第0話 死を受け入れる時
俺の人生は幸運よりも不幸が多い人生だった。
両親に捨てられて高校を卒業するまでの間を児童養護施設で暮らした後、奨学金制度を利用して県内の大学に入学して教授からの嫌がらせを受けながら無事に卒業し、大手企業に入社して奨学金を返済する為に無心で働き続けた結果、独身状態で三十路を迎えようとしていた。
無心で働き続けた事で奨学金を数年で返済する事が出来た俺は代わり映えの無い独身生活を謳歌していた。
しかし、そんな俺にも一つだけ悩みがあった。
その悩みと言うのは生まれて此の方、一度も彼女が出来た事が無いと言うことだ。
自分で言うのも何だが決して容姿は悪い方じゃないと思うのだが何故か女性にモテた事は無かった。
勿論、彼女を作る為に色々と努力して自分を磨き何回か告白もした事もあるが結果は全敗に終わってしまった。
だが、そんな俺にも運命の人となるであろう女性と出会う事が出来た。
「すみません寛也先輩、お待たせしました!!」
そんな事を考えていると、俺の名前を呼びながら此方に走って来る青年が居た。
青年の名前は田中智也と言い、俺が教育担当として着いていた後輩であり、入社三年目にして数々の業績を上げて会社から未来の幹部候補と呼ばれている期待の新人だ。
今日はそんな田中に「大切な相談がある」と言われて、この場に呼び出されていた。
「俺も今着いた所だから、そんなに気にしなくっても大丈夫だぞ。それで、今日はどんな相談があるんだ?」
「実は相談の前に先輩に紹介したい人が居るんです」
「それでその、紹介したい人は何処に居るんだ?」
「それが・・・今、渋滞にハマってる見たいであと少しで着くと思うんですけど・・・」
「なるほど・・・まぁ、今日は特に予定は無いから遅くなっても大丈夫だし、その人にゆっくり来るように伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます!!」
俺は、息を切らしている田中にそう声を掛けながら、そんな質問をする。
田中は俺に相談する前に紹介したい人が居ると言うことで、その人が到着するまで通行の妨げにならないように、道の端に避けて待つ事にした。
「智也さん、遅れてしまいすみません!!」
「良かった、無事に着いたんだね沙耶」
「はい、道が凄い混んでいましたけど事故に遭う事無く、無事に到着する事が出来ました」
しばらくすると田中の名前を呼びながら小走りで此方に向かって走って来る女性の姿が見えた。
俺は此方に走って来る女性の顔を見て、田中が呼んだ女性の名前を聞いた瞬間、膝から地面に崩れ落ちそうになってしまった。
「先輩、大丈夫ですか?何処か目の焦点が合ってない気がするんですけど?」
「あ・・・あぁ、大丈夫だから気にしないでくれ。それで、その子が俺に紹介したい子か?」
「こんにちは、黒田さん。何度か会議などで一緒になる事はありますけど、こうしてお話をするのは初めてですね」
田中が心配そうな表情で俺の顔を覗き込みながら、そう声を掛けてきた。
俺はそんな田中に「大丈夫」と答えた後、視線を目の前に居る田中から隣の女性に移した。
女性の名前は中村沙耶と言い、田中の同僚で俺の後輩であると同時に、俺が恋をしていた女性でもあった。
「それで、俺に相談したい事って何だ?」
「その相談について何ですけど、ここで話すのは人の目もありますし、近くのカフェで話しませんか?」
「そうですね、カフェなら人の目を気にする事無く相談が出来そうですしね」
ここで何も悪くない田中を妬んでも、しょうが無いと思った俺は相談する場所として田中が提案して来たカフェに行く為に、二人と一緒に歩き出そうとした。
「みんな逃げろ!!トラックが暴走してる!!」
野太い男性の叫び声が聞こえ後ろを振り返ると、ものすごいスピードで暴走している白いトラックが見えた。
そんな暴走トラックが向かおうとしている先は明らかに俺達が居るところだった。
「二人とも避けろ!!」
暴走トラックが突っ込んで来る瞬間、俺は前を歩いていた二人を突き飛ばした。
二人を突き飛ばした瞬間、俺は背中に凄まじい衝撃を受けた後、宙を舞う感覚に襲われた。
全身に走る強烈な痛みに耐えながら、今の状況を確認する為に、何とか身体を動かそうとするが何故か身体を動かす事は出来なかった。
「うわあああ!!人が轢かれたぞ!!」
誰かの悲鳴を耳にしながら、何とか痛みに耐えて顔だけを動かすと、突き飛ばした田中と中村さんが起き上がる姿を確認する事が出来た。
起き上がった田中と中村さんは自分達の怪我の有無を確認すること無く、俺の名前を叫びながら駆け寄って来た。
俺はそんな二人に無事なことをアピールする為に、何とか身体を動かそうとするが、強烈な痛みで顔以外の部位を動かす事は出来なかった。
「せ・・・先輩、大丈夫ですか!?沙耶、早く救急車を!!」
「今呼んでます!!」
「おい田中・・・大袈裟過ぎるぞ・・・。俺は大丈夫だから・・・そんなに慌てるな」
「何を言っているんですか先輩!!血も凄い出ているし、骨や関節も変な方向に曲がっているんですよ!!誰かどう見ても重症ですよ!!」
「はははっ・・・マジかよ・・・俺の身体はそんな事になってるのかよ」
俺は傍で涙を流しながら必死に叫び続けている田中を安心させる為にそう声を掛けるが、田中は涙を流したまま俺の身体の状態を大声で伝えて来た。
田中から身体の状態を聞いた俺はだんだんと痛みが感じ無くなって行き、その代わりに強烈な寒気に襲われ始めていた。
昔人間は死期が迫ると強烈な寒気に襲われると聞いた事があるが、本当に死期が迫ると強烈な寒気に襲われるんだな。
「なぁ田中、最後に頼みがあるんだが聞いてくれないか?」
「先輩の頼みなら何でも聞きますよ!!」
「そっか、ありがとうな。じゃ、俺の意識がある内にお前が俺に相談したかった事を教えてくれ・・・」
「こんな時に何を言っているんですか!!今はそんな事よりも救急車が来るまで体力を残しておくべきですよ!!」
「そんなのは、本人の俺が一番知ってるよ・・・。だから、こうしてお願いしてるんだよ」
「・・・・・・分かりましたよ」
だんだんと死期が迫って来る中、せめて意識がある内に田中の相談に乗りたいと思い、涙を流しながら必死に俺に声を掛け続けている田中にそう声を掛けた。
最初は俺の為に拒否していた田中も、必死に頼み込む俺を見て渋々だが了承してくれた。
「ありがとうな・・・それで、俺に相談したい事って何なんだ・・・?」
「実は来月に沙耶と結婚する事になっているんです」
「そっか・・・そりゃ、おめでただな・・・」
「あ・・・ありがとうございます・・・でも、だんだん俺は本当に沙耶を幸せに出来るのかって不安に思うようになって来たんです・・・それで先輩から何かアドバイスを貰おうとして今日先輩の事を呼び出したんです」
「なるほどな・・・独身の俺からお前に言える事は中村さんを愛している気持ちがあれば大丈夫だって事だけだな・・・」
田中から相談したい事を聞いた俺は何とか最後の力を振り絞り、何とかそれだけを伝えた。
やはり俺の人生は幸運よりも不幸が多い人生だった。
生まれて直ぐに両親に捨てられ数々の困難に逢いながらも、努力をして大手企業に入社して安定した生活を手に入れられたと思ったら最後はこんな死に方とはな。
まぁ、俺よりも未来のある田中と中村さんを救えたのだから良しとするか。
だが、せめて死ぬまでに彼女は作りたかった。
もし、この世に生まれ変わりと言うものがあるのなら、今度はこっちからアプローチをして彼女を作りたいものだ。
『ふふふっ、ようやく貴方の命を奪う事が出来たわ 』
微かに聞こえて来たそんな声を耳にしながら、俺は静かな眠りに着いた。