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義兄の話・前


 冷たい手に熱が奪われるように、指先から温度が消えていく。春が近づいているとはいえまだ冬の息吹漂う廊下は寒かった。


 義兄の後ろを淡々と歩く。いつもなら絶えることのない会話も今はない。

 応接室から少し離れた客室の扉を開ける。しばらく使われていなかったそこは綺麗に掃除されているものの澱んだ空気が肺を染めた。


「座って」

「……はい」


 簡易的な応接室にもなるのだろうか。先程いた部屋にあったものと揃いのソファーを指されリリアンは腰をかける。ルイスはリリアンの手を離したあと暖炉に近付いた。内ポケットからマッチを取り出し火を起こす。薪に火を移そうとしたものの一度はうまく行かず再度火をつけ直していた。


「……リリアン、まずは謝りたい。お前に話していなかったことが沢山ある」

「それは、お義兄様がわたくしには話さなくて良いと判断したことなのでしょう。……でしたら謝る必要はありません」

「いや、本当は話さなければならないとずっと思っていたんだ」


 暖かな日差しは雲に翳る。


「聞いてくれるかい」


 弱々しい笑顔にリリアンは頷く。


「ありがとう」


 本当は聞いたら壊れてしまうのではないかと、怖かった。怖かったけど「聞きたくない」と耳を塞ぎたかったけれど、それはきっと義兄を困らせるだけだと分かっていた。


「何から話そうか……」
















 十年程前の夏の暮れ、当時のヴィリエ侯爵夫妻だった両親が死んだ。事故だった。

 社交シーズンを終え王都のタウンハウスから領地の屋敷に向かっている最中だった。二人に先駆けて帰った息子の為に帰路を急いでいた馬車が峠を越えようとしたその時、落石に巻き込まれた。コロコロと小さな小石が落ちてきたことに気付いたヴィリエ侯爵一行は落石から逃れようと馬を走らせたものの、凄まじいスピードで降ってくるそれらから逃げ切ることはできず、彼らにできたことといえば神に祈るだけ。


 領地に居たルイスの下に両親の訃報が届いたのは、それから2日後のことだった。


 突然家族を失うことになったものの悲しむ暇などない。

 当主を突然失った領地は当然のように混乱を招いた。執務は滞り、住民からは毎日のように自分たちの生活を心配する声が届く。幼き後継者が残されたことで、これを機に利用してやろうと画策するものも多かった。


 何も、信じられなかった。


 約一ヶ月が経ち、王家とヴィリエ家の親族達の間で意見が纏まったらしく、後継としては幼過ぎるルイスに変わり彼の従兄弟叔父がヴィリエ家の当主になることが決まった。

 ただし、あくまで中継ぎとして。

 ルイスが成人し引き継ぎが完了すればその時点で代替わりが行われる。そういう取り決め。


 ルイスは彼らに引き取られ、というよりかはルイスの家に従兄弟叔父一家が転がり込んできたというべきだろうか。


「……リリアン、です」


 使用人の影に姿を隠し小さな声で言った彼女はルイスの二つ下だと言うが、それにしては随分と小さい。物静か、というよりか怯えている小動物のようだった。

 ルイスは当初この少女のことが苦手だった。

 「うん」とか「はい」とか返事こそするもののそれだけだから意思疎通は難しいし、その癖ルイスが居ると何か言いたげな顔して側にいる。

 煩わしいことこの上なかった。


 だから、とても栄えているとはいえない領地での暮らしに飽きた従兄弟叔父夫妻が「王都で暮らす、お前は好きにしろ」と言った時嬉しかった。多分、あの少女も両親と共に王都へ行くのだろう。

 彼らは紛れもなく血の繋がった家族なのだから。


 しかし、その数日後気付いてしまった。

 リリアンは親から愛されていないのだと。


 王都に向かうというのにリリアンの荷物が極端に少ない。それまで気付いていなかったが、彼らの両親が洒落た装いを毎日取っ替え引っ替え楽しんでいるのに対しリリアンは質素で少し汚れた服を毎日着ていた。

 それに彼女の腕。

 彼女が何か物を取ろうとした弾みだっただろうか、腕を上げた時に見えたそこには、確かに鞭で打たれた後が残っていた。


「一緒に領地に残る?」

 そう聞いたのは多分同情に過ぎない。

 ただ親に愛されない子供を可哀想に思っただけ。ただ傷跡を気の毒に思っただけ。

 それだけだ。


 だというのに、リリアンは薄紫の瞳をうるうると潤ませ下手くそな笑顔でルイスの袖を小さく掴んだのだ。


「ありがとう、……お義兄様」


 多分、その時から二人は家族になった。





 それから約七年程ルイスはリリアンと共に領地で暮らした。

 最低限の仕事こそこなしているもののリリアンの両親が領地に無関心であるのをこれ幸いと、ルイスは領地でひっそりと行われていた金工への支援を行い高級アクセサリーとして売り出した。

 それ以外にもじわじわと、しかし着実に改革の道を整え、ヴィリエ領を発展させていったのだ。


 七年で、リリアンは美しい少女へと成長した。読書が好きで、しかし活発に動き回りもする。好奇心と探究心に満ち溢れた少女。

 ルイスの仕事もよく手伝い、領地内での社交も円滑に行う、何より彼の体調管理要員として重宝されていた。

 リリアンとルイスは血の繋がりこそ薄いものの、仲の良い兄妹となっていた。


 そんなある日、彼女の両親が領地に帰ると言い出した。きっとルイスの手腕により栄え流行の発信地となりつつある領地を自分達の功績としたかったのだろう。

 反論する間もなく彼らは領地に移住。


 そして、ルイスとリリアンは追い出されるようにタウンハウスに引っ越すこととなった。

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