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切り所が見つからなかったので短めです。


 どうにも居心地が悪くてリリアンは無意味に袖のボタンを弄る。白磁のそれが爪に当たってかちんと小さな音を立てた。

 その音が響く静寂。重い空気に心臓が押し潰されそうだ。リリアンは隣に座る義兄に視線だけを向けたが、その顔が凍てついた氷のようで瞬時に正面を向き直した。


「要件はさっき言った通り、リリアンに結婚を申し込みに来た」

「……それに関しては春まで待つと言う話だったのでは」

「もう春になるだろう」

「まだ冬です」

「冬も終わるだろう」


 淡々とした問答でありながら、ルイスは眉を顰め負の感情を隠そうとしない。不遜とも言えるその態度についてルイスと対峙する男──王太子はおかしそうに笑うだけだが、リリアンの背には冷や汗がダラダラと流れる。

 だって、王太子というのはこの国の王に次いで偉い人間なのだ。お互いに従者を退かし3人きりになったとはいえ、ルイスの態度は罰せられかねない。過去には王族を揶揄ったからと死刑に課せられた者だって存在するのだ。


「こうしてせっつきでもしなければ春が来てもお前は何も決めないだろう」


 薄い唇が笑みを作る。

 義兄がまるで女神様のような透き通った美しさであるというのなら、王太子は人を狂わせるような魔性のそれだ。心の奥底まで見透かしそうな瞳に、一度笑えば頷いてしまいそうな唇、触れれば離れなくなりそうな艶やかな白い肌。

 見目麗しい人。

 しかし何を考えているのか分からなくて、手紙の文面から感じていた気さくな雰囲気はどこへ行ってしまったのだろうか。


「それでルイス、そしてリリアン。お前たちはどの選択肢を選ぶ?」

「……せん、たくし?」


 リリアンが呟くと、王太子は大きく目を見開きわざとらしい声で言った。


「ルイス、まさかリリアンに今まで何も言わなかったのか?」


 責めるような表情にルイスはグッと押し黙る。


「あれだけ猶予を上げたというのに全くお前という奴は」


 やれやれと王太子は肩を竦ませた。それに対して言い返すでもなくルイスは目を固く閉じており、リリアンの胸には言いようのない不安が広がり「お義兄様」と蚊の鳴くような声声で呼んだ。

 その声にルイスの眉がピクリと動いたものの、返答はない。強く握られた手の甲で血管が脈打つだけだ。


「お前がそのつもりなら私が全て話そう。リリアン、君はどこまで知っているんだい」

「どこまで、ですか」

「そう、君のこと」


 開いた口が渇く。


「……えっ、と。わたくしとお義兄様が血の繋がらない兄妹であることや体調を崩したのがきっかけで体調を崩したこと、あとはわたくしとお義兄」

「リリアン」

「お義兄様?」

「もういいよ、リリアン。もう、いいんだ。フェリクス、ぼくが全部話す」


 宵闇色が光を映した。

 その目に浮かぶ、きっとリリアンが今まで仄かに感じていながらも掴むことのできなかった後悔、罪悪感。


「だから、二人にしてくれるかい」

「今まで話さなかったというのに、信じられると」

「あとで確認してくれて構わない」


 そういうとルイスはリリアンの手を掴み立ち上がった。


「リリアン、行こう」


 今までは迷いなくついていったその言葉に、手を握り返したいと願っていた。

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