プリズムの牢
その牢は、さびれた街はずれにあった。誰も近づかない、忘れられた場所。そこに閉じ込められていたのは、ひとつのプリズムだった。
人ではない。物でもない。けれど、確かに「存在」していた。
鉄格子のはまった小さな窓から、毎朝一筋の光が差し込む。光は、プリズムに触れる。すると、暗い牢の壁に、七色の虹が広がる。
看守は言った。「あれはただの光の屈折だ。美しく見えても、牢の中にある限り、意味はない」
囚人は言った。「あれを見ると、少しだけ生きていたくなる」
ある日、牢の外から見学者が来た。虹を見て、こう言った。
「なんて幸せそうな牢だ。まるで祝福されているみたいだ」
看守は笑った。「あれは不幸せの顔をした幸せかもしれない。いや、逆かもしれない」
その夜、プリズムは静かに割れた。誰も気づかなかった。
翌朝、光は差し込んだ。けれど、虹は現れなかった。
囚人は言った。「牢が暗くなった」
看守は言った。「牢が静かになった」
見学者は言った。「牢が普通になった」
誰も、プリズムのことを覚えていなかった。
けれど、壁の奥深くに、七色の痕跡が残っていた。
それは、幸せの顔をした不幸せだったのか。
それとも、不幸せの顔をした幸せだったのか。
誰にも、わからなかった。
連載版もあります。
詩小説ショートショート集
わたしとAI君とのコラボレーションです。
このショートショートのもとになった詩は、連載版「われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー」で読めます。
ショートショートタイトル「プリズムの牢」の原詩は「prism in the prison」です。




