こどもの頃の夢を叶える
子供の頃に成りたかった者、夢見たものたちから……
子供の頃に成りたかった者、二人
小学生の頃、私は、伝記を読む事が大好きだった。各教室の本棚に備えられた本はもちろん、図書室に行っても伝記を探しては読んでいた。その数ある伝記との出会いの中でも私は、二人の人物のように成りたいと思った。 一人は、野口英世。てんぼう、てんぼうと馬鹿にされながらも母親の献身によって立派に成長する姿は、まさに憧れ、ヒーローだった。 もう一人は、エジソン。何度失敗しようともへこたれず、いつしか成功を勝ち取ってしまう彼の強さに憧れた。 彼らの職業とは、一体何だったのだろう? きっと、それは、今で言うところの医者とエンジニア。
子供の頃に絶対に成りたくないと思った職業、三つ
小学生どころか、幼い保育所、幼稚園に通う時から、自分には成りたくない職業がハッキリとしていた。一つは、医者。二つは、看護師。そして、3つは、教員だった。この3つは、子供の頃から、自分には天敵だったのだろうか? なぜだか進む道においては拒絶する……奇妙なものだった。 だから、野口英世の伝記を読んだ私は、彼自身には成りたいと思ったが、彼の職業には憧れなかった。 子供の頃に憧れる者たちには、このような矛盾が当たり前に同居する。
大人の言うことに従った道
さて、子供から大人へと育ちつつあった自分は、そのうち、自分よりも周りの大人たちの声を聞いて動くように変わっていた。何をするにもまずは、親の顔色を伺い、先生や教師の指示を聞く。一見、良さそうに見える行為だが、成長して大人になった自分から見れば、最悪だ。自分で考えもせずに決めた道。そこを歩かされた自分からすれば、実に、時間がもったいない。 大人たちの声を聞いて育った自分は、大人たちが言うままに学校を卒業して、進路も迷わず従った。そこで働きながら学んで国家資格も取った。そこから実務経験を積みさえすれば独立開業だって出来る。自分は、それなりに頑張った。振り返る自分にとっても褒めてやりたい……。だけど、降りかかった現実はそうではなかった。
こどものころの夢を叶える道
ある日、突然、同級生の訃報が届いた。思いもよらない連絡……。驚くより何より、これは現実……。認めるより他は無かった。 同級生の葬儀に行った。そこでも他の同級生たちと出会い会釈をする。皆、顔が強張り緊張している。葬儀の参列者たちが遺族との挨拶を終える際、出口付近に飾られた故人の思い出の写真を見つめた。行く人たちが足を止める場所。自分も一緒に写真を見つめる……。多分、そこで自分は、魂のスイッチが切り替わったのだろう。 「本当に行きたかった進路は、何だ?」
前世占いが教えてくれた事
久しぶりに同級生たちと会って語り合った後で、ふとした事から流れて来た動画には、前世についての記述が映し出された。それは、生まれた日によって前世での職業が分かる……と言うもの。それを信じることも信じないことも自由にあるのだが、その時の自分には、丸で納得が行ったものだ。そこに記されていた職業こそが、自分が、これまでに歩んで来た職業そのものだったから。「なるほど、このことか……」自分には、静かに合点が行った。周りの大人たちが進めるままに歩んだことは、前世からの続きだったのだと。だからこそ、何の接点も無い筈の道が突如として目の前に現れ、そこにシフトして行ったのだと……。
自分を傷つけるだけの道だった……
大人たちの声を聞いて歩んだ道は、自分を傷つけるだけの道だった。何よりも自分を蔑ろにする道で、自分には何の権限も無い。寂しいだけで、周りからの思いやりもない。ただただ、大人たちが言うことを満足させる道……。 この道に居たままの自分では、幸せを考えることも出来ようも無い。馬車馬のように働かされて、動けなくなるまで使われた。残るのはただ、同世代よりも僅かに高そうな給料とボーナスのみ。それらを使う時間も自由も無し……。 地獄に仏と人は言う。 こんな惨めな自分にもポツリ、ポツリと助ける何かが現れて……。自分はそれに導かれて、やがて、自分を傷つけるだけの道を離れた。
健康で穏やかで元気になった道
自分は、これまで歩んで来た進路、職業、交友関係、これらをすべて、リセットした。いわゆる、人間関係リセット症候群。まさに、これをある時期に実行をした。それで自分の生活はどのように変わるのだろう? 好奇心も含めてのアタックだ。 この期間に自分は、仏教にも親しんだ。新しい道、新しい交友関係。それまでに出会うことの無かった道。自分にはこの道も楽しかったし、他では、まず、得られない、何ものにも代えられない出会いをしている。この事が、後の自分を変えている。それは、健康で穏やかで元気溌剌の道だった。
さあ、子供の頃の夢を叶えよう
大回りをして、寄り道をして、クネクネと屈折をしてたどり着いた今ここは、人生のセカンドステージを上る道。それでは、子供の頃に見ていた夢を叶えよう。 自分は、エジソンに憧れていた。だから、彼のように発明家に成りたいと無邪気に思った。勉強することもいつかは、発明家への道に成るのだと子供心に思った。けれども、自分の勉強の道は、子供の想いとは別の場所へと行き、いまここへようやくたどり着いた。さあ、今度こそ、夢を叶えよう。 なぜ、いま、こんなことを言えるようになったのか? それは、たった一枚のビラだった。自分は、まだ諦め切れなくて、何かしらと気になったことへの勉強は続けていたのだ。そして、時に応じて、その勉強の試験などを受けていた。 たまたま、その受験会場で配られていた一枚のビラの中に、その一文が記されていたのだ。子供の頃に夢を見た仕事が出来る士業を。 「これは、まだ、諦めなくて良いんだ!」 自分には、天が、そう言ってくれているように思えた。先に逝った友達もきっと天使となって、目の前に現れてくれたのだと。上から見れば、この世のことなどお手のもの……。どんな道だって、地上から見れば先が見通せなくっても、上から見れば一目瞭然……。このビラは、その片道切符で……。
どんな夢だって具体的に表せられる
昨日までの自分には出来なかったこと。それは、自分がやりたいこと、やりたい夢を言葉にして書き出すこと。だけど、いまは、それが出来る。たった一晩で、夢が具体的に動き出す。人間の夢と現実は、こんなにも簡単なものだ。ただ、それを、諦める人は諦めてやめてしまう。そこでまた道が変わって行く……。 自分もそうだった。やりたい事も出来ないと諦めた……。 でも、ここからは、具体的に書き出した夢を現実に変えて行く日々。それは、穏やかで、充実した道になっている
諦めなかったことで続いた夢の道標……




