夕暮
夕暮れに染まる花、伸びる影、光に眩む目の奥が痛み視線を落とす。小さな茶会は終わり、庭から屋敷に続く道を義兄と二人、絨毯の引かれた屋敷内とは違い土がむき出しになったここは歩きづらくドレスの下の足を取られた。
「わっ」
「大丈夫かい」
体勢を崩したリリアンの腕をルイスが咄嗟に握る。まるで女性のような顔つきをしているし、華奢に見えるのに、簡単にリリアンを支えられるくらいに筋肉をつけているようだ。
リリアンを引っ張り上げたルイスは、彼女の足元に跪き土を払いドレスの裾を正した。普段は見上げている柔らかな銀色がリリアンの陰の中に居る。
「申し訳、ありません」
「怪我はなかったかい?」
見上げた瞳に押されるように一歩後ろに下がるも、逸らすことは出来ず、顔が熱い。小さくうん、と頷くと長い黄金色の髪が一房肩から流れ落ちた。
「それは良かった」
ルイスは安心したようにほっと息を吐く。義兄のこの心配性な気質はリリアンが記憶を失ったことが理由なのか、元からなのか分からないがこの数週間よく顔を覗かせていた。
「ここも、もう少し歩きやすいよう改装しようか。確か、王城の庭園は石畳が敷かれていたからうちもそれに倣っても良いかもしれない」
膝に手を付き立ち上がったルイスが独り言ちる。彼としてはリリアンに意見を求めてはいないのだろうが、リリアンはルイスの言葉に焦ったように思いっきり首を振った。
「あの、わたくしの為にそんな大掛かりなことは……! わたくしが気を付けなかったのが悪いのです」
「しかし、このままにしておいて怪我をしないとも限らないだろう」
「本当にお気遣いいただかなくて大丈夫なので」
「そうかい?」
一度離された腕を再度掴まれ、歩き出したルイスの後を追う。背を向けられていてよく見えないが、どうにも納得されていないような雰囲気が出ているような。
「わたくし、このままのお庭が好きなので、変えないで頂きたいのです」
苦し紛れにそう付け加えると、チラと振り向いたルイスが目尻に皴を寄せ笑う。
「じゃあ、新しい靴を買おう」
「靴、ですか」
「ああ、お前の靴はヒールが高いものばかりだろう? もう少しヒールが低くて歩きやすいものをオーダーしようか」
いい考えだとばかりに頷く。記憶を失ってから今の今まで使用人たちに提案されたものをそのまま着用していたがために、リリアンがどんな物を所持しているのか分からないが、確かにヒールが高い靴しか履いていないなと思い返した。
「新しい靴は有難いのですが、良いのでしょうか」
家人として何も義務を果たせていないのにお金ばかり使って、とは言葉に出さなかったけれど、きっと伝わっている。
「何を気にしているのか分からないけれど、構わないよ。もし気後れするというのなら、快気祝いということにしよう」
「いえ、あの」
「どこの工房に頼むか決めなければならないね。ついでに靴に合わせたドレスも誂えようか」
手配をしなければ、と意気込む義兄が楽しそうで申し訳なく思いつつもつい笑いが漏れる。
「お義兄様ってば」
「いいだろう、可愛い可愛いリリアンに少しくらいプレゼントを用意させてくれ」
「もう」
夕陽はいつの間にか地に隠れ、一番星が遠くの空に輝く。宵闇の刻が近付いていた。
「どんな靴が良い?」
「どんな?」
エレガントなもの、可愛らしいもの、飾りが多いもの、宝石をあしらったもの、とルイスが候補を並べるが、リリアンには上手く想像できず首を捻る。
庭の終わり、屋敷の入り口に近付くと守衛がドアを開けた。ぎぃ、と木が擦れる音がする。
「以前のわたくしはどのようなものが好きだったのですか?」
「お前の好みはすぐ変わったからな。これと言うのは難しいが、強いて挙げるのならば派手過ぎない洗練された美を持ったものだろうか」
「派手過ぎない、洗練された美……」
確かに、リリアンの持ち物にはそう称するのに相応しいものが多いように思う。しかしながら、少しばかり抽象的過ぎる好みだ。
記憶を取り戻したときにも好んで使えるものを、と思ったがなかなかに難しい。
「あの、お義兄様はどのようなものがお好きですか?」
「ぼく? ぼくは、そうだね」
コツン、革靴が大理石の床を蹴る。
「お前が好きなものが好きだよ」
これまた、参考にならない意見だとリリアンは小さくため息を吐いた。