12.初めての実戦
少しだけ書き方工夫してみました。
ある日の昼下がり。
ユートは屋敷の玄関で靴紐を締めながら、今朝の父の言葉を思い返していた。
「森に行くなら──浅いところまでだぞ。
魔物も弱いが、小さくても油断はするな。
……ユートの剣は安定してきたが、戦いは訓練どおりにはいかんからな」
父の声はいつもの穏やかさの中に、子を思う慎重さが滲んでいた。
「うん、浅いところまで。無茶はしないよ」
「それでいい。……帰ったら、母さんに心配かけるなよ」
そのやり取りを胸に刻み、ユートは森へ向かって歩いていた。
◇
屋敷の裏門を抜けると、森へ続く細道が伸びている。
木漏れ日が揺れる土の道は、何度歩いても胸が少し高鳴る。
森に近づくにつれ、空気の密度が変わっていくのを肌で感じた。
風に乗ってくる草の匂い、木々が蓄えた湿った魔力の気配。
屋敷の庭とはまったく違う、野生の“流れ”がある。
(父さんが言ってたのは……たぶん、この“流れ”のことも含んでるんだろうな)
戦える者にしかわからない、空気の張りつめた感覚。
ユートは少しだけ背筋を伸ばし、足取りを軽くした。
森の入口で魔力感知を一度広げる。
敵意のある気配は──何もない。
(この深さなら、問題ない)
ユートは浅い領域の、開けた小さな場所へ向かった。
訓練をするにはちょうどいい、陽当たりの良い一角だ。
◇
空を仰ぎ、ユートは呼吸を整える。
「よし……始めよう」
鉄の短剣を抜く。
空気を切る金属音が、静かな森に気持ちよく響いた。
踏み込み。
斬り下ろし。
腰を回し、刃に重心を乗せる。
(……昨日よりも流れがいい)
筋力、敏捷性、魔力操作──
どれも“八歳の身体”に馴染んできている。
ユートはフォームを変えながら何度も斬撃を試す。
剣を振るたびに、日々の積み重ねが動きに滲んでいるのがわかった。
一通り動き終えると、腕に心地よい疲れが残る。
(森の空気に慣れてきたし、次は軌道変更の練習──)
そう考え、短剣を構え直したところで。
──ピクリ。
魔力感知が、細く針のように跳ねた。
(……違和感)
風ではない。
魔物の“存在”だ。
『ユート、今の……魔力がちょっと揺れたよ?』
光の翼を通してミナの声が届く。
『まだ姿は見えないけど……何か来てる』
ユートは静かに周囲へ視線を走らせた。
ガサッ──。
茂みをかき分けて現れたのは三匹の小型狼。
灰色の体毛に黄の瞳。
──《スモール・ウルフ》。
浅い領域ではよく見られる“弱い魔獣”。
だが、ユートにとっては初めての“本物の敵”だ。
『ユート!? 無理は絶対ダメだからね!?』
『うん、わかってる。浅い場所だし、スモール・ウルフなら……いける』
父の言葉を思い出す。
──“小さくても油断するな”──
ユートは短剣を構え、呼吸を鋭く整えた。
ウルフたちが唸り声を上げながら距離を詰める。
一匹目が跳んできた。
ユートは半歩退き、斬り上げ。
ズッ。
刃が柔らかい肉を裂き、ウルフが横へ転がる。
だが──
二匹目、三匹目がほぼ同時に左右から飛びかかる。
(……囲まれてる!)
ユートは後ろへ下がって距離を取ろうとし──
ザリッ!
足場が崩れた。
身体がわずかに傾いた瞬間。
右からのウルフが牙を剥いて迫る。
『ユート!!』
ミナの悲鳴が耳に刺さると同時に、ユートの魔力が勝手に動いた。
右腕に直感的に魔力を集め、強化する。
ガッ!
牙が腕にかすった。
浅い傷だけど、鋭い痛みが走る。
だが、恐怖よりも──冷静さが勝っていた。
(……動ける!)
横薙ぎ。
刃がウルフの胴を裂き、鮮血が散る。
最後の一匹が砂を蹴り、目を細めて飛び込んでくる。
(来る……!)
ユートは息を短く止め、狼の跳躍を凝視した。
次の瞬間──
世界が、わずかにスローモーションになったように感じた。
ウルフの軌道。
牙の角度。
自分の踏み込みの位置。
腕を振り抜く速度。
全部が一本の線として頭の中に浮かぶ。
(見える……!)
ユートは踏み込み、腰を捻り、短剣を突き上げた。
ドスッ──!
刃が喉元を正確に貫き、ウルフが倒れる。
静寂。
森に響いていた鳥の声すら消え、空気が完全に止まっていた。
ユートは荒い呼吸をしながら、震える手で短剣を握りしめる。
腕の傷から血が少しだけ流れるが、深くはない。
『ユート……! 本当に、本当に大丈夫……?』
ミナの声が震えていた。
心配と恐怖が混ざった、弱くて強い声。
『大丈夫。浅い傷だけど……動けるよ』
でも──胸の奥で何かが燃えていた。
初めての実戦。
生き物の気配。
魔力の暴れ方。
剣の通り。
それら全てが重なり、自分の内側で“何かが変わった”と確信できた。
(……剣の感覚が……違う)
手の中の短剣に自然と魔力が集まり、刃の軌道に沿って滑らかに流れる。
意図せず、勝手に。
(こんな魔力の流れ……今まで一度もなかった)
ユートは息を整え、意識を集中させる。
淡い光が視界を覆い、文字が浮かび上がる。
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<一般スキル>
物理系
・基本剣術(中級)
・剣気操作(初級・NEW)
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(……やっぱり、覚醒してた)
「剣気操作」──
魔力を刃の軌道に沿って通す、剣士にとって重要な初歩スキル。
訓練では、どうしても感覚が掴めなかった。
でも今──自然に、身体の中で形になっている。
『ユート……スキル、増えた?』
『うん。剣気操作……初級。
多分、戦いの中で──覚えたんだ』
ミナが小さく息をのむ気配が念話越しにも伝わる。
『本当に……すごいよ、ユート。
初めての戦闘でスキルが覚醒するなんて……』
『ミナが声を飛ばしてくれたから、落ち着いて戦えたんだ』
『……ならよかった。
本当に……無事でよかった……』
ミナの声は少し震えていたが、最後は安心の色に変わっていた。
ユートは短剣を鞘に収め、森の出口へ向かって歩き出す。
腕の痛みが、今日得た成長を静かに教えてくれる。
夕暮れの光が木々の隙間から差し込み、ユートの影を伸ばしていく。
――その影は、八歳の少年とは思えないほど、少しだけ“強さ”を帯びていた。
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