最終話:ほしくずの中を泳ぎたい
「ガス自動噴射装置起動まで残り100秒。残り100秒。」
は? 自動噴射装置??
聞き慣れない単語に、脳の処理が追いつかない。
え? 2分もないうちに私は死ぬ?
そう理解した時、全身の毛穴から冷や汗が溢れる。
と同時に、胸を針で貫かれたような痛みに襲われた。
「…っうぅぅ」
言葉にならない声が口から溢れる。
どうしようもなく痛い。
私は悟った。
もうこの痛みから逃れられることはないだろうと。
だが、それでも私はまだ生きていたかった。
余力を使って、何かできないか辺りを見渡す。
そうだ! ガスの発射口を塞いでしまえばいいんだ。
そう思ってロケットの装甲にパイプがないか探した。
が、穴が複数あり、塞ぐことは不可能だった。
クソッ!
「残り60秒。」
いや、まだだ。
他のロケットを見れば、何か分かるかもしれない。
私は再び窓の外を覗く。
すると、私の目に死角から何かが飛び込んできた。
白身がかっていて、少し丸みを帯びている。
そして、先端になるにつれ尖っていく。
間違いない、《ほしくず》のロケットだ。
だが、私の知っているロケットではない。
窓は割れていて、装甲はめくれている。
そして、中に人はいなかった。
そんなボロボロな機体が私の目に映る。
隕石にでもぶつかったのだろうか。
もしくは、ロケット同士で…。
バラバラになった部品が、地球の引力に吸い込まれ、発火していきながら落下していく。
よく見ると、細かい部品は無数にあり、ロケットの機体の数を優に超えていた。
その悲惨なロケットを見て、私は震えが止まらなくなった。
もしかして、私もああなってしまうのか?
バラバラになって、宇宙を漂うのか?
また地球に引き戻されるのか?
それとも、このロケットの墓場の中に居続けるのか?
そんなのは嫌だ!
私は座席から立とうとする。
が、私が暴れそうと判断されたのか、ベルトの固定が強固で外れない。
ああもう!
「残り30秒。」
ああ、ダメだ。 もう時間はない。
こんなことなら、説明音声をしっかり聞いておくべきだった。
そう後悔する。 だがもう遅い。
そもそも、ロケットに乗ってしまった時点で救いなどない。
私は自分で決断してしまったのだ。
ここで死ぬと、そう決めてしまったのだ。
そんなこと、分かっていたはずなのに。
結局私は、死ぬのが怖いただの人に…。
いや、違う。
始めから死ぬのは怖かったんだ。
そんな事に気づくのに、馬鹿みたいに時間をかけてしまった。
自分から目を逸らして、死から目を逸らして。
肝心なところで答えを出せない。
こんな私、望んでなかった。
でも、全部私が蒔いた種だ。
全部、全部、私のせいなの…?
私の問いは、10秒で考えられるほど易しくなかった。
自分に思い聞かせるように、深く溜息をついた。
もっと自分を知れたら、答えが出せたのかな。
私の大粒の涙が、宙に浮いていた。
最期に、宇宙に答えを求めてみる。
「私は…今までずーっと…何がしたかったんだ…?」
「3、2、1、0、作動」
プシュ———
答えは、返ってこなかった。
「続いてのニュースです。プロジェクト《ほしくず》の総参加者が、10万人にまで昇りました。
その影響により、ロケットの機体や部品が地球の周りを漂い、まるで土星の輪のような状態になっており、ここ日本からでも、輪が見えるようになってしまいました。
その結果、陽の光が減少し、植物の成長が遅くなり、作物などが育ちにくくなるという問題が発生しました。
この事態に専門家らは———。」
「おいおい、誰だよテレビ付けっぱにしたやつ!」
乱暴にそう言って、男がテレビを消す。
「俺じゃないっすよ〜」
小柄な男が答える。
「つうか、10万って凄いっすね、先輩」
「まあな、俺らがこの仕事について、なかなかの数の人間を打ち上げたからな」
「先輩!今日って打ち上げの予定ありましたっけ?」
「今日は1人予約があるな」
「ひえ〜、めんどくせ〜」
「いちいちうるせえなあ、そんなに嫌ならメール書くとこに移動しろよ」
「え〜、いやあそこはあそこでキツいらしいっすよ」
「ったく、クソうるせーのを追い出せると思ったのに」
そう会話を交わしながら、男達は何やら準備をしている。
「あー、麻酔がなくなってきたな。お前、ちょっと貰ってきてくれ」
「え〜、またっすか。ていうか、なんで麻酔なんて使ってるんすか。他の発射場所の人達は持ってなかったっすよ」
「いいんだよ、どうせ死人になるんだから」
「先輩、だんだん本部寄りの考えになってきましたね」
「まあ、結局知らん奴の命なんてそんなもんだろ。んーよしっ、お前ら準備できたか」
「だいじょぶっす」
「よし、これが終わったらどっか飯行くぞ」
「え、あざーっす」
そうして男達は、笑顔で参加者を迎える。
もう何度繰り返しただろうか。
彼らは別に、この仕事を特別だと思っていないし、この仕事を愛しているわけでもない。
だが、彼らはこの仕事に今日も勤める。
それが彼らの、「死なない為の生きる術」だから。
だから、続けるのだ。
そんな日常はもう、彼らにとって普通で、当たり前で。
他の役員もそう、みんな。
もう答えなんて、出せそうも無くて。
そのうち、答えを考えるのをやめる。
そうして、いつも通り、打ち上げの準備をするのだ。
ほしくずの中を泳ぎたい 完




