きっと
兵士がわらわらと出入りしたからか屋敷の外は野次馬が集まっており、リリアンはルイスのジャケットを頭から被せられ馬車に押し込まれた。その馬車はどうも王太子が用意したもののようで、家のものよりもクッションが柔らかく乗り心地がいい。
ルイスも一緒に帰るのかと思いきや、リリアンが乗るのを見送るとドアを閉めた。どうやら来るのに走らせてきた馬に乗って行くらしい。
馬車の窓から義兄の背中が見え、同じ道を辿ることに安心をした。
「今日は休みなさい」
家に着いた途端、義兄が言う。
「はい。ですが、先に話を聞いてくれませんか?」
「……それは明日では駄目かい?」
「駄目です。今日、今聞いてください」
ルイスの手に指を添え頑なに動こうとしないリリアンに溜息を吐いた。
「分かったよ」
ゆるゆると首を振ったルイスの手を引く。向かうのは書斎。一番奥、天使の描かれたステンドグラスの下に小さな机と椅子が二つ、内緒話によく使っていた。
夕暮れが柔らかな銀髪を染め、光り輝いた。
「わたくしの推察を聞いてくれますか」
「推察?」
深く腰をかけたリリアンは何もついてない中指で椅子の淵をなぞった。
「不思議だったのです。家の利益を考えるのであれば王太子に嫁ぐのが最善です。或いは家同士の関係を強化したい相手に嫁がせるという手もありました」
「……ああ、そうだね」
「わたくしの幸福を考えて嫁ぎ先を悩んでいるという可能性もあったのでしょうが、そうだというのならば、恋人だと嘘を吐く理由はないでしょう」
「そう、かもしれないね」
まるで尋問のように聞くリリアンにルイスは諦めたようにうなづく。
「お義兄様がわたくしの結婚に関して答えを出そうとしなかったのは、家に利益をもたらすためでもなく、わたくしの幸福を祈ってというわけでもない」
「……ああ」
「わたくしが馬車の中で考えたのはそこまでです。あの短い時間ではそれだけしか分かりませんでした」
紫色の瞳に夕暮れが映りまるで空のよう。一番星が輝いていた。
「どうして答えを出し渋ったのか、どうして恋人だと嘘をついたのか、教えてくださいませんか?」
白々しいにも程がある。答えなんて分かってる、きっと。
それでも義兄の口から聞きたかった。
「お義兄様」
「……冗談だよ、ただの」
「どうして、あなたはっ」
バンっと机に手を置き立ち上がったリリアンは今にも泣きそうで、そんな反応をされると思ってもみなかったルイスは呆けたように口を開く。
「恋人だなんて嘘吐くくせに、誰とも結婚させたくなかったくせに! どうして肝心なことは言ってくださらないのですか!」
「……リリアン」
「一言、たった一言でも想いを口にしてくれたのならわたくしはそれだけで良かったのに……」
ぽつり、机の上に雫が落ちた。
それはどんどんと溢れてきてとどまることを知らない。
「あなたが、わたくしの望みを叶えたいと言うのと同じように、わたくしだってあなたの望みならなんだって叶えたいと、そう思っているのです」
まるでダイヤモンドのようだ。ルイスは思わず頬に、手を伸ばした。
「教えてください、あなたの望みを」
ステンドグラスを突き抜けた夕陽がキラキラと降り注ぐ。ルイスは、口を開いて閉じてと繰り返し、じっと見つめてくる視線に意を結したように真剣な眼差しで言った。
「……リリアン、お前と、生涯共に居たい。お前を幸せにするのは僕がいい。お前の、運命の相手は、僕であって欲しい」
よほど恥ずかしいのか顔中どころか耳まで真っ赤に染めた。
「やっと、言ってくださいましたね」
それが伝染したかのように、リリアンも頬を真っ赤にして笑う。
「ねえお義兄様、わたくしも、わたくしの運命の人はきっとあなただって、そう望んでいます」
だから、叶えてくださいね。
そんな風に言われたら叶えないわけにはいかないと、ただ今はそう決意した。
完結です。お付き合いありがとうございました。
無計画に書いたらかなり駆け足になりましたが、書きたいところは書けたので満足です。
次作も是非 https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2743866/
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