第七十八話 珍事中夭の放課後
今より二十年前、世間では能力についての研究が進み、人工的に能力を作り出そうとする実験すら行われていた。
この年、如月奏は十歳になった。
「クジラか………クジラの鳴き声…………イデッ」
「おら奏、ボケっと突っ立ってるんじゃねーよ」
「あっ、ご、ごめん」
「いつも通り生物図鑑なんか読んでるのか?」
「う……ごめん」
「奏、やっぱ謝ってばっかでキモい」
「………ごめん」
「…………やっと行ったかな?はぁ、面倒だ」
奏は自分の能力についてあまり分かっていなかった。だが、唯一自覚している発動条件、それが感情的に大声を出すという物だ。そのため必然的に学校では無口な人間として過ごさざるを得なかった。
「やっべ、帰るの遅くなっちゃった。こんな時間だとあいつが怒っちまうかな」
放課後、一人帰るのが遅くなってしまった奏は急いで帰路を辿っていた。
ふと、奏は何に導かれたのか校舎の裏を見る。
「…………あ……え?」
目線の先にはつい先刻自分に突っかかって来た男と、白髪で、頭には輪が浮いており、純白の翼を背中に生やした老人がいた。
見るからに異常な見た目の老人は男を壁に押し付け、首を絞めていた。
「ぁあ! 奏…………助け…………」
男はひゅー、ひゅー、と呼吸しながら何とか声を発して助けを求める。
「……あ?何だガキ、こいつの知り合いか?」
老人もこちらに気付き、話しかけて来る。
「えっと、いや、違う。そんなのは知り合いじゃない」
「そうか………ってガキ落ちちまってるじゃねーか! まずったな、このガキどうするかなぁ。能力者のくせして弱いんだからよ、話になんねぇわ」
老人は困った様にこちらに目線を向ける。
「………分かった、こいつの家なら知ってるから案内してやる。でも爺さんが運んでくれよ?俺は力ないしめんどいから」
「……ま、しゃーねーわな。俺がこのガキ落としちまったのが悪いんだし、おらガキ、案内しな」
老人は気怠そうに倒れている男をおぶる。
「ガキ、名前は?」
「奏……如月奏だ」
「奏だ?良い名前じゃねーか、ママに感謝しろよ?俺は天城ってんだ。ジジイ扱いすんじゃねーぞ?したらこのガキと同じ目に遭わせてやる」
天城は自身の髭を弄びながら奏に威嚇をする。
「面倒だなぁ……しないよ。天城」
「呼び捨てなんか以ての外だわ!」
恭弥は奏の頭を軽く一発叩く。
全く……面倒な爺さんだな。
奏と天城は少し進んだ先にある公園で休憩していた。
「奏、テメー歩くの遅いわ。もう休憩だなんてな」
「はぁ、はぁ、そりゃ無いだろ。天城さん、アンタ飛んでるじゃないか。早すぎんだろ」
少し雑談を交わしながら奏と天城はベンチに座る。
「そうだ、天城さん。そいつの能力ってどんなんだったの?今まで全く能力者っぽい感じ無かったんだけど」
「あぁ?雑魚には興味ねーな。んー、パッと見た感じだとな、『刀』か何かじゃねーか?」
「ふーん。か、刀か。カッケェな」
奏は興味なさ気に振る舞っていたが、目の奥輝きは隠せずにいた。
奏はこの辺りには能力者が自分を除くと一人しかいないとばかり思っていた。そんな奏にとって他の能力者という存在はあまりにも新鮮な響きであり、興味を持たずには居られなかった。
「ハッ、嘘だろ奏……能力がカッケェとか……やっぱりガキなんだな。やけに落ち着いてて早熟な野郎だと思っていたがな」
「は、はぁ?仕方ねーだろ、俺の周りに能力者なんてほとんどいなかったんだから。見る機会が無かったんだ」
二人のあまり噛み合わない会話は突如として終わりを迎える。
「そうかい、そうかい………………あ、忘れてた」
突然、天城は目の色が変わった様に冷たい目線を送って来る。
「奏、テメーが神話種って線もあるよな。ちょっとの間だけ我慢してろ?」
天城は落ちていた石で奏の指に傷をつける。
「は、は?何してんの天城さん?」
「良いから我慢しろって、どの道死んだりはしない」
「は、死ぬ?や、やめろ、天城さん!」
奏は何とか大声を出して天城を吹き飛ばそうとするも、天城は何かを察したのか奏の喉元を抑える。
奏は理解が出来ずにされるがままの状態になった。
「能力者か確かめるだけだ。浄化してな」
天城の指先が光を発し始める。その光にはどこか不気味な雰囲気を醸し出しており、奏の体は「逃げたい」という一心に支配されていた。
謎の光が当たる。どこか生暖かい様な光を浴びると、突然奏の体から力が抜けて行く。立ち上がる力も無くなり、奏は公園の地面に伏してしまった。
「脱力か……やっぱり能力者かよ。それに………攻撃型か」
天城は何を思ったのか倒れている奏を放置したまま会話を続ける。
「良いか奏、俺の浄化の効果は二種類あってだな、攻撃型なら今のテメーみたいになるんだが、他の二種類にとっては癒しになるんだ……奏、聞いてるか?」
「…………天城さ……ん」
「馬鹿野郎、テメーが興味あり気に能力について聞くから教えてやってるのによ。………テメーまで倒れちまったらこのガキどうすんだよ」
天城は自分のせいで倒れている二人の子供の顔を今一度確認すると、頭を抱えて今後について考え始める。
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数分後、天城は二人の子供をベンチに一度寝かせて公園の全体を見回す。
「さて、良い加減出てこい。さっきから俺と奏が楽しく談笑してたってのに、それを覗いてる不届モンはよ」
誰もいない公園に大声で天城がそう叫ぶ。
「何だ、バレてたの」
天城の言葉に応える様に、公園の入り口より一人の学生が姿を見せる。背はあまり高くなく、髪は黒色で後ろに結んでいた。
「どこの中学生だ?学校で知らん奴とは関わるなって習わなかったか?」
「………私は"そいつ"の姉だよ。クソジジイ」
そう言われてから、天城は少し考えて、
「そいつって………どっちの?」
と言う。
「……分からないか?世界一カワイイだろ?」
相対する学生の返答には狂気が混じっていた。
「んーとだな……こっちか?」
天城は奏に突っかかっていた男を指差す。
「そうか………ブチ殺す! 遺書は書かせねェから」
「はぁ、今日は生意気なガキが多いなぁ。俺だってクソジジイって連呼されて良い気はしねーんだ、相手になってやる」
狂気を孕んだ女、そして全てが正体不明の老人。
両者とも状況は理解していなかった。だがどこか狂ったこの二人は、戦いを求め唐突に争い合うのだった。




