第七十七話 浸死への返歌
五年ぶりに会う母の姿。それは十歳の少女には衝撃的な物だった。窶れた姿で、呼吸器を付け、身体中に管が繋がっていた。
親戚の元に来た一本の電話は、美蘭の母親の容体が悪化したという物だった。
「………え、え、嘘………こんな」
記憶の中の最後の母親。血塗れで下半身が抉れている衝撃的な姿。今美蘭は"それ"を見た時と同じレベルのショックを受けていた。
「今は落ち着いていますが、いつ容体が急変しても……」
「あ、ああ……マ………マ」
今の美蘭には医者の言葉も親戚の言葉も何も入ってこなかった。
ただ、そんな状態の美蘭でも唯一聞き取れた言葉があった。
「ねーちゃん、このひとだれ?」
「っ!奏!」
弟のさり気ない言葉、それを聞いてから美蘭の中で何かがプツンと切れた音がした。
「………ん………ゃん、美蘭ちゃん!」
「……………えっ!」
親戚の必死な言葉、それを聞いて美蘭は我に返った。
「え、わ、私何して」
美蘭が親戚の視線の先を見ると、宙に浮かべられ首を絞められている弟の姿があった。
物体を操る超能力。それを初めて人に使ったのは、自身の弟だった。
段々と顔が青ざめて行く弟を見て美蘭は能力を解除しようとするが、何をしても変わらない。その時の美蘭はパニックの頂点に到達していた。
「はっ、はぁ、はぁ、何で……何で!ヒッ、ぅぇ」
何?息が吸えない、呼吸が出来ない!
「美蘭ちゃん!何してるの、早くやめて!奏くんが死んじゃう!」
やってる、やってるってば!解除できないの!
「はっ、はっ、解け……ない」
息が吐けない、手も痺れて来た、怖い。
「はっ、はっ、っあ」
美蘭はここで完全に意識を失った。
これは後に親戚から聞いた事だが、過呼吸で気を失ったと同時に美蘭の能力は解除されたのだと言う。
この時病室にいた医者は過呼吸を起こす美蘭に対して何も出来なかった。医者にとって能力という存在は当時まだ見慣れていなかった。臆してしまったのだ。
そして最後に。美蘭の目が覚めた時には既に、美蘭の母親は亡くなっていた。
美蘭達姉弟の唯一無二の母親、如月美琴は自身の娘に見送られる事は無かった。
________________________
「美蘭ちゃん!本当にお葬式行かないの?」
母親が死んだ。その事実を直視したくないという美蘭の意に反して、現実はとんとん拍子で進んだ。
「………行か……ない」
「奏くんも行くのよ?もう虐めたことも気にして無いから大丈夫だって。安心なさい」
嘘だ。奏はこの頃私の前に出て来ない。おばちゃんも本当は私の事怖いくせに。これは私が奏を虐めたとかそういう物では無いだろうし。
「……………嫌だ」
「はぁ、後悔しても知らないからね?」
このやり取りをして、美蘭はとある事を実感した。
「…………私が奏を守らないと」
なぜこの少女がそんな事を決心したのかは分からない。それは恐らく本人にも。
唯一の姉弟という関係だからなのか、母親にそう言われた様に感じたのか、はたまた特に理由はないのか。
だが、この少女の目には、母親が生前醸し出していた執着、そして"異質さ"の様な物が見えたのだが、それは誰にも気づかれる事は無かった。




