第11話:私の番
私の寿命は、あと約1日。
それなのに、何もできない。
部屋から出られない。
震えて動けない。
胸も酷く痛む。
結局私は、このまま死を待つしかないようだ。
私は、あんなふうになるのか?
嫌だ。 あんな死に方、絶対に嫌だ。
でも、もし抵抗なんてしたら…。
昨日の打ち上げの瞬間の記憶が、フラッシュバックされる。
今思い返しても、足がすくんでしまう。
ダメだ。 立てない。
なんとか立とうとしたが、バランスを崩して、床に横たわってしまう。
精神的に疲れていたせいか、そのまま眠ってしまった。
その日の夢は、悪夢そのものだった。
どこまで行っても暗い地平線を私は走り続ける。
後ろからは、笑顔の男たちが、注射器を持ちながら追いかけてくる。
私は必死で逃げたが、遂に崖に追い詰められてしまった。
正面には、そこの見えない崖。
背面には、今すぐにでも麻酔を刺そうとしている役員。
もうどうしようもない。 終わった。
その場に泣き出しそうになったが、そうしたら役員に捕まってしまう。
私は、なんとか役員に麻酔を打たれないように、足を後ろに引こうとする。
が、足は崖の底に突っ込んでいた。
…あ。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛
…あかり様。
…もちづきあかり様。
え?
い…イヤア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!
起きたら突然、ニコリと笑っている役員の男が、私の顔を覗き込んでいた。
私は、叫び続けながら、部屋の隅に避難する。
男はそんな私を見て、表情を変えずに、こう告げた。
「ロケットの準備が整いました。」
そこでようやく、ここが現実だと理解した。
ああそうか、死ぬんだ。
そう思うと、ぎゅっと胸が苦しくなる。
く、苦しい。 まだ死にたくない。
ここから今すぐ逃げ出したけれど、この部屋には、すでに男が3人集まっている。
注射器は持っていないけれど、きっと昨日の奴らだ。
逃げることは不可能だろう。
私は、男の後を追って行った。
男は真っ直ぐロケットの方向へ向かっていく。
道が作られているわけでもないのに、迷わず進んでいく。
その姿は、やはりロボットの様で、人間味を感じない。
男は止まることなく進み続けた。
まるで、私なんかいないみたいに。
一方私は、まだ心の準備ができていないのか、うまく足を動かせずにいた。
後ろからも役員が来ているので嫌でも進まなければいけない。
けれど、覚悟のない私は、何とかまだここに留まろうとしてしまっていた。
胸の痛みも私の歩みを妨げる。
全身で死から逃れようとしている。
なんて情けないのだ。
あんなに素敵だと思っていた宇宙には、これっぽっちも目が向かない。
目の前のこれから死ぬという感覚を、私はただただ恐れていた。
どれほど歩いたか分からなくなった頃、もうロケットは私の目の前にあった。
死ぬ!殺される!
頭が死の恐怖に支配される。
正気を失い、血管が破裂しそうになる。
ダメだ、死ぬ!
ロケットの入り口が開き、座席が見える。
私の足は、まだ地球の大地を踏み締めようとする。
「どうぞ」
男はそれだけ言って、手をロケットに向ける。
涙が出そうだ。 叫んでしまいそうだ。
もう、自分の表情がどうなっているかも分からない。
これが私の、必死の抵抗だった。
「…? どうぞ?」
「なぜ乗らないのですか?」とでも言いたげな表情で、男は言った。
こいつらには人の心がないのか??
いざ死ぬとなると、どうしようもなく怖いことを知らないのか?
私は乗る覚悟が決まらず、ロケットから目を逸らす。
すると、昨日の部屋から少女がのぞいている事に気づいた。
「…たすけて!」
少女の目を見て、思わず叫んでしまった。
藁にもすがる思いだ。
しかし、もうこうするしかなかった。
が、少女からの返答はない。
「なんできこえないの!!」
その声が届いたのか、少女は窓から見えないように隠れてしまった。
唯一の希望を失い、私はもう声も出なかった。
力が抜けて、その場に倒れ込む。
意識を失くすその前に、役員の顔が見えた気がした。
「…すと、ガスで満たされて、痛みを感じることもなく死ぬことができます。なお…。」
ロケットの説明音声が聞こえる。
座席に押し付けられる感覚。
私の体は、おとなしくロケットの中に収まっている。
ついに何もできなかった。
死ぬ。 死ぬのか。
覚悟は決まっていないが、諦めもついた感じがした。
胸の痛みもない。
そうして私は、体を起こして、窓を覗く。
そこには、白い雲、広い海、遠ざかる緑があった。
それは、私が望んでいた景色。
地球で想像していた何倍も…綺麗。
はぁ。 うまく言い表せない。
ただ、頭の中で処理できるほどの物なんかじゃない、適した言葉があるような物じゃないことだけは分かった。
「なんて綺麗なんだ。」
そう呟く。
そうこうしているうちに、重力がなくなっていく感覚を覚えた。
そろそろ、大気圏を突き抜け、宇宙だ。
そうしてロケットは、重力の縛りを抜け、漂い始める。
そこは、私の知っている宇宙とは少し違っていた。
丸くて美しい地球。
眩しく光る太陽。
より一層幻想的な月。
ここまでは、私も知ってる、美しい世界。
だが、その世界に巣食う異物。
そう、ロケットが大量に漂っていたのだ。
ロケットは、地球に輪を作るように浮かんでいる。
まとわりつくように無数にあるせいで、宇宙の神秘が穢されてしまっている。
せっかくここまで来たのに、こんな終わり方なのか…。
少し儚い気がしたが、もう少し見ていよう。
そう思った瞬間、自動音声が大音量で鳴り響いた。
「ガス自動噴射装置作動まで、残り100秒。残り100秒。」
第11話:私の番 終




