第八十話 姉貴
「………うぅ、ん」
何か体に温かい感触がある。俺、何してたんだっけ?
確か帰るのが遅くなって、それから、それから、天城さんに出会って。
「あ、天城!」
「ん?何だ奏、起きたのか」
奏の口から不意に出た言葉には想像以上に近くから返事が返って来た。
「………何で……天城さんが?と言うか………これどんな状況なの?」
「俺が知りてェよそんな事。美蘭も体力がないとか言って俺に運ばせるしよ、何で俺がテメェら三人を運ばないといけねェんだ」
天城は地上から少し離れた空を飛行しており、その手には『刀』を使う男と俺、そして何より自分の姉である如月美蘭がそれぞれ抱えられていた。
「奏……このガキの家ってここで合ってんのか?」
天城は一気に高度を落とし、一軒の家の前に着地する。
「あ、ああ。一回しか話してないのによく完璧に覚えてたな天城さん」
「記憶力には自信があンだよ。まだボケちゃいねェって訳だ」
そう言いながら天城は自身の頭をトントンと指で叩く。
「それで……さっきから何で黙ってるんだ?ねーち……姉貴は。何でいるのか教えて欲しいんだけど」
「…………」
美蘭は俺が起きてから一言も発していない。体力が無いと天城は言っていたが曲がりなりにも"姉弟だからこそ"の勘だろうか、今の美蘭は確実に起きている。
「オイ奏、次はお前の家だ。案内しろ」
玄関の前に『刀』の男を放り込んだ奏は、まるで流れ作業の様に淡々と言葉を発す。
「全く、人使いの荒い爺さんだな」
今は姉貴と天城さんに何が合ったのかは後回しでも良いだろう。あと少しで家なのだ、そう考えるとどっと疲れが湧いてくる。
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「そうだ奏、テメェんとこは何人で住んでるんだ?」
かなり奏達の家の近くまで来た。そんな時に突然天城が質問をして来た。
「今は俺と姉貴の二人だよ。……昔は親戚の家に住んでいたんだけど、能力が気味悪がられて追い出された」
奏達は母親である如月美琴が倒れてから、美琴の親戚の家に引き取られていた。だが、美蘭や奏の能力が少しずつ露呈していった結果、自分達が如月美琴と同じ末路を辿る可能性があるとして奏達を捨てたのだった。
所詮は"親戚の子"として如月家は見捨てられ、現在では完全に孤独な立場にいるのだった。
「その歳のガキが二人か。ったく、世も末だな。おっと、このアパートか?」
「ああ、ここで合ってる」
天城山は目を見開く。
目線の先には随分と寂れたアパートがあった。階段は錆びており、壁には蔦が伸びていた。
「こりゃあまた、本当に人住んでんのかよ?」
「ああ、俺達姉弟が最後の住人だ」
自慢気に話す奏の声にはどこか寂し気な雰囲気を孕んでおり、出会って間も無い天城さえもそれを感じていた。
天城が高度を落とし着地する。すると、奏はただ一人でずかずかとアパートの庭を進んで行く。手入れが行き届いておらず、草が生え盛っている中で奏は振り向いて、
「何か変な事もされたけど……天城さん、家まで送ってくれてありがと。姉貴とも色々あったっぽいけどさ、これでお別れだな」
と笑いながら言った。
「あン?何言ってやがる、テメェら二人はこれから俺が鍛える。よって! 俺もここに住む!」
「……はぁ?天城さん?急に何言ってるんだよ。姉貴も何とか言えって」
突然の天城の告白に奏は動揺を隠せずにいたが、一方の美蘭はと言うと、
「いや……何の相談も無しにごめんだけど……それ、事実だから」
と罪悪感に苛まれている様子だった。
「……あ! そうだ。天城さん、何か探し物してたんだろ?神話種だっけ?そう言ってたじゃん」
奏は突拍子のない爺さんと共に住むわけにはいかないと、何としてでも天城を止めようとした。
だが、現実はそう上手く行くことは無く、
「その神話種ってのが、お前の姉貴だよ」
と、奏の対抗策は全て打ち砕かれたのだった。




