表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

手紙


部屋に戻されてから幾許か時間が過ぎ、客人が帰ったと使用人が伝えに来た。とはいえまだ太陽は天高く登りきっていない頃。用事も何もなく、窓際に座り書斎から取ってきてもらった本のページをめくる。西側に大きな窓が作られたリリアンの部屋はまだ影濃く、明かりを灯しているとはいえ文字を読むには不向きだった。

 百五十六ページ、王国法第五条四項「爵位の継承」についての解説文を読み始めたところで扉がノックされ「はい」と返答する。

 アデルが扉を開けると、少し疲れた顔のルイスが入ってきて、リリアンは早足で近付いた。


「お義兄様、どうしたのですか。お疲れのご様子ですが、ご来客と何か問題が……?」

「ああ、いや、何もないよ」

「本当に?」

「本当だよ」


 リリアンの髪を撫でる手が優しい。


「何か飲まれますか、紅茶? それとも果実水?」

「いいや、すぐに出るから。届け物があってきただけなんだ」

「届け物、ですか?」


 リリアンが首を傾げると、ルイスがジャケットの内ポケットに手を入れ、一息ついたあと、おずおずと便箋を取り出した。

 その便箋は一度開けられているのか、蝋のついた蓋の部分がひらひらと揺れている。


「お手紙? わたくしにですか?」

「ああ」


 差し出された手紙を、少しの不安と一緒に受け取る。


「これは、その、どなたから」

「……フェリクス王太子殿下だ」

「王太子殿下……!?」


 記憶を失う前の友人だろうか、と予想をつけていたのに想定外の人物の名が上がり目を丸くした。


「昨夜の夜会に来ていなかったのを気にかけてくださったようでね」

「まあ、王太子殿下はとても優しいお方なのですね」


 感心したように言うリリアンに、ルイスは一度きつく目を閉じて少し口角を上げる。


「そうだね。とても優しい方だよ、とても」

「お義兄様は王太子殿下のことをよくご存知なのですか?」

「んー、知っていると言えばそうかもしれないね。幼い頃王太子殿下の遊び相手だったんだ」


 リリアンの知らない頃のルイスの話に目を輝かせるも、ルイスはこれでおしまいとでも言うように頭に手をポンと置いた。


「また聞かせてくださいね、お義兄様の幼い頃のお話」

「……気が向いたらね」


 ジャケットのカフスが光る向こうの目が合わないから、ああ気が向くことはないんだろうなと悟る。


「……わたくしも王太子殿下と仲が良かったのですか?」

「どうだろう。交流はあったよ」

「そうですか。あの、このお手紙はどうすれば良いですか」

「お前の気が向かなければ読んで放置しても構わないよ。ただ、……返事を待っているという伝言は預かっている」


 それはつまり返事を書きなさい、ということだ。

 リリアンは頭を悩ませる。手紙の返答などしたことがないのだ。

 とりあえず読んでみなければどうにもならないけれど、受け取った手に汗が流れる。


「いつ頃までに返事が必要ですか……?」

「いつまででも良いんじゃないかな」

「王族の方相手にそのような」

「良いんだよ、別に」


 ルイスの目がわしゃわしゃと髪を乱す。後ろの髪が前に来て目にかかった。髪を直そうと顔に手を伸ばすと、その手をルイスに掴まれる。


「……お義兄様?」


 宵闇の瞳がリリアンを見つめる。

 いつも冷たい手が、ひどく熱い。


「お義兄様、どうしましたか」

「お前は」


 言いかけて、止まる。義兄の言いたかった言葉は分からない。けれど、なんとなく、以前のリリアンなら分かるのだろうと、そう思った。


「……リリアン」

「はい」

「お前はこれからどうしたい」


 ぽすん、とリリアンの肩にルイスの頭が乗っかる。耳元で囁かれた言葉は多分言いたかったこととは違う。


「わたくしの、これから」


 ルイスの息が首筋にあたりくすぐったい。


「……分かりません、けどお義兄様のお役に立てればと思っています」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ