第九十一話 蠢く影と影
突然、暗く冷たい部屋へと飛ばされた。
心だけが別の空間に飛ばされる感覚。つい先日も同じ感覚に陥った覚えがある。
辺りには見慣れた顔……いや、一人知らない女がいる。女と言うよりは老婆と言える見た目なのだが、座る位置は多聞殿の隣。
会議室の様に扱われているこの部屋には、一つの大きな机が置かれているだけであり、他に凝った装飾は無い。
「………あと二人か」
この空間にはボクと見慣れない女を含めて九人が席に着いていた。この場に居ないのは晶ちゃんと増長殿だけだった。
「さて………"全員"揃ったな。本題に入ろうか」
と多聞殿が口を開く。その衝撃の言葉に全員の息を呑む音がはっきりと聞こえた。
「多聞、いきなり話を中断して悪いが……晶と増長はどうした?」
地獄の様な空気の中、最初に口を開いたのは現序列三位・広目だった。
「ああ……広目だけではない、皆疑問に思っていることだろう。単刀直入に言おう。彼らは敗れ、永眠についた。能力協会、及び能力専門学校の力は我々の想像を遥かに超えていたと言うしか無い」
淡々と多聞は言葉を紡ぐ。
「多聞よ、本当なのか?晶だけではなく増長までもが?」
「ああ……そうだ」
多聞が言い終わると同時に暫しの間静寂が訪れた。全員が事実を飲み込むのに時間が掛かったのだ。
「…………多聞よ……それを理解したとして、彼らの亡骸は持ち帰ったのか?」
静寂を破ったのは再び広目だった。
「ああ、無論だ。我らの友を協会に処理される訳には行かぬ故な。二人の犠牲を如何に崇高な物へと昇華させれるかは今後の我々の活動により決まるのだ。理解してるな?広目」
「…………ああ。分かっているとも」
「ならば良い。それでは今後の展開についての話に移ろうか。神降ろしの遂行に必要な結晶は五個。それに対して現状確保している物は三個だ。少々芳しくない。『天使』『輪廻』『支配』の結晶は既に我の手中にある………問題は残る二つ」
淡々と多聞は計画について語り始める。多聞の眼前の机には
「残る二つが最大の鬼門であろう。『運命』と『悪魔』の結晶だ。奴らに対抗でき得るのは我ら序列十位以内でも上位四位が限度だろう」
序列四位以上の能力者は神話種に匹敵する。βにいれば赤子でも分かる程の常識だ。能力だけではなく身体強度も常人とは比べ物にならない程強く、神話種とも張り合える強さだった。
「ただ……そんな序列上位十人から二人も欠員が出てしまった。今回はこの場にて序列を改めようと思う」
"序列を改める"その単語にその場の全員が衝撃を受けた。
「十位と九位を今後は欠員とし、八位・人形、七位・蛍、六位・虎、五位・累、四位・青石、三位・持国、二位・広目、そして一位がこの俺多聞となる。異論のある者は今すぐに発言しろ」
多聞の発言に対して、異議を唱える者などこの空間には存在しなかった。
しばらくの静寂を経て、
「では……同意を得たと見よう。最後に我らの尊き友への黙祷を送り、この場を終わりたいと思う」
数分の沈黙、その中で最初に沈黙を破ったのは多聞であった。
「では……皆、神降ろしの為にも共に精進するとしよう」
全員が多聞に頭を下げる。この場にいる化け物達を統括し動かす。それがβ序列一位・多聞という男であった。
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新宿のとある廃墟。荒廃したこの地をたった一人で巡る者が居る。
「………あった。ようやく見つけた。あの爺さん、遺書を遺すって言っときながら爆心地のど真ん中に置いとくなんて………最期まで相変わらず……か」
「ったく、あの爺さん最期までこの家に思い入れがあったのかねぇ。なぁ奏、この家で住んでた奴も今や私一人になっちまったよ。寂しいモンだよなぁ」
女が歩いているのは殆どが崩れていて原型のない家屋だった。
「色々伝えたいことがあったんだろ?天城の爺さんよ。私が代わりに背負ってやるから……安心して逝けよ?」
新宿を歩く人影。空に想いを馳せる如月美蘭の背中を、ほんのりと赤い月明かりが照らすのだった。




