雪の日
はぁっと吐いた息は一瞬のうちに白くなり視界を彩る。数年前に使ったきりだというマフラーに顔を埋め、ずれてしまった耳当てを付け直した。
手に握った雪をギュッギュと握ると、まるで軋むような初めての感触がして面白い。庭師が玄関近くに集めてくれた新雪の山の横、ひさしの下ぎりぎりの場所にしゃがみ込み雪の玉を作る。
「ねえ、アデル。こんな感じでいいのかしら?」
「ええ、完璧です。それをもうひとつ作ってみましょう」
「分かったわ」
うなづいたリリアンは作り上げた雪の塊を足元にそっと置いた。
「あっ」
が、それは置いた途端に亀裂が走り崩れ落ちた。きっと失敗だ、リリアンは分かりやすく肩を落とす。
「おや」
崩れた中でまだギリギリ塊と呼べるサイズだった雪を手に取り再びギュッギュと握っていたら頭上から声が降ってくる。
くるりと振り返ると玄関横の窓からルイスが顔を覗かせた。
「何をしているんだい、リリアン」
「お義兄様! 雪だるまの作り方を教わっていたんです」
「雪だるま?」
「はい、この前読んだ小説に出てきて興味が湧いて、……あ」
話しながら手で雪を丸めていたら、今度は力を込め過ぎたのか、力の込め方を間違ったのかまた雪が崩れた。
「でも下手くそですね、わたくし」
「お前は、相変わらずだね」
ちょっと待っていなさい、そう言うと義兄は窓を閉め姿を消す。
「は、い……?」
キョトンと目を丸め言った返事は多分聞こえてない。隣のアデルに視線を送るが、彼女は一度目を閉じ全部分かっているかのように頷くだけで何も言ってはくれない。リリアンは首を傾げながらとりあえず崩れた雪を集め直して握り締める。さっきからずっと雪を触っているせいか手袋がだんだんと湿ってきて冷たい。
「お待たせ」
重そうなコートにチェックのマフラー。スエードの手袋に身を包んだ義兄は防寒装備が完璧だ。
「お義兄様?」
「ひさしぶりに童心に返るのも楽しそうだなと思ってね」
「まあ! あの、お仕事は大丈夫なのですか?」
邪魔をしてしまったのでは、と眉を寄せるとルイスは大丈夫だと返事をする。
一週間ほど前リリアンが我儘を言ってから、ルイスのワーカーホリックぶりはなりを潜め、リリアンが目を覚ました頃と同じようによく彼女との時間を作るようになった。あの日、ルイスが少し複雑そうな目をしていたから迷惑だっただろうかとリリアンは戦々恐々としていたのだが、次の日になればルイスが嬉々としてティータイムの誘いに来るのを見るとその不安もすぐに消えた。
お義兄様は雪だるまを作ったことが?」
「もう十年以上前だけれどね」
アデルが場所を空け、ルイスがリリアンの隣にしゃがむ。山になった雪に手を突っ込み、慣れたように雪玉を作っていく。
「王太子の遊び相手だった頃、よく一緒に作らされたんだ。どっちが大きく作れるか、なんて競争なんかして」
「そうだったのですね、楽しそう」
「僕たちもするかい、競争」
雪景色の中で揺れる銀色は溶けてしまいそう。悪戯っぽく笑うルイスにリリアンは首を振る。
「わたくしでは勝負にならないと思います」
リリアンの手の中の雪玉は球体というには些か不格好だ。それに比べてルイスは綺麗な球をいとも簡単に作り上げていく。
「……っふふ、そうみたいだね」
唇をキュッと結んだリリアンの手元を見遣り、ルイスは笑いを堪えるように口元を隠した。
「もう……!」
肩を小突くと、ルイスはわざとらしく「いたたた」と摩った。リリアンはその仕草に頬を膨らませ顔を背ける。するとルイスは焦ったように「すまない、冗談だよ」と頬を撫でた。
「ほら、一緒に作ろう」
ルイスの手袋はほんのり冷たい。
こんなことで拗ねるのがなんだかバカらしくて、義兄の方に向き直した。
「……コツ、教えてくださいますか?」
「慣れが大きいけれど、そうだなぁ、均等に力を込めてみると良いんじゃないかな」
なるほどと、新たに雪を取り直し力を込める。崩れ落ちた先ほどよりは少し上手い気がした。
それから数十分。
「できましたね!」
「ああ、できたね」
何度か失敗しつつも夢中になって作り上げた雪だるまはしゃがんだリリアンと同じくらいの大きさに仕上がった。ルイスはテキパキとそれよりも僅かに大きなものを作っており、二つ並ぶ様子は雪だるま作りを楽しんでいた二人のシルエットに少し似ている。
冷たくなった手を叩き喜んだリリアンは、「あ、そうだ」と思い出したかのように自分のマフラーを外した。
「どうしたんだい? 風邪を引いてしまうよ」
ルイスが不思議そうに見つめるとリリアンは雪だるまに一歩近づき、白色の長いマフラーをふたつ纏めてくるりと巻いた。
「物語の中でこうしていたのです。恋人同士の戯れだとか」
温度を分け合う雪だるまたちを微笑ましそうに見ながらリリアンが言った。
「……そう」
掠れたような声が、小さく呟く。
「ありがとう、リリアン」
「お義兄様?」
横を見上げた。雪だるまを見つめるルイスがとても眩しそうに笑っていた。
「すまない」




