第八十八話 ひび割れた熱
不思議だ。
頭の中が透き通っている。邪念が全て振り払われていく様な。
「そんならこっちから行くぜ?美蘭」
天城は今まで以上の勢いで美蘭に攻撃を繰り出し続ける。
「………あれ」
美蘭はふわりと動きながら天城の攻撃を避け続けた。
「……美蘭、よく動けるな。そんなボロボロの体なのによ」
うーん………どうしてだろ?爺さんの攻撃ってもっと勢いというか圧倒的な重圧があった気がするのに、凄くゆっくりに見える。こうして見ると爺さんの一挙手一投足が凄い単調に見えるな……危機感も感じないし。
私は爺さんの攻撃を全て手で弾き返す。
「あのさ………爺さん手加減してる?」
「はっ………冗談だろ?」
「………ふーん、あっそ」
美蘭は再び繰り出される攻撃をするりと避けて天城の胸に手を当てる。
「なっ……う……動けなっ」
天城の身体は空中で静止していた。
「これが爺さんの運命だよ。アハッ」
「どうなってる………指一本動かせねェ」
天城は攻撃の姿勢のまま固定されており、羽一枚すら動かせずにいた。
「それじゃあ、これ、貰うね?」
美蘭は天城の首に手を回す。
「とりあえず、私の勝ち……だね。もしかして爺さんって案外弱かったのかな?」
そう言いながら美蘭は天城の首に掛かっている球を手に取る。
「これ………ただのガラス玉?綺麗だね、爺さん」
美蘭は天城をそっちのけでガラス玉の細工を観察していた。
「…………テメェは一体何モンだ。本当に美蘭なのか?」
「やだなぁ爺さん、別人に見えちゃった?残念だけど……私は美蘭だよ」
そう言って美蘭は天城の方に視線を向ける。
「………そんな事が可能なのか?さっきまで瀕死だったガキが突然俺を超えるだなんて…………完全に想定外だ」
「ふふっ、負け惜しみ?ならもう一度だけ私に攻撃して来なよ。勿論全力でね?」
『もう一度』そう言った美蘭は天城との距離を取る。
「じゃあ、いつでも良いよ?おいで、爺さん」
「ああ、言われなくても………俺の全部を乗せて攻撃してやるさ」
天城は拳を握る。周囲の空気にはピリピリと重苦しい物が走る。
「浄化・メリケンサック………… 行くぜ?美蘭」
そう言った天城の拳には浄化の光により形成されたメリケンサックがはめられていた。
「………ハハっ、それで戦う気?冗談でしょ?」
「ああ…………そうかも、なっ!」
瞬間、天城が飛び出し美蘭へと距離を詰める。この時の天城の初速はこれまでの戦いの中でも最も早かった。
はぁ、心地いいなぁ。この戦いが、この空気が気持ち良い。
分かったよ奏、ようやく分かった。今私は自分が楽しむために戦ってるんだ。奏を守るためとか言ってたけど……今はそんな事考えたくない。ごめん、だけど今この瞬間が最高に楽しい。
天城の拳が眼前まで迫る。だが、その拳が美蘭に直撃する事は無かった。
「………遅いよ」
美蘭がそう笑顔で言った瞬間、天城の体は地面に深くめり込んでいた。
「ぐっ、何だ今の………攻撃を受けたのか?動けねェ」
「爺さん、弱いねぇ。今の速さも見切れちゃった。……もう終わりかな………満足した?」
煽る様に質問した美蘭に対して天城は、
「当たり前だろ。期待以上………腹いっぱいだよ」
と返すのだった。
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何だったんだ今の戦いは。いや、戦いと呼べるのかも分からない。俺は完全に遊ばれていた。
全力を尽くしたつもりだった。だが、奴の目には全てが見切られていたし抗うことすら出来なかった。
「………さて、爺さん。私の勝ちって事で、これからどうしよっか?」
「あークソッ、一撃も殴れなかった。………これから?そうだな……そろそろ東京に帰るか、美蘭…………美蘭?」
ふと振り返った天城の目には、全身が震えて嗚咽を発していた美蘭の姿が目に入った。
涙や鼻水で顔は汚れており、胸を押さえつけている。
「お、おいっ! 美蘭! 一体どういう状況だ。どこが痛い?胸か?」
「ゔっ、じ、爺さん、胸…身体中が痛い。お腹が痛い……助けて………爺さん……ゔぇえ、おゔぉっ、ごほっ、ごほっ」
「ああ、絶対助けてやる。待ってろ?」
それにしても何なんだこの症状は……能力の使いすぎの症状に少し似ているが………震え、嘔吐、全身の痛み。ここまで酷い症状は見た事がない。
つい先程まで美蘭が使っていたあの異次元な力の代償か?
あ…………そうだ。俺はこれと同じ症状を見た事がある。突然異常な強さを持つ現象を知っている。
「クソ…………エピファニーか」
ああそうだ。エピファニーなら先程の美蘭の強さにも突然人格が少し変化した事にも説明がつく。
もしそうなら緊急の治療が必要だが………島内の施設は俺が人払いしてあるから頼れない。
「仕方ねェ。浄化で楽にしてやる」
天城は美蘭の胸に手を当て、光を発すのだった。




