第2話:女と宇宙と500万
5:30を知らせる目覚ましが、私を無理やり動かす。
私は自殺志願者、望月朱理、26歳の会社員だ。
私には夢も特になく、ベンチャー企業に流れで就職し、毎日をただただこなしている。
今日も目覚めて、食パンを口にし、支度をして家を出る。
足の疲れを抱えたまま、奴隷のように会社へ向かった。
私の会社は8時に始まるが、上司の指示で私はその30分前から掃除をしている。
私以外には誰もいない朝の風景も、3年も見れば何も感じなくなった。
しばらくすると、続々と社員が出社してくる。
社訓にある「あいさつ第一」に従い、私は挨拶をする。
しかし、社員も部長も返事を返す気配はなく、朝から毎日憂鬱だ。
8時になると、掃除への感謝のひとこともなく、全員がテキパキと働き出す。
私はストレスを抱えながら、いつも通り仕事を片付ける。
他の女子社員の内輪話を横目で見つつ、12時までフル稼働でパソコンに向かう。
恒例の上司の意味のない声かけも、もう完璧に受け流せるようになった。
淡々と仕事をこなし、12時のお昼休憩の時間。
だが、この時間も上司の指示で半分以上潰れてしまう。
コーヒーを買ってこい、資料を刷っておけ——命令を終えた頃には、休憩は15分もないことが多い。
午後の仕事も長く、日が暮れても続く。
休憩は各自自由に取れるはずだが、押し付けられた仕事を片付けないと、何をされるかわからない。
結局、帰宅して電車の中の記憶もないまま、靴を脱がずに玄関に座り込む。
帰宅できるのは10時を過ぎることが多い。
疲労が溜まりに溜まり、何も行動できない。
だから、日付が変わる前に人間らしい生活をして寝る、といつも決めている。
そんな辛い日常をが続いていた。
会社でのいじめに耐え、日々をやり過ごす生活を過ごしていた。
ネットで騒がれるほどのいじめなのか、これはいじめに入るのかもわからない。
ただ、会社へ行くことが辛く感じるのは間違いない。
しかし、ここで辞めることもできない。
大抵の会社は雇ってくれないし、行くあてもない。
もうしばらくは、こんなことで悩み続けるしかない。
そんな時、テレビからこんなものが流れてきた。
<プロジェクト《ほしくず》遂に1人目が出発。>
どうやら、私のような人間が宇宙へ行けるプロジェクトらしい。
少し気になったので、ネットでいろいろと調べることにした。
このプロジェクトは近年政府が打ち出した自殺に関する計画であり、役所でもらえる用紙で応募した後500万円を支払うことで、ロケットが手配されるシステムらしい。
なんなんだ?この計画は——。
疲れと呆れと驚きで複雑な気分になってしまったので、テレビを消して、もう寝てしまうとベットに入った。
しかし、なかなか寝付けない。
何故だろう。
どうにも、さっきの計画が気になって仕方がない。
なぜあんなものが魅力的に見えるのか、わからない。
500万なんて大金を支払わなければいけないのも、意味不明だ。
ただ、それよりも、私は宇宙に行きたくてしょうがなかった。
地球に居たくない。
ここよりも宇宙がいい。
久しぶりに、自分から湧き出る欲望に、制御できない感覚で襲われた。
「宇宙へ行ってみたい——」
心の底からそう思った。
もちろん、地球でやりたいこともないわけではない。
行きたい場所も、着たい服もある。
でも、それを横目で眺めるうち、日々の体力を消耗し、何もかも通り過ぎてしまう。
ただただ、それが嫌だった。
会社や社会のためにこんなことを思わなければいけないのは、もっと嫌だった。
そんな地球に執着して500万を消費するくらいなら、死んでもいいから、宇宙から地球を見下ろしたい——。
ああ、宇宙はどんな景色だろう。
地球は——今まで暮らしていた場所は、どれだけちっぽけに見えるのだろう。
漠然とした宇宙への妄想で、全く眠れそうにない。
ワクワクが胸に残って止まらない。
決めた。応募しよう。
500万円までの道のりが長いことはわかっている。
まだまだ出社しなくてはいけないのはキツい。
それでも、この泥沼から抜け出せるこのプロジェクトに応募しないわけがない。
そう決意した私は、明日に備えて目を閉じた。
それからというもの、あんなに辛いと思っていた日々も、あまり気にならなくなった。
以前より仕事を増やして取り組むようになり、上司も口を出さなくなった。
「最近の望月さん、なんか無駄に元気でムカつかない?」
と、周りの同僚が口にしている。
が、そんなこと本当にどうでもいい。
私はもう、私の幸せを見つけたのだ。
周りがしょうもない人間関係に悩む間に、私は宇宙へ行ける。
そう思うと、仕事中でもワクワクしてしまう。
今の生活が、楽しくて仕方がない。
もちろん、お金が貯まったらこの楽しみは消えてしまう。
それでも、今を楽しめているなら、それでいいと思った。
一日中続くワクワクのせいで、家に帰ってもまだ目は覚めている。
ワクワクが胸に残ったまま、眠れそうもない。
そうだ。
今のうちに、地球を見上げて、宇宙の景色を心に焼き付けておこう。
そう思って、すぐに家を飛び出す。
だが、都会に住んでいるため、星はあまり見えなかった。
少し悔しいが、それでも良かった。
早く宇宙から地球を見下ろしたい。
今はただ、それだけのために。
私は空の写真を撮り、足音を立てながら家に入り、眠りにつく。
そんな楽しい日常が続き、気づけば、500万円が貯まっていた——。
第2話:女と宇宙と500万 終
お読みいただきありがとうございます!
創作意欲が湧いて一日で第2話まで書けちゃいました!!
そして第一話から、文字が2倍以上に増えちゃいました。
長くなってごめんなさい!!
第3話はマジでいつ投稿するかわからないですが、待ってくれたり、応援してくれると嬉しいです。
ありがとうございました![期待の大型新人]でした!