1. 新たな一歩
――東京都新宿区の某繁華街にて
「君、いくら?」
深夜、広場の隅に立つ少女はそう話しかけられた。
「ホ別2万……」
少女は、すでに答えを持っていたかのようにそう言った。
「少し高いんじゃないのぉ……? まあいいや。」
そういうと男は、口を噤ぎ、手を取りホテルに入った。
――ホテルの部屋
部屋に入るや否や男は服を脱ぎ、乱暴な手つきで少女に襲いかかった。
「ハァハァ……、と、ハァ……ところでさ何ン歳?」
「18……」
「絶対嘘クククッ、中学生確定ヌフッ」
気色の悪い男の口調に表情ひとつ変わらない。
されるがままの少女の目には光がなかった……。
事が終わると、男は服を着て、ベットに1万円を投げた。
「ほらよ、お・こ・づ・か・い。まじマグロとか萎えるわ。」
「2万のはずでしょ! 話が違うわ!」
「お嬢ちゃんよぉ、"円"なんて一言も言われてないんだけどぉ、コレって詐欺? 怖いよぉおまわりさぁ〜ん。」
「やる事やっといて、それはないでしょ!」
ホテルから出ようとする男を少女は小走りで追いかけた。
ホテルから数歩の場所で、男の袖を掴んだ。
「触んな!! クソアマがよぉ!!」
「キャッ!!」
掴んだ少女の腕を振り払い、拳を振り翳した。
「君、何やってるの……?」
誰かが暗闇から男の手首を掴み、仲裁に入った。
すぐさま男は、その掴んだ手を振り払い、逃げ去った。
「こんな時間に何してるの?」
暗闇から現れたのは、スーツ姿にハットを被った男だった。
少女が黙し、逃げようとすると男は腕を掴み、事情を説明するように再度頼んだ。
「帰るところがない……。だからパパ活して、その日暮らし、見下せば……。なんなら貴方も私とやる? ちょうどお金に困ってたところだし……ハハハ」
少女は自身を嘲笑い、街灯に反射する頬だけがやけに目立って見えた。
「なら我が家に招待するよ!」
「貴方、正気……?」
突拍子もないことを言い出す男に少女は少し動揺した。ホテルに泊まることはあっても自宅に呼ばれたことは一度もなかったからだ。
「プルルルプルルル……」
「マセさん、ちょっと遅いけど車の手配頼むよ。」
男がどこかに電話すると、数分も経たずに黒塗りのセダンが目の前に止まった。
「ガチャッ……」
運転席から、スーツ姿の渋い中年の男が降りてきた。
「津雲様、お迎えにあがりました。お連れ様もこちらへ。」
「ガチャッ……」
そういって、後部座席のドアを開いた。
「ここ怖いから早く乗ろっ!」
(なんなんだ、あなたの方がよっぽど怖いわよ……)
男の勢いに押され、車に乗り込んだ。
「いやぁ怖かったね。どうだった? 僕の華麗な追い返し術!! ちょーかっこよかったでしょ!!」
「あ、うん、ハハハ……」
先程とは大きく差のあるテンションに応対できず、愛想笑いで返した。
しばらくすると西洋風建築の豪邸の前で車は止まり、鉄製の門扉が開いた。再び奥に進み、重々しい扉の横に停止した。しばらく待つと運転手が車のドアを開いた。
男に合わせ、少女も車を降りた。
正面の扉が開き、明明と灯るシャンデリア、長く列を成すメイド達の姿が少女の視界を奪った。
「おかえりなさいませ、津雲様。」
メイドは口を揃えて、そういうと深々と頭を下げた。
「ただいま、今日は客人もいる。粗相のないようにもてなしてくれ。」
少女は、今起こっている現実を理解できていなかった。まさに目が点になり、口は終始開いていた。
男がそそくさと場を離れると、少女はメイドを見ていった。
「あの男、何、何者ですか……」
「"あの男"なんて失礼ですよ。このお方は日本有数の津雲財閥の若き当主、津雲真様です。」
少女ですら、聞き覚えのある、その名にまたもや顎を外した。
「な、なんで私なんかを……」
「津雲様はとても心のお優しい方です。」
メイドがそういうと、少女は唾を飲み込んだ。
奥から違うメイドが、少女のもとにやってきた。
「お客様、お食事のご用意ができました。津雲様の命によりお迎えに参りました。」
少女は混乱のまま、メイドの後ろについていった。
食堂に着くとメイドが止まり、扉を叩いた。
「お客様をお連れいたしました。」
メイドがそういうと、内部から扉が開いた。
中には長い食卓に豪華な料理が並べられており、左手には着替えた津雲が座って待っていた。
「お腹空いたでしょ? 座って一緒に食べよ!」
「え……はい……。」
この怖いほどの優しさに動揺しつつ、言われたように席についた。
「今日は色々と大変だったみたいだね。今は忘れていっぱい食べよう!」
「ありがとうございます……」
「このローストビーフめちゃ美味しいよ! 君も食べてみなよ!」
「モグモグ……」
「美味しい!!」
長くまともな食事を取ってこなかった少女にとって、遠慮を忘れるほどに美味しく感じた。少女は大粒の涙を流しながら食べ物を頬張り続けた。
「美味しいです!! 信じられないぐらい美味しいです!!」
「そうだよね! めちゃ美味しいよね!」
二人のテンションは高まり、胃が落ち着くまで、単調な食の感想を言い続けた。
「パァ……お腹いっぱいだぁ……」
「こんなにお腹いっぱいになったの、久しぶりです……」
二人は腹を満たし、暫し余韻に浸った。
「今更だけど、君、名前なんて言うの?」
「藤宮……藤宮彩葉です。」
「彩葉ちゃんか、可愛い名前だね。僕は津雲! 改めてよろしくね。」
「よろしくお願いします。」
「そんな畏まらなくてもいいよ。あっそうだ! ちょっときて!」
そういうと津雲は、彩葉の手を取り、一室に移動した。
「ジャジャーン! 今日、君が泊まる部屋だよ! どうだい?!」
それはまさに中世ヨーロッパの王女の寝室のように洗練された品のある部屋だった。
「この部屋は好きに使ってくれて構わないよ。」
「ありがとうございます。助けていただいた上にお食事までいただいて、こんな素敵な部屋まで……。何かさせてください!」
「何かしてくれるの?」
そういうと津雲の口元が少し緩んだ。
「はい……」
そんな一瞬の動作に、彩葉は何故か悔しさを抱いた。
(明日になったら、すぐに帰ろう……)
彩葉は心の中でそう決めた。
「じゃあ、僕は仕事が残ってるから、それまでゆっくりしててね。」
「わかりました……」
ドアが閉じると、彩葉はベットに横になった。
(今日は散々だったな。でも美味しい物が食べられただけで幸せだったな……。久々に人と一緒にご飯食べたけど、案外悪くなかったかな、ハハハ……。私の人生、この先どうなるんだろう。)
そんなことを考えている内に眠気に駆られ、そのまま寝てしまった。
「コンコンッ……」
「彩葉ちゃんっ!!」
津雲の声で目を覚ました。
「入るよ」
「ガチャッ……」
「すみません、寝てました……。」
時刻は1時を回っていた。
「確かにもう寝る時間だよね。でもやりたいことあるんだ……。だめかな?」
「少し寝たら、眠気も治りました。わかりました……。私、シャワー浴びてなくて……」
彩葉は、これだけよくしてもらって何もしないで帰ることに引け目を感じていた。
「シャワー? そんなの明日でいいじゃないか。今すぐやりたいんだ!!」
「……」
「大富豪!!!」
「え???」
「僕、こういう家柄でしょ。だから、修学旅行とかも行かせてもらえなくて、憧れてたんだよね!」
津雲は自身の家柄によって束縛されていた幼少期から"お泊り"というものに強い憧れを持っていた。
「恋バナしたり、女子の部屋に忍び込んだり……」
「えええ……」
彩葉は自分の勘違いと津雲の予想外の台詞に失笑してしまった。
「何がおかしいの! やりたくない……?」
「ううん! やろうよ!」
彩葉はそれに快く承諾した。
「やった!!」
津雲が子供のように喜び、それを見て彩葉はさらに笑っていた。
飽きるまでゲームを続けたあと、津雲が問う。
「帰る家はないの?」
「……」
「そうか。今日は楽しかったかい?」
「こんなに楽しかったの生まれて初めて。」
「それは良かった。」
二人はそのまま倒れるように眠りについた。
――翌日
「いつ寝たんだっけ……」
昨日のことを思い出して、津雲を探すも、そこにはいなかった。まだ回らぬ頭で部屋を出て、少しばかり徘徊すると津雲を見つけた。
「おはよう、はーちゃん!」
「おはよう、津雲」
「はーちゃん……? そんな呼び方だったっけ?」
「えええ……忘れちゃったの? 昨日は"はーちゃん"、"津雲"で馴染んでたじゃないか!! 気さくに読んでくれて嬉しかったんだからね!」
涙目でそういう津雲に、全てを思い出した。
「そうなのね……」
彩葉は否定する気も起きず、その場を流した。
「それはさておき、はーちゃんのために用意したんだ!」
そこには魅力的な洋服がずらりと並んでいた。
「気に入った? 今日からこの家に居候するわけだし、必要なものはなんでも言ってね!」
「えええ!!」
津雲の"居候"という言葉に驚きを隠せなかった。
「だって、昨日楽しいって言ってくれたじゃん! それってずっとここに居たいってことだよね!」
「それはそうだけど、迷惑じゃないの? 赤の他人が居候なんて……」
彩葉は遠慮気味にそう言った。
「じゃあ専属メイドとして雇いますっ!」
遠慮する気持ちを察した津雲は、居候をする理由を咄嗟に考えて口にした。
「津雲がいいなら……」
「決まりだ! 仕事はメイドさん達に聞いてね。」
津雲の快諾に、居候が決まった。
こうして彩葉は津雲家専属のメイドとして、新たな一歩を踏み出した。
眠っていた小説を投稿してみます。反応見て続き、あげるか考えます。