邂逅
翌日、しばらくの間雪雲に覆い尽くされていた王都に久しぶりに光が差し込み、せっかく作った雪だるまはあっという間に溶けてしまった。寒さも和らぎ過ごしやすいものの、様子を見に行くたびにどんどんと小さくなっていき、腕であった木の枝を落とし、顔も消えマフラーが湿っていく姿に肩を落としたものだ。
「今年はもう作れないでしょうか」
「そうだねぇ。作れないということはないけれど段々と暖かくなって来るからすぐに溶けてしまうかもしれないね」
「そうですか。じゃあまた来年再挑戦ですね」
茶室から溶け行く雪を見てそんな話をした。
王太子へ送る手紙にも、義兄と雪だるまを作った話を書いた。義兄と王太子がよく競争をしていたと聞いたと。返事はいつもよりも長くて、思い出話がつらつらと書かれている。
昔からルイスは手先が器用でなんでも上手く作ったとか。ルイスと二人で雪だるまを何個作れるか競い合っていたら夢中になりすぎて二人揃って風邪を引いたとか。
リリアンと暮らすようになってからルイスは早く帰りたがって時間を忘れることもなくなった、とか。
「わたくし、いつからお義兄様と暮らしているんだろう」
手紙を読みながらふと疑問に思った。
義兄が言うには、ルイスとリリアンは元ははとこであり、リリアンの両親がルイスを引き取って義兄妹となったらしい。記憶を取り戻した直後に聞いた時には「そうなのか」と気にも留めていなかったけれど、生活に慣れ、物語ではあるけれど社会について少し知ってみると疑問が湧く。
なぜリリアンの両親はルイスを引き取ったのか。
リリアンが記憶を失っても両親は連絡ひとつ寄越さないが、彼らはどんな人なのか。
ルイスの両親は今どこにいるのか。
ルイスとリリアンは、どういう経緯で義兄妹でありながら恋人となったのか。
リリアンには知る由もないから、聞かねば分からない。だがしかし、ルイスも使用人達も口をつぐんでいるということは「話す必要がない」或いは「知られたくない」と判断しているということだろう。
んーっと小さく唸って天井を見上げる。空気中の塵が光に照ってキラキラと輝いていた。
「考えても仕方ないわね」
義兄が黙れば使用人も右に倣うだろう。聞いたところで教えてくれるとも限らないし、何よりそれで不快にしたくはない。
義兄を信じる。
何に惑ったってリリアンはそう結論付けることにしていた。
便箋を畳み封筒に入れ、使用人を呼ぶベルを振り鳴らした。
「あら……?」
普段であれば鳴らすと同時に入って来る使用人が現れない。再度チリンと鳴らしてみても、現れる気配ひとつなくリリアンは首を傾げた。
「誰かいないの?」
椅子を引き扉の方に声をかける。
それでも誰も反応がないから、リリアンは扉を開いた。
「アデル……?」
顔を覗かせ小さく呟くが誰もいない。しかし、人気ないという事はなく、廊下の突き当たり、階段の辺りから騒ぎ声が聞こえる。
「どうしたのかしら」
皆そこにいるのかと、喧騒に近付いた。ノイズに近かった音が段々とはっきりとしたら声に変わり、それが義兄と誰かが言い争っているものだと気付いた。
「お義兄さま……?」
どんな時だって穏やかな義兄の聞き馴染みのない声に心がざわざわと落ち着かない。しかし何事だろうかと気になり、廊下の壁に手をついて階下を覗き込んだ。
「……っ! リリアン、部屋に戻っていなさい!」
階段の途中で立ち止まるルイスがリリアンの声に振り返り、バチっと目が合う。見たこともないその剣幕に、身がすくみ、一拍遅れて「はい」と返事をするも、ルイスの後ろに立つ男が義兄の肩を掴み「まあ、待て」とリリアンを止めた。
「私は彼女に会いに来たのだと言ったろう?」
「だからその件に関しては後日と言っているでしょう!」
「良いじゃないか、今会えたのも何かの縁だ」
肩にかかる黒い髪が揺れる。リリアンをじっと見つめる黒曜石に似た瞳に見覚えがあった。
「あの、お、お義兄様……?」
安易に誰と聞くわけにも行かずリリアンはすがるような目をルイスに向けた。
「いいから、部屋に」
「私は王太子フェリクス・アルベール。リリアン、君に結婚を申し込みに来た」




