
種族 :人間(転生者)
性別 :男
称号 :《転生者(封印中)》 《創造神の寵愛(封印中)》
レベル :1
HP(生命力) :10
MP(魔力) :5
STR(筋力) :1
VIT(体力) :1
AGI(敏捷) :1.15
DEX(器用) :2.08
LUK(運) :10
<一般スキル>
・魔力感知・未覚醒(NEW・封印中)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(……スキル欄に追加されてる。封印中だけど、これは完全に“目覚めかけてる”証拠だな)
ほんの一瞬の光でも、ステータスが反応するほどの変化だった。
ふと、扉が開いた。
「ユート、起きていたか?」
アレクシオ・アルティナールが穏やかな笑みで入ってくる。
父の存在感は大きいが、どこか柔らかく、威圧感はない。
「今日も元気そうだな。ほら、こっちにおいで」
抱きかかえられた瞬間、ユートは“高校生”として奇妙な気恥ずかしさを覚えつつも、どこか安心感を覚えるのを止められなかった。
(……父親って、こんな感じなのか)
前世では知らなかった温もり。
アレクシオはユートの手を軽くつつき、小さく笑った。
「最近は指の動きもしっかりしてきたな。これは……将来有望かもしれんぞ?」
心のどこかがじんわり温まる。
(……よし、もっと成長して驚かせてやる)
父はそのままユートを抱いて椅子に座り、しばらくの間、ゆっくりと揺らしてくれた。
その穏やかな静寂が、とても心地よい。
午後。
ベアトリスに抱かれて庭へ出ると、色鮮やかな花々が陽光に輝いていた。
噴水の水音、鳥の囀り、馬車の車輪の音。
どれもが鮮やかに耳に届き、赤ちゃんの体はそれらをまるごと受け取ってしまう。
(……この世界の“音”は、本当に生きてるみたいだ)
その時だった。
――空気が止まる。
ほんの一瞬。
けれど確かに、風の流れが消えた。
揺れていた花弁が静止し、噴水の飛沫が空中で止まったように見えた。
視界の端に、昨日より少し大きな光の粒が浮かぶ。
(……これは……俺の魔力が漏れたのか?)
魔力が外へあふれた僅かな瞬間、周囲の空気が反応し、流れが歪んだ。
赤ちゃんの身体から発せられたとは思えない、異常な現象。
ベアトリスは気づかず、優しく花の名前を教えてくれている。
これからの成長への期待が強くなった。
夜。
ベッドに静かに横たわり、ユートは今日の出来事を順に振り返っていた。
自分の魔力が初めて認識され、世界が僅かに反応した。
封印が完全に閉じているわけではないと、はっきり分かった。
(だったら...............やるしかない)
ユートはそっと呼吸を整えた。
胸の奥の”魔力の流れ”に意識を向ける。
(動け...............少しでいい...........)
微量の魔力を指先へ押しやるイメージ。
しかしーー
ーーふにゃっ。
赤ちゃんの指はただ握れただけ。
魔力は動かなかった。
(...........まあ、いきなりは無理か。でも感知はできてる)
何度も何度も繰り返す。
イメージ、集中、圧力、流れ。
赤ちゃんの脳が熱を帯び、意識がふわりと白んでいく。
ーーぽっ。
小さな光が指先で瞬いた。
(...........今の...........少しだけ、動いた?)
胸が高鳴る。
まだほんの少しの”揺らぎ程度”。
だが、確かに魔力は反応した。
(よし、これでいい。毎日やれば必ず進む)
目を閉じると、胸の奥にもう一つ、小さな光が灯った。
それはまるで、ユートの決意に呼応するかのようだった。
新たな目標ができた。
(“魔力操作”だ。いつか完全に習得する...........)
魔力を使えるようになれば、封印された《ガチャ》や《創造神の寵愛》に近づけるはず。
――こうして、0歳の赤ん坊は、誰も知らないまま小さな“覚醒”を始めていた。
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