第九十五話 召對されど
「戻ったか明……私と離れてから何があった?」
霊園での一件から一時間程、俺は先生の部屋に立っていた。部屋には俺、先生、そして龍に能力で運ばせた完全に行動を停止したクークラとパペットの姿があった。
「話せば長くなるんだが………簡単に言えばβと交戦した。それも序列で言えば八位の大物とだ」
俺はクークラを指差しながら話し始める。
「ここから暫く歩いた場所にある霊園。そこでこの少女と出会った。どこか掴みどころのない性格で一度はクークラと名乗った。クークラはそこで自身はβ第八位"人形"だと明かした」
俺は先生に先程自身が経験した戦いの全貌を話した。
「そうか……まずはよくやった。βの上位の単独撃破ともなれば大手柄だ。ただ………」
「ただ……どうしたんだ?」
「ふむ、明、お前から話を聞いた限りだと、人形はパペットとやらを無力化されてすぐに自害したんだろう?」
「ああ、そうだ」
「………弱すぎる。その程度の実力でβ内で八位になんぞなれる筈がない」
「少し待っててくれ。一分でいい、時間を貰うぞ」
そう言って先生は深刻そうにクークラの身体を隅々まで凝視する。
「な、何してるんだ?」
「ん? ああ、運命を視ているんだ。何やら嫌な予感がしたもんでな」
先生は俺の質問に答えながらも観察を続ける。
「………そうか」
先生は僅かに顔をこちらに向ける。
「明、結論から話すぞ。まず、この人形は本体ではない」
「は、はぁ? 本体じゃない? どこかで操作してたってのか? それは無茶だろ!」
霊園の近くには他の能力者の気配なんて全く感じられなかった。それより遠くから操作するなんてのは以ての外だろう。
能力の発動には自身の体力を削る必要がある。さらに能力の効果範囲を広げるにはより多くの体力を消費する必要があり、今回のように視認出来ないほどの距離から能力を発動するには常軌を逸したレベルの体力を消費することになる。
先生の発言が正しければクークラの本体は常人ならば一秒と経たずに気絶するレベルの負担を維持しながら俺と戦っていたということになる。
「その無茶を可能にしていたのがこいつだろうな」
先生はクークラの胸に開いている穴へと手を入れる。先生の手には管に塗れた石が見えた。
「それって……能力結晶か?」
かなりヒビが入っており、色もくすんでいるが真っ赤な見た目から辛うじて能力結晶と判断することが出来た。
「ああ、そうだろうな。機械人形を操るための力の大部分をこの塊が担っているんだろう」
「能力結晶から力を引き出すことで本体の負担を和らげるのか………理論として理解は出来るが遠隔操作をしながら能力結晶にまで頭を回すだなんてたった一人の人間に出来ることなのか?」
「そればかりは本人を見てみなければなんとも言えないな。ただ私にはそこまでのイメージは出来そうにないな」
会話をしながら先生は能力結晶に纏わりついていた管をブチブチと音を立てながら豪快に引き抜いた。
「なっ……破壊しちまって良いのか? 人形について何か知れるんじゃ?」
「コイツらはあくまでも操作されていただけの機械人形でしかない。もう情報なんて残ってないだろう。それと、再起動防止だ」
先生はパペットの胸からも手で穴を開けて能力結晶を取り出した。
「さて、現在時点の情報を整理するとしようか。明、お前はここから少し離れた霊園にて不穏な行動をしていたβ第八位"人形"と遭遇した。多少会話を交わした後、交戦。結果単独で撃退に成功した……と」
「ああ、ただ俺が戦ったのは人形本体じゃなくて奴が操作していた機械人形。そして、不穏な行動を取っていた本体はいつ本格的に動き出すのか分からない」
嫌な状況だ。肝心なことは何も分からない。いくら万能な能力『運命』であっても機械人形クークラとパペットから"人形"本体の動向を掴むことは出来ない。
「仕方ない……人形の動きについても気掛かりだが、何よりも最優先は富士山だ。最悪此処……都市群の方に何かあったら綾乃の奴に私達を召喚させるとするか」
「それはつまり……」
「ああ、当初の予定通りに三日後に富士山へと向かう。明、お前は三日の間に療養しておくことだ」
「ああ……分かった」
先生にそんなことを言われて思い出したかのように人形から受けた傷がズキズキと痛む。
「それじゃあ俺はもう部屋に行くよ。先生、コイツらの後始末は頼んだ」
俺はクークラ達のことを任せて部屋を出る。
「クッ、痛みを和らげる能力を持ってる奴でもいればな。『天使』の浄化は俺には効かないし……どうした物か」
俺はそんなことを考えながら廊下を歩いて行くのだった。
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「個体名クークラの消失反応………まあ構わないか」
どこかの実験施設。暗がりの実験室の様な場所にて一人モニターを見ていた女がいた。金髪で僅かに碧眼、目元には深い隈がある。
「手痛いのはクークラよりもパペットを失った方ね。あの個体を破壊されたのは今後に非常に大きな影響が出る」
女はモニターの詳細を見ながら早口でブツブツと言葉を紡いでいる。
「クークラは調査用の個体だったが、パペットは対神話種用に調整した戦闘用個体! ………自信作だったのに!」
歯をギリギリと鳴らしながらまるで赤子の様に手足を振り回して怒りを露わにする。そんな時、近くの机に置いてあった携帯が鳴る。
「んもう! 何よ、今気分が悪いのだけど!」
露骨に不機嫌を表に出しながら携帯の画面をモニターに接続する。
「蛍、何の用? 下手な理由だったら許さないわよ」
『久しぶりだね……うわっ、"人形"ったら次は女の子になったんだ。可愛いじゃないの』
画面の向こう、蛍と呼ばれた女はニヤニヤと笑みを見せる。
「不快、うざい。その下品な笑いを見せてこないで」
『ありゃりゃ、良いの? 私より序列下のくせに』
「っ! たった一つしか変わらないじゃない! それに私は科学力でβに貢献してるから! 強さだけしか持ってない貴女とはレベルが違うのよ!」
『あはは、ごめんごめん。………人形ったらやけにピリピリしてるね。何かあったの?』
そう問われて人形は下を向きながら、
「………れた」
と小声で答える。
『ふぇ?』
「壊されたの! 私がコツコツと時間をかけて作った個体が!」
『ああ、そゆこと』
まるで慣れているかの様に蛍は話す。
「私のことは良いのよ! 貴女が電話してくるなんて何か用事があってのことでしょう?」
『そうそう。一位からよ、計画は順調かって』
"一位"や"計画"という単語が出てきて人形は一気に現実に引き戻される。
「……現地調査は終わったわ。三日後には実行段階に移せると思う」
『良いじゃない。地獄絵図になりそうね。このまま上手く進めば都市群が堕ちるわ。三日後には私もそっちに着くから、その時はよろしくね』
蛍はそう言い残して電話を切る。
「ああもう、どうして蛍と共同で動く羽目に……私の序列アップの目論見が」
「仕方ない、過ぎたことよ。本番は三日後、光君、覚悟してなさいよ。関西都市群を堕として『運命』は必ずこの手に収めてみせるんだから」
β現第八位"人形"は拳を固く握りしめるのだった。




