第九十四話 枝葉の瞬間光
クークラの一声によりパペットの外見は大きく変貌を遂げていた。元より大柄な男性の身体だったものが、更に肥大化。三メートルほどの高さに加え、腕の数が四本へと変化していた。
「はぁ、はぁ、デカいのに速いなんて……んなモン卑怯だろ!」
霊園が奴の拳にて次々と破壊されて行く。速すぎる、そして重すぎる攻撃。四本腕からなる格闘のアドバンテージに機動力の高さ。奴の俊敏かつ鈍重という本来ならば共存出来ないであろう攻撃に対し、俺は紙一重で躱すことしか出来なかった。
「光君、パペットにすら苦戦する程度だったの? 強そうな気配を放っていたものだからてっきりもっと上のレベルかと思ってたのに………期待外れね」
パペットに戦闘を任せていたクークラが落胆する様な表情を見せる。
「はぁ………戦わない奴は静かにしているんだな。集中力を乱されて敵わん」
と強気な発言をするが、現状はこちらの防戦一方。奴の金属の身体に通用する解決策を見つけないことには俺の勝利は無いだろう。
現在の明は、散歩目的で外出したため碌な武器が無い。それは己の能力一つであの鉄塊と戦わなければならないという事実を示していた。
「クソッ、避けてばかりだと体力の無駄だ。ここらで奴を倒さないと能力すら満足に使えなくなっちまう」
奴を倒したところで次には人形本体との戦いが待っている。体力の無駄遣いは避けたい。
そんな時、奴の大振りな拳が突然目の前へと現れる。
「………マズっ!」
俺の元へと飛んできた拳は全てで三個。その内一つは俺の腹へと直撃していた。
「………考え事は、危険だな…………ゴホッ」
咳をした時、俺の口元には血が付いていた。肋は……ギリ直撃を避けたな。クリーンヒットの割にはダメージが薄い。とはいえ短期決戦だ。それしか勝ち筋は無い。
「仕方ない、一か八か。一度くらいは試してみたかったが、あの技を使ってみるか」
俺はパペットの攻撃を避けながら奴の頭部に対して手を向ける。
今のパペットは眼を頼りに動いてる筈だ。奴の攻撃を長時間避けていた時、一度だけ俺が奴の死角に入れたことがあった。奴は姿を見失い、かなり大きな隙を作った。鋼の身体に接触をしようが奴は俺を視界に入れるまでは無反応だった。察するに、五感の中でまともに再現されているのは視覚くらいなのだろう。
つまりは、"そこ"さえ潰してしまえば奴は……パペットは活動を停止する。
「ぶっつけ本番だ! 座標調整終了、反射発動!」
俺は奴に向けていた手を強く握る。次の瞬間、直前まで機敏に動いていたパペットが活動を停止した。
「はぁ? 何が起きたの? パペットは何が起きようが止まることは無いのよ? 一体何をしたの!」
興奮気味にクークラが聞いてくる。
明はパペットの頭部に小さな空間を作っていた。光が全て反射する空間を。パペットの元へと進む光は、パペットへと到達する直前に反射し方向を変える。パペットの視界には現在、完全な闇が広がっていた。
何も無い場所に新たに空間を作る。明がこの技を思いついた時から悩まされていた問題だ。明の能力は『光』を操る物であり、それ以外に干渉することは不可能。そのため新たに空間を作るというイメージを掴むことが出来ずにいた。
ただ、このイメージが出来ない限りは完全な暗闇を作ることは出来ない。考案してから今まで不完全な技として使用されずにいた。
だが、パペットとの攻防により極限まで高まっていた集中力と窮地に陥った際の爆発力により、完璧な反射を実現させていた。
「仕組みは……企業秘密」
俺は笑みを浮かべながらクークラと向き合っていた。
「………そういうお預けが私にとっては一番不快なんだ。ま、殺して聞き出せばいいかな」
俺と時を同じくしてクークラの顔にも笑みが浮かんでいた。
「……殺したら聞き出せないだろ?」
「強がらなくても良いよ。光君さ………その笑いだって所詮は空元気でしょ?」
先程までの攻防、パペットから受けたダメージ、そして反射の継続発動のため俺は常時能力を全開にしている。そんな蓄積から俺の体力は既に限界に近かった。
「ふーむ…………ま、今は私の負けでいいわ」
クークラから突然敵意が無くなる。
「は………は?」
「今の君と遊んでも楽しくないし………何よりもより大きな目的があるのよ、私には」
その瞬間、俺はクークラが霊園に用があったという発言を思い出した。
「………それは、逃げるって認識で合ってるか?」
「いんや? 殺して貰って構わないわよ?」
「何を……言ってるんだ?」
「あははっ、さっきから光君驚きすぎ。殺して良いって言ってるのよ」
終始何を言っているのか理解が出来なかった。クークラは……人形はどういうつもりなんだ?
「ほら……急いだ方が良いと思うわ。パペットに能力のリソース割いてるんでしょ? このままじゃスタミナ切れで貴方が倒れるわよ?」
クークラが言うことも事実であり、もう俺の体力はレーザーを一回撃つのが限界というレベルまでに落ちていた。
「良いんだな?」
俺は手をクークラの顔に向ける。威力の弱った今のレーザーでも一撃で、最低でも失神までは持って行ける場所。
「君は普段から敵に許可を取るのかい? 窮屈そうな人生だ」
クークラは笑いながら眼を閉じる。全てを俺に委ねたかの様に、彼女から力は感じなかった。
「………発動」
その場にバシュと音が鳴る。
「光君……貴方ビビり?」
俺の放ったレーザーはクークラの頬を掠めていた。
「五月蝿い………殺す気になれなかっただけだ」
奴と会話して、人形であると知って、不気味さ不穏さは抱いたものの奴に強く殺意を抱いたことは無かった。原因は分からない。奴の悪行は又聞きでしか知らないからなのか、会話をした結果知った奴の憎めない性格故なのか。
いきなり殺せと言われて殺せる相手では無かった。
「もう仕方ないわね、貴方は善意が勝ってしまった様だもの。パペット! さっきの命令は中止、私の位置情報は見えてるでしょ? 貫きなさい」
「は……何言って」
俺が次にクークラの方を向いた時、彼女の胸部は四本の腕によって貫かれていた。
「それじゃ、光君。Τα λέμε!」
クークラは聞き取れないような単語を発し、こちらに手を振っていた。時間が経つにつれ奴の目から生気が無くなる。
衝撃的展開に俺は言葉を失っていたが、しばらく時間が経ってからクークラの身体を確認する。
「………冷たい」
クークラの身体は完全に冷え切っていた。俺はクークラの確認をしながら先生に電話を掛ける。
「先生………悪いが富士山行きは延期だ。詳細は帰ってから話すが…………俺達は出掛けている場合じゃないらしいよ」
「ああ………うん、それと、場所は追って連絡するから龍を連れてきてくれ。一人だとこのまま帰れそうにない」
そして俺は通話を終了する。
もう一度クークラの方へと目を向ける。霊園の芝生にて倒れている彼女は胸を貫かれ尚も出血しないその身体はまるで人形、金属の様に冷たくなっていた。




