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庭園

 夏の終わりの庭園は、花が満開に咲き誇る時期を過ぎ、少しばかり緑が目立つ。庭師の丁寧な仕事のおかげで枯れた花こそ見られないものの、花の無い切り口は何処か寂しい。


「今日はいい天気だね」


 日を遮るパラソルの下から空を覗き込んだルイスは眩しそうに目を細める。銀色の髪がきらきらと輝き、高名な画家に描かれた絵画のようであった。


「ええ、とても」


 こくり、頷き爽やかな空色の陶器に口をつける。最近王都の貴族の中で流行っているという果実水にレモンが一切れ浮かぶそれはさっぱりと口当たり良く、暑い日にぴったりだ。

 喉を潤した飲み物につい口元が緩む。そんなリリアンに、ルイスはクスクスと笑みを浮かべた。


「気に入ったかい?」

「はい、その、美味しいです」


 幼子を見守るような優しい瞳に、恥ずかしくなった肩を縮める。それもまた面白かったのか、じっと見つめる彼の瞳が悪戯っぽく輝いた気がして、リリアンはベリー香るグラスに口を付けた。


「ほら、これも食べるといい」


 あーん、と頬杖をついたルイスがフォークに刺さったタルトをリリアンの眼前に突き出してくる。おずおずと口を開くと、ほのかな甘みが口の中に広がる。


「美味しいかい?」


 コテン、と首を傾げたルイスに頷く。「それは良かった」と笑うルイスは使用人に合図をしていた。どうもタルトを追加で切り分けさせてくれたようだ。

 優しい人、なのだろう。


「あの、お義兄様」

「なんだい?」

「良いのでしょうか。療養と言って二週間ほど屋敷に籠りきりで、使用人以外には誰も会っていないでしょう? その、社交とか」


 リリアンとルイスの属するヴィリエ家は当主が侯爵位を賜る上位貴族である、というのはルイスから教えてもらったこと。王都から馬車を走らせ三日ほどの位置に広くはないものの一大産業である金工により栄えた領地を持っており、栄華を築いている。

 現在当主夫妻であるリリアンの父母は領地内の屋敷に身を置いており、他領地との取引等、対外的な業務はルイスが担っていた。

 そして恐らく女性同士の社交は。


「記憶がないわたくしが社交などしても足手纏いになるだけだと思いますけれど」


 グラスを置く直前少し手が滑り、水滴が跳ねる。白のテーブルクロスに赤い染みが広がり、背中につぅと汗が流れた。


「お前が足手纏いだなんて、決してそんなことはないよ」


 金糸で翳る菫色の瞳に星の輝きが映り込む。グラスを握る手にルイスの大きな手が重なる。手の平は固く指は骨張っていて、リリアンの柔らかな白磁の手とも、使用人たちの乾燥しかさついた手とも違う。

 冷たい手。


「しかし、暫く意識を失っていて、記憶もない。お前は完全に回復したと思っているかもしれないけれど、実際の所そうではないんだ」

「ですが」

「社交シーズンはもう終わる。パーティーも茶会もほとんど開催されないから、問題ないよ」


 と、義兄は言うけれど、本当にそうなのだろうか。使用人の方をチラリと見ても感情のひとつも見せてくれない。問題ない、ということなのだろうか。或いは問題があったとしても口を出すべきではないと判断しているのかもしれない。それは分からないけれど、この場において誰も反対意見を出さない以上従う他ない。


「……社交シーズン以外には、パーティーは開かれないのですか?」

「全く開かれないわけではない。しかし、社交シーズン以外は領地に籠るものも多いからね、王都内で開かれるのは仲間内の小さな集まりくらいさ」

「そうなのですね」


 そういう義兄にふと疑問が湧く。


「わたくし達はいつ領地に?」

「いや、ぼく達は領地には帰らないよ」


 庭に吹いた風が葉を揺らす。フォークを皿に置き、ナプキンで口を拭う姿が随分と様になる。リリアンは彼を真似するようにナプキンを手に取った。


「ぼく達はこっちの屋敷を任されているからね。この屋敷をあまり不在にできないんだ」

「そうなのですね」

「……気になるかい、領地」


 宵闇の瞳が太陽を見上げる花に向く。穏やかな笑みは浮かべられたまま、しかしどこか寂しさのような、そんな感情が目の奥にちらちらと見え隠れした気がした。


「気になる、のでしょうか。わたくしはまだ何も知らないので、自分に関わる事を知っていければとは思うのですが」

「そうだね。でも無理をしてはいけないよ」


 優し気に微笑むルイスの瞳からさっきの感情が隠れた気がして少しほっとする。夏の風に混ざる暖かさが心地良い。


「はい、ですができる限り努力します」

「まったく、お前は」


 ルイスがやれやれと肩を竦める。きっと彼はリリアンに出来る限り無理をさせたくないし、屋敷の中で心乱すことなく穏やかに生活を送ることを望んでいるのだろう。しかし、リリアンとしては、それに甘えるのは良くないと思うのだ。その理由をまだ上手く言語化はできないけれど。

 それ故に、許される限りの努力はしたいと、そう思う。


「お義兄様に迷惑はかけないよう気を付けますので」

「おや、お前から被る迷惑は大歓迎だよ」


 ルイスは悪戯っぽく笑う。


「お前が知りたいと言うのなら、ぼくは協力を惜しまないさ」


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